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ハロウィーン
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10月にもなると、肌寒く感じられる日が増えてきた。
秋には違いないが、じめじめした日が増え、日が出ている時間がどんどん短くなっていくところが日本と大きく違う。
日本でも当然夏至を過ぎれば昼の時間が短くなるのだが、イギリスの場合はもっとずっと極端だった。


『箒ほしいなあ』


レナは窓の外に見える飛行術とやらの練習をする生徒たちを見ながら呟いた。
魔法界にはクィディッチという箒に乗って行うスポーツがあり、あの冷静なマクゴナガルが「今年ことはなんとしてでも勝ちたい」と熱く語るほどに面白いらしい。
一度でいいから試合を見てみたいものだ。

いつ帰れるのだろうと悲観的になるはもうやめた。
実際にここで暮らして、魔法を間近で見て、ダンブルドアが言った「元の場所、時間に帰れる」という言葉をレナは完全に信用していた。

今は魔法が楽しくて仕方がない。
たまに家族や友達と会いたくなることはあったが、帰るまでにできるだけたくさんの魔法を覚えたいという気持ちのほうが勝っていた。

だって魔法を使えばレナが命じるままに物を浮かせたり火をつけたりすることができるのだ。
まさに夢のような世界だ。


「ちょっとお待ちなさい!」


いつもよりも大きめの声が隣接する教室から聞こえ、レナはドアへ向かって隙間から教室をのぞき見た。
マクゴナガルが何かを提出するように言っている。
が、誰も何も出さない。
どうやら提出日の確認だけのようだ。
生徒達はぞろぞろと教室から出て行き、数人だけが残った。
眼鏡の少年と、背の高い赤毛の少年と、ふわふわの髪の毛の女の子だ。
女の子は確かグレンジャーという名前の頭が良い子だ。
授業中よく手をあげているし、質問にもよく来る絵に描いたような優等生だ。
今日も彼女の質問かと思いきや、マクゴナガルに近づいたのは眼鏡の少年だった。


「なんですか、ポッター?」


マクゴナガルが言った。
眼鏡の少年はポッターという名前らしい。


「先生、あの――おじ、おばが――サインを忘れて――」


ポッターが言いにくそうにもごもごと話している間、マクゴナガルはずっと下を向いて机の書類を整理している。
マクゴナガルが生徒の話を受け流す姿は初めて見た。


「先生がホグズミードに行ってもよいとおっしゃれば――」
「私はそうは言いませんよ」


マクゴナガルは立ち上がり、書類をきっちり引き出しにしまった。


「残念ですが、ポッター、これが私の最終決定です」


さすがマクゴナガル、厳しい。
例外は認めないと言い、あっという間にポッターを教室から追い出した。

* * *



『ホグズミードって何?』


部屋に戻ってきたマクゴナガルにレナは聞いた。


「街の名前です。生徒たちは常に学校の敷地内で暮らす決まりですが、年に数回、ご褒美としてホグズミード村へ行き買い物を楽しむことができるのです」
『ポッターっていう子は行けないの?』
「許可証がなければいけません」
『私は行ける?』
「もちろん、行けませんとも」
『ですよねー』


“もちろん”にちょっとだけ期待をした自分が馬鹿だった。
部屋の外にすら出られないのに、学校の外に出るなんて無理な話だ。


「その代わり、この部屋から出ても良いこととします」
『本当!?』


まさかの展開だ。
言ってみるもんだ。


「その日は私も引率で外に出なければなりません。私が不在の間にルーピン先生がここに来るのも変ですから、その日だけ特別にルーピン先生の部屋で見て頂くことにしました」


あ、そういうことね。
監視の場所が変わるだけだと知り、レナは落胆した。

* * *



ホグズミード休暇は、ハロウィーンの日だった。
休日にもかかわらず、早起きをした生徒達の声が外から聞こえてくる。
遠足前の子ども達のようで微笑ましい。


「では私は行ってきます。くれぐれもルーピン先生に迷惑をかけることのないように」
『はーい』


マクゴナガルは出かける直前に暖炉に向かって話しかけ、そしてリーマスがやってきた。
まさかの暖炉からの出現だ。
灰を落としながら出てくるリーマスを見て、レナはサンタクロースを連想した。
サンタは実は魔法使いだったのかもしれない。


「やあ。準備はできているかな?」


リーマスは紅茶の缶を手に持っていた。
中身は入浴剤のような鮮やかな緑色の粉だ。


「これはフルーパウダーというものだ」
『フルーパウダー?』
「そう。これを使えば暖炉から暖炉へと移動をすることができるんだ」
『この緑の粉だけで?杖は使わないの?』
「使わないよ。ひとつまみ持って、暖炉に投げ入れながら行き先を言う――はっきりとね。“ルーピンの部屋”だ。言ってみて」
『ルーピンの部屋』
「よし。発音に問題はなさそうだ。大きく息を吸い込むと灰で咳き込んでしまう可能性があるから注意が必要だ。いいかい?」
『わかったけど……』


