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魔女っ子デビュー
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「いつまで寝ているんですサクラ。もうとっくに朝食の時間はおしまいですよ」


二度寝を満喫しているレナを起こしにやってきたのは、レナの母親ではない。
ミネルバ・マクゴナガル――ここホグワーツ魔法魔術学校の副校長だ。
白髪混じりの髪と顔の皺から結構な年だろうと思われるが、きっちりと結い上げられた長い髪やピンと伸びた背筋、機敏な動作がまったく老いを感じさせない。
レナが彼女のところに世話になって、もう1ヶ月が経とうとしている。


「あなたの境遇には同情します。しかしだからといってだらけた生活をして良いということにはなりません。生徒達と同じように起き、食事を取り、勉強をすると約束したはずです」


これは彼女の口癖だ。
毎日きっかり7時にレナを起こし、昼は本を与えて勉強をさせ、夜更かしも許さない。
とにかく厳しいのだが、レナはマクゴナガルに対して不満をもったことはない。
親戚どころか顔見知りですらないのに、レナを部屋に住ませてくれているし、レナのレベルに合わせた本を順次用意してくれるおかげで退屈せずにすんでいる。

最近は授業をこっそり覗くという楽しみもできた。
ネズミがゴブレットに変わるだけだったら手品のようだが、失敗してしっぽが生えていたりふさふさの毛皮のままだったりするのが魔法ならではでおもしろい。
窓から見える箒に乗って飛ぶ人たちの姿もレナの毎日を刺激的なものにした。

唯一不満があるとすれば、一切外に出してくれないということだ。
これでは監禁だとレナは窓から見える晴天を見ながら思った。

部屋の外ではおもしろそうな魔法の授業をしていたり箒で空を飛んでいたりするのに、レナはリーマスの部屋からここに移動してきたとき以来1回も外に出ていない。
今さら疑っていないが、もし仮にこれが誘拐拉致監禁だったとしたら、完璧に洗脳されているということになる。


『私、戻れるんだよね?』


レナが顔を洗って戻ってくると、テーブルの上に朝食が用意されていた。
いつものことながら、たった今作り終えたかのように湯気が立っている。


「戻れますとも」


この話をすると必ずマクゴナガルは当然だという表情で返事をする。
まるで信じていないレナが常識知らずのようだ。
それでも聞かずにはいられない。
マクゴナガルはその度に同じ話をした。


「私がタイム・ターナーを持っています。今は生徒に貸し出していますが、いずれあなたが帰るときがきたらそれを使い、こちらに来たときと全く同じ時間に戻ることができるでしょう」
『うん……』
「今すぐ帰りたいですか?」
『そりゃ――ううん、もうちょっとだけいたいかも』


部屋の中に監禁されている状態でも毎日が新鮮だった。
ここは楽しいというレナの答えにマクゴナガルは微笑んだ。
「冷めてしまいますよ」と言って朝食を指差され、レナは席についた。

今日はジャムトーストとサラダとコーンスープ、それからミルクとデザートのアイスクリームだ。
魔女に対する勝手な偏見で蛇やカエルが出てくるのではないかと最初はビクビクしていたが、今のところ怪しいものは出てきたことがない。
かぼちゃジュースとやらが出てきたときだけは驚いたが、なんてことはない、普通のおいしいジュースだった。


『今日もリーマス来る?』


レナはジャムトーストにかじりつきながら聞いた。
イギリスの料理はおいしくないと聞いていたが、そんなことはなかった。
今日も昨日もその前もおいしい。
ちなみにそのことをマクゴナガルに言ったらエルフが喜ぶと返された。
妖精までいるだなんて、さすがファンタジー学校だ。


「食べるかしゃべるかどちらかになさい。それから“ルーピン先生”です」
『でもリーマスが、私の先生じゃないから別にいいって』


レナは反論した。
最初に聞いた名前がリーマスだったし、マクゴナガルもダンブルドアも彼をリーマスと呼ぶ。
リーマスはリーマスであり、ルーピンというイメージはないのだ。

しかしマクゴナガルは首を横に振った。
厳しい。


「ルーピン先生は来られないそうです」
『えっ、そうなの!?』
「体調が芳しくないようです」
『そういえば顔色悪かったなあ。りー、ルーピン先生は病気なんですか?』
「ある意味では……」


マクゴナガルはわずかに顔色を曇らせた。
同情されるようなほどの病気持ちなんだろうか。
確かに最初に見たときからひ弱そうな印象があったし、最近は終始具合が悪そうな顔をしている気がする。


「心配するようなものではありません」


レナの手が止まっていることに気づいたマクゴナガルが我に返り、手を叩いた。
食事終了の合図だ。
レナは残りのトーストをミルクで流し込み、デザートのアイスクリームをかき込んだ。


「さあ、早く着替えて」


マクゴナガルはレナを急かした。
寮母さんはみんなこんな感じなんだろうかとふとレナは思った。
レナは4月から大学の寮生活をする予定だった。


『ルーピン先生のお見舞いに行ってもいい?』
「いけません」
『今日は授業ない日でしょ?』
「いけません」
『夜とか人がいない時間なら』
「いけません」
『ですよねー……』


レナが取りつく島もないマクゴナガルとドア越しに会話をしながら着替えて戻ってくる頃には、食器は既に片付けられていた。
代わりにティーカップが3つ置かれている。


『なんだ。やっぱりリーマス来るんじゃない』
「残念ながらわしじゃ」
『うわあああっ』
「元気そうじゃの」
『い、いつからそこに?』
「マクゴナガル先生のNOは2回聞いたかの」


とっさに出た日本語にもしっかり返してきたダンブルドアは、2回、と言いながらピースを作った。
頭のてっぺんからつま先まで、今日も見事にファンタジーな格好をしている。
マクゴナガルと並ぶと相乗効果で余計ファンタジー色が強くなる。
普通が恋しい。


「今日は君にプレゼントを持ってきた」


ダンブルドアは人差し指を立ててウインクをし、懐から棒切れを取り出した。
杖だ。
白くてまっすぐで、片側が少し太くでこぼこしている。


「本当なら街に行ってオリバンダーに見てもらうのがいいんじゃがそうもいかんからの」


ダンブルドアはそれからつらつらと何かを語ったが、初めて聞く単語ばかりで何を言っているのかさっぱりわからなかった。
日本語で話してくれと頼み、説明しなおしてもらっても、結局理解度は上がらない。
シカモア材で芯はセストラルの尾らしい。
なんのこっちゃだ。
要はオーダーメイドで、1つ1つ発注者にあわせて匠がこだわり抜いた材料を使って仕上げているということなのだろう――たぶん。

手に取ってみると、でこぼこ部分がレナの手にぴったりと収まった