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侵入者
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ハロウィーン・ディナーはさすが本場と思える豪華なものだった。
といっても、日本でハロウィーンといえば仮装がメインなので、ハロウィーン・ディナー自体が初めてなので実のところ比べようがない。

ただ、普段の夕食と比較しても確実に気合が入った料理だということはわかる。
コウモリやジャコランタンの飾り付けがされた大広間はきっと賑やかで楽しい空間になっているだろう。
1人で食べるしかない状況を嘆きながら、レナは昼間に教えてもらった悪戯魔法の練習を始めた。


「レナ!」


紙のコウモリを部屋に飛ばして遊んでいると、突然、血相を変えたリーマスが部屋に飛び込んできた。
隠れなきゃ、とか、ああリーマスかよかった、とか、考える余裕もないくらい驚いた。
コウモリはすべて床に落ちてしまった。


『ど、どうしたの?』
「いや、なんでもない。無事ならいいんだ」


すごい形相だったリーマスは、肩の力を抜くと同時に笑顔で後ろ手にドアを閉めた。
忘れ物――ではなさそうだ。


『……何かあったの?』
「いいや、まあ……ちょっとね。大丈夫だレナ、君が心配するようなことではない」


ほんの少し前に“無事ならいい”と言っておいてそんなことを言われても説得力はまったくない。
何かあったに決まってる。
しかもよくないことだ。


「説明はあとでするから、今から私が言う通りにしてほしい」


そう言うなりリーマスは隣の部屋に行き、布の塊を持って戻ってきた。
机の上に置かれたそれは、地味で古びているのに滑らかな光沢がある不思議な布だった。
体育館の壇上に掛かっている幕に似ているなとレナは思った。


『これ、何?』
「透明マントだ」
『透明には見えないけど……何に使うの?』
「説明はあとだと言ったはずだ。今は私の言うとおりにするんだ。いいね?」


先ほどよりも強い口調のリーマスに、レナは頷くしかなかった。
リーマスの「いいね?」は、とにかく威圧感がある。


「これから君を連れてこの部屋の外に出る」
『え、なんで?』
「私がいいと言うまで話さない、なるべく足音を立てない、誰かに会ったら手を離してじっとしている、いなくなったら繋ぎ直す」
『繋ぎ直す?手を?繋ぐの?』
「時間がない。行くよ」


そう言うやいなや、リーマスはレナに杖を向けた。
途端にレナの全身が冷たいゼリーに覆われたようになる。
本日2度目の目くらまし術に戸惑うレナの上に、先程の布がかぶせられた。

前が見えないじゃん!と騒ごうとしたが、不思議なことに、布で遮られているはずの視界はクリアだった。
透明マント――なるほどそういうことか。
レナは摩訶不思議な魔法道具の仕組みを理解した。

* * *



廊下には誰もいなかった。
遠くのざわめきが反響してレナのところまで届いてくるが、ハロウィーンに浮かれているような声には聞こえない。
前を行くリーマスからも緊張感が伝わってくる。

やっぱり何かあったのだ。
“やっかいな問題”が。
レナが移動しなければならないだなんて相当大きな事件に違いない。
ヴォルデモートか――?

そんなことを考えていると、リーマスが突然立ち止まった。
手を離されたため、レナは言われた通り静かに壁際に寄って息を潜めた。


「セブルス……」


暗闇に溶け込んでいて気づかなかったが、リーマスの視線の先にはコウモリのような男がいた。
カツン、カツン、という靴音と共に、松明の灯りの中にくっきりとその姿が現れる。
女装男――じゃなかった、スネイプだ。
心なしかリーマスを睨んでいるように見える。


「ここで何をしている、ルーピン」
「ダンブルドアから連絡があって今から大広間に向かうところだよ。君こそこんなところでどうしたんだい?寮生は?」
「スリザリン生の避難は既に終えた。これから犯人の捜索だ。最も疑わしき場所から調べた方がよかろうと思い急ぎ駆けつけたのだ」
「疑わしき場所?」
「君もその場所に心当たりがあるから真っ先に向かったのではないかね?もしくは既に――」
「まさか。僕は君の様に勘はよくないよ」
「しかし我輩よりも鼻が利くであろう」


スネイプはリーマスよりもずっと早口で、ところどころしか聞き取れず、何を言っているのかよくわからなかった。
それにしても低くてねちっこくて嫌味っぽい声だ。
レナの勘が正しければ、リーマスは今この男に喧嘩をふっかけられている。


「友人に首輪をつけ檻に入れ隠すことには成功したのかね?それとも秘密の獣道を教えたか――」
「セブルス、君が何を考えているのかはわかる。しかし私はそのようなことはしていない」


リーマスが少し語気を強めた。


「気になるなら自分で調べてくるといい」
「そうさせて頂こう」


スネイプは偉そうに言い、マントを翻してレナ達がやってきた方向に去っていった。
風が起こりレナにかけられた布がめくれ上がったが、スネイプが振り向くことはなかった。

なんだったんだ。
わけがわからない。
事件じゃないの?
喧嘩をしてる場合なの?


「んっ」


小さな咳払いで、レナはリーマスが腰のあたりで手を振っていることに気づいた。
レナは足音に気をつけながら近くまで行き、ふと思った。
手を繋いで歩くというのは結構アレな状況だ――と。

別に異性と手を繋いだことがないわけでもなければリーマスを意識しているわけでもない。
何せ外人だし先生だしおっさんだ。
しかし一度気にしてしまったが最後。
気になって仕方ない。
思わず手と手が触れる瞬間に指が震えてしまった。


「大丈夫だよ」


怖がっていると思われたのか、リーマスは小声で囁くように言い、前よりもしっかりとレナの手を握った。

全然大丈夫じゃない。
大人の男の人の手は大きいんだなとか、痩せてるわりにしっかりしてるんだなとか、余計なことをいろいろと感じてしまう。
無駄にドキドキする

いやいやこれは何が起こるかわからない展開のせいだ。
なんだっけあの有名な――そうだ、つり橋効果ってやつだ。
リーマスが関係しているわけじゃない。
レナは頭を振り、周囲の観察に集中した。


廊下には中世の甲冑や妙な格好をした銅像が置かれており、松明の光に照らされて不気味に揺れている。
こんな状況じゃなければ、絵画の中の人たちがお互いの額縁を行き来して身を寄せ、ヒソヒソと話をしている姿も面白いと思ったことだろう。

動く階段に透明マントを挟まれそうになったり、ツルツルの大理石で足を滑らせそうになったりしながら、なんとか1階に到着すると、ざわめきは一段と大きく聞こえた。

広い玄関ホールには4色の大きな砂時計が掲げられており、その先にはさらに大きな扉がある。
見たこともないようなサイズの扉に、これまた見たこともないような大きな閂が3つかかっている。
おまけにそこかしこに――そこについていて意味があるのかと聞きたくなるような場所にまで――錠がついていた。


「ああリーマス」


砂時計に入っている赤、青、黄、緑の粒のきれいさに見とれていると、背後からマクゴナガルの声がした。
これ幸いとレナは手を離そうとしたが、リーマスにしっかりと掴まれてしまった。
人に会ったら離すんじゃなかったのかい。


「どうでしたか?」
「問題ありません」


リーマスはレナの手を掴んだまま左手をわずかに上げた。
マクゴナガルは理解したように細かく何度か頷いた。


「安心しました」
「生徒たちは?」
「全員大広間に避難しました。今日はあそこで寝てもらうことになるでしょう」


避難ってどういうことだ。
思わず声に出しそうになり、レナは左手で口を押さえた。
見えていないはずなのに、マクゴナガルと目があった気がした。


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