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憂鬱な狼2
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リーマスは朝日が差し込む廊下を歩いて校長室を目指した。
こんなに惨めな気持ちになったのは久しぶりだ。
あんなに気をつけてきたというのに、ピーターの名前を地図で見つけたことで、他のことは何も考えられなくなってしまった。
そして、そのちょっとした不注意が、取り返しのつかない事態を招いた。

東向きの窓がない場所では、薄暗い廊下を朝焼けと同じ色の松明が行く手を照らしている。
炎の動きに合わせて揺らめく影が、リーマスの心を表しているようだった。

ガーゴイル像の前で立ち止まり、心を落ち着かせてから合言葉を告げる。
塔のてっぺんにあり窓が多いダンブルドアの部屋は、眩しいくらいに明るかった。


「無事でなによりじゃ」


ダンブルドアはやわらかい表情でリーマスを見つめた。
何が起こったのか、ダンブルドアは既に知っているようだった。


「……申し訳ありません」
「不運な事故じゃ。君が謝る必要はない。ただ、1つだけ確認させてほしい」
「ご心配には及びません。誰も咬んでいませんし、何も食べていません」


昨夜のことを思い出しながら、リーマスは再度謝った。

申し訳ないと思ったのは、脱狼薬を飲み忘れて変身してしまったことだけではない。
ピーターの名前を見つけたとき、追いかける前にダンブルドアに連絡を入れるべきだったと今なら思う。
シリウスやピーターがアニメーガスであることも、黙っているべきではなかったのだ。

ハリーに地図でピーターの名前を見たと聞いたときにダンブルドアに話していれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
これは、ダンブルドアの信頼を裏切っていたことへの後ろめたさや、ピーターを自分の手で捕まえたいという虚栄心が招いた結果だ。

あの状況で全員が無事だったのは奇跡としか言いようがない。
シリウスが危険を顧みずに止めてくれなかったら、自分は子ども達を咬んでいただろう。
下手をすれば命を奪っていたかもしれない。
そう考えるとシリウスへの感謝の気持ちとともに、自分のようなものが教員になることの恐ろしさが改めて認識させられた。


「シリウスはどうなりましたか……?」
「捕らえられ、塔にとじこめられた。大臣がやってきて吸魂鬼のキスを施すはずじゃった」
「そんな!」


それまで俯きながら話をしていたリーマスは、弾かれたように顔を上げた。


「シリウスはやっていません!ピーターが秘密の守人だったんです。ジェームズ達を殺したのも、大勢のマグルを巻き込んだのも、全てあいつです!」
「話は既にハリー達から聞いておる。セブルスとはだいぶ意見が食い違っているがの」
「彼は途中から来て、すぐに気絶してしまったんです。肝心な部分は何も聞いていません」


ダンブルドアがわかってくれていたことは嬉しかった。
しかし、恐ろしくもあった。
わかっているのに、シリウスを処刑するために大臣がやってくるとダンブルドアは言うのだ。


「大臣はセブルスの言い分を信じたのですか?」
「仕方のないことじゃ」
「そんな……、彼は頭に血が上っている。冷静に事柄を見て判断できる状態じゃありません」
「わかっておる。しかし証明するのは難しいんじゃ。圧倒的に分が悪い」
「分が悪いからと無実の者に吸魂鬼のキスを施そうとしているのを黙って見過ごすおつもりですか!?」
「“施すはずじゃった”と言ったはずじゃが?」
「それでは、その……助かった、ということですか?」
「もちろんじゃ」


ウィンクするダンブルドアを見て、リーマスは脱力した。
しかしシリウスが無事ならそれでいい。

ダンブルドアが語り始めた、ハリーのちょっとした大冒険の説明を聞きながら、いまは亡き親友へと想いを馳せる。
立派に育った息子が、濡れ衣を着せられた親友を救ったことを知ったら、ジェームズはさぞかし喜ぶことだろう。


「君がハリーにパトローナスを教えておったおかげじゃよ、リーマス」
「ハリーからの申し出です。ディメンターに立ち向かおうとしたのも、追い払うことができたのも、すべてハリーの功績です」


そう言いつつも、自分が教えた守護霊の呪文が遠まわしにシリウスやハリーの命を救ったと考えると、ほんの少しだが、罪悪感が和らいだ。
それからハリーとの特別授業やジェームズに似て勇敢なところなど、ハリーについての話が弾む。
しばらくして、ダンブルドアは「さて」と言って話題を変えるきっかけをくれた。


「ハリーの武勇伝のほかに、聞いておきたいことはあるかの?」
「……レナは、どうしましたか?」


リーマスは窓の外に目を向けながら言った。
昨夜、なぜあの場にレナがいたのかわからないが、見られたくないものをすべて見られてしまった。
恐怖に慄くレナの姿は今でもよく覚えている。
一度は薄れた惨めな気持ちが再び沸き起こってきた。