今の言い方だと、失敗するとよくないことが起こるという風にも聞こえる。
そう簡単に危険な橋を渡らせないでほしい。
下手をすればあわてんぼうのサンタクロースになってしまう。
クリスマス前どころかハロウィーンに手ぶらで知らない家に出たら、警察に突き出されるのはまず間違いない。


『同じ建物内にあるんだから、廊下を歩いていけばよくない?』
「人が少なくなるとはいえ、誰かに見られたら困る」
『目くらまし術ってのがあるじゃん?』
「あれは注視されれば気づかれてしまう。騒ぎにはしたくないんだ。わかるね?」


真面目な顔で言われれば従うしかない。
というよりリーマスの念押しはちょっと怖い。
レナは何度も暖炉前で『ルーピンの部屋』と繰り返し、粉を持って暖炉に入った。

* * *



ルーピンの部屋はマクゴナガルの部屋とずいぶん違う。
学校の資料室のようで、明らかに最初に来たときよりも物が増えている。
特に目立つのは、部屋の隅にある大きな水槽だ。
緑色で鋭い角を生やした、見たこともない生物が入っている。

顔を水槽にべったりとつけ、細長い指を曲げ伸ばししている姿は気持ち悪いの一言に尽きる。
ペットとして飼うにしては、お世辞にも趣味がいいとは言えない。


「水魔だよ。グリンデロー。授業で使うんだ」


リーマスは指で軽く水槽を叩いた。
グリンデローは怒ったように緑色の歯をむき出し、水草の茂みに潜り込んだ。


「せっかくだからこいつとの戦い方を学んでいくかい?」


笑いながら言うリーマスに、レナは勢いよく首を横に振った。
冗談じゃない。
絶対に触りたくない。
こんな気持ちの悪い生物を相手にしなければならないなんて、魔法学校の生徒は大変だ。


「――あ、ごめん」


リーマスは廊下に人影を見つけたらしく、手でレナに隠れるよう指示した。
ついでに杖を向けられ、何かの呪文をかけられた。
身体に冷たいものが流れるような感じがした――目くらまし術だ。

意味がないんじゃなかったのかい。

レナは納得がいかない部分もあったが、急いで隣の部屋に入って身を潜めた。


「ハリー?」


リーマスは廊下に向かって呼びかけた。


「何をしている?ロンやハーマイオニーはどうした?」
「ホグズミードです」
「ああ……」


リーマスは少し考えるそぶりをしたあと、ハリーとやらを部屋に呼んだ。
部屋に入ってきたのは、お留守番をくらったあの眼鏡のポッター少年だった。
リーマスはハリーにもグリンデローを見せ、河童の次はこいつだ、みたいなことを言った。

河童。
まさかこっちの部屋にいるんじゃないだろうなと、レナは急いで部屋を見渡した。
暗くてよく見えない。
生物がいる気配はないが、念のため小声で『ルーモス』と唱えてよく調べた。


「紅茶はどうかな?」


何もいないことを確認してレナがドア付近に戻ると、リーマスはヤカンを取り出し杖で叩いていた。
たちまちヤカンの口から湯気が吹き出した。
リーマスはハリーに座るよう言い、ティー・バッグでいいかどうか聞いた。

よくない。
人を寝室に隠れさせておいて何くつろぎモードに入っているんだ。


「お茶の葉はうんざりだろう?」


レナを隣の部屋に閉じ込めておきながら、リーマスは平然とハリーと話し始めた。
マクゴナガルの部屋から連れ出しておいてこの仕打ちはひどい。
これならまだ1人で呪文の練習をしていたほうがいい。
軟禁が監禁にレベルアップしたというのに、心なしかリーマスの目がキラキラと輝いて見える。
サディストか!


「マクゴナガル先生が教えてくださった。気にしたりしてはいないだろうね?それとも心配事があるのかい?」
「いいえ――はい。あります」


どっちだよ。
ツッコミを入れたい気持ちを抑え、レナは体育座りをしてクローゼットによりかかった。

暇だ。
眼鏡少年の心配事に興味はない。
そう思っていたのだが、話は思いも寄らぬ方向に動いた。
ハリーが「ボガート」と言ったのだ。

ボガートといえばあれだ、レナがこっちに来る原因になったロッカーだ。
そして思い出した。
この眼鏡の少年はあのときいた生徒の1人だ。

レナは身を乗り出した。


「ボガートが君に立ち向かったら、ヴォルデモート卿の姿になるだろうと思った」


ヴォルデモート卿……人の名前だろうか。


「あの職員室でヴォルデモート卿が現れるのはよくないと思った。みんなが恐怖にかられるだろうからね」


恐怖という単語で、レナはダンブルドアが言っていた“やっかいごと”を連想した。
やっかいごとというのはこのヴォルデモート卿とやらのことなのだろうか。
もうすこし詳しく知りたいが、2人の会話の内容がよくわからない。
ヴォルデモート、ディメンター、恐怖を恐れる、……なんのこっちゃだ。


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