「ケガも軽く、マダム・ポンフリーが治してくださった今はもう元気そのものじゃ」
「マダム・ポンフリーが……」


仕方がないことだとはいえ、レナのことを知る人物がまた増えてしまった。
おそらく魔法大臣にも知られているだろう。


「ここに、いられなくなるのでしょうか」
「難しいじゃろうな。魔法省の許可が下り次第の編入も考えておったが、ちと厳しいかもしれん」
「編入?」


ダンブルドアの言葉を聞き、リーマスは表情を曇らせた。


「それはどういう――いえ、レナはいつごろ戻れそうなのでしょうか?私はてっきり今学期が終わったら戻るのかと思っていました」
「その疑問は当然のことじゃ」


ダンブルドアは頷き、校長室の壁にかかる絵画にカーテンを閉めていった。
杖を振れば一瞬で終わるのに、1つ1つ手でひいていくダンブルドアを、リーマスは黙って見つめながら待った。

ダンブルドアは以前、レナの家族や友人に心配をかけないようにするために日本に行ったと言っていた。
そのとき一緒にレナを連れていくこともできたはずだ。
しかしダンブルドアはそうしなかったし、いままで何の連絡もなかったことを併せて考えると、やはり何か問題があるのだと思わざるを得ない。


「さて、どこから話したものかの」


作業を終えたダンブルドアが髭をいじりながら唸る。
その表情があまり深刻そうではなかったため、リーマスはひとまず安堵した。


「わしはあの日、話を聞いてすぐに日本へ向かった。急ぎ確認せねばならぬことがあったからの」


時間軸を確認することが何より重要だったとダンブルドアは説明した。
レナがいた3月10日が、こちらの9月3日よりも前の3月10日なのか、後の3月10日なのかで問題は大きく変わるという。

タイムターナーの話がでていたからてっきり“前”なのかと思っていたが、そうとは限らないらしい。
“前”から来ていた場合、半年後に――つまり未来に――移動してきたことになると聞き、リーマスはようやく事の重大さを理解した。

逆転時計はその名前の通り、時間を逆に戻すことができる道具だ。
未来に移動することはできない。
もしそれが可能な道具があるとしたら――自由に先を見ることができるとしたら、それは、一大事だ。

不確実な占いや予言とはわけが違う。
悪用すれば逆転時計を使って過去を大きく改ざんするのと同じくらい罪深いことになりかねない。
あの洋箪笥がそういう道具だったなら、レナは国際問題にも発展しかねないやっかいな問題に巻き込まれたことになる。


「心配は不要じゃ。“前”ではなかった。タイムターナーの話を出したのは、わかりやすくレナを安心させるためじゃ」
「つまり、同日になんらかの方法で日本に戻るだけでいいということですか?」
「そうなるの」
「それならそう言ってあげたほうが安心したのでは――」


途中まで言って、リーマスは気づいた。
3月10日はもうとっくに過ぎている。
ダンブルドアはリーマスの表情を読み取り、軽く何度か頷いたあとに人差し指を立てた。


「1年生じゃった。こちらに来たレナは“卒業”と言うていたから、3年生――つまり、約2年半の隔たりがある」
「それでも時が来さえすれば、戻れることにはかわりないんですよね?まさか魔法省に連行されるなんてことは――」
「その心配はない。2年もの長い間、待つことができるかという点だけが不安じゃったが、すっかりこちらになじんでいるようで安心した。リーマス、君には感謝しておる」
「いえ、私は何も」


部屋を貸し出し、面倒を見ているのはマクゴナガルだ。
自分はたまに顔を出す程度。
事件を引き起こした当事者としては、文句を言われようとも感謝されるようなことは何もないと思った。


「もちろんマクゴナガル先生のおかげでもある。最近はアニメーガスになるとはりきっているようじゃの」
「そのようですね」
「君のためだとか」
「……買い被りです」


リーマスは眉を下げて笑った。

まさにそれが問題だった。
記憶を消したにも関わらず、レナがオオルリ――青い鳥になると言ってきたときは驚いた。

まだあと1年以上もこちらにいる必要があるというのは、アニメーガスを目指すレナにとっては喜ばしいことなのだろうが、リーマスは手放しで喜べない。
レナが学校に残り、自分が去るのが最善の策だと思った。


「人狼の件もあるので、私が責任を取って辞職します。ですから彼女は――レナは、予定通り編入させてあげることはできないでしょうか」
「シリウスが逃げおおせたことでセブルスが激昂しておる。それに、実のこと彼女は18――あれから数ヶ月が経っているから19になるの――もう成人しており、学生という年齢でもない」
「それは、……どうにか、してあげられないんですか?狼人間である私を入学させて下さったあなたなら……例えば、編入前にホグワーツを見学にきていたということにすれば――」


縋るような気持ちで頼んだが、ダンブルドアは首を横に振った。


「レナは君の部屋で見つかっておる。そしてずっと君を助けるよう叫んでいたそうじゃ」
「そんな、まさか」
「君がグリムに襲われると考えたらしい」


ダンブルドアは髭の下で笑い、部屋の中を往ったり来たりし始めた。
そして、暖炉の前で止まり、おもむろに「連れていくことは可能かの?」と聞いてきた。


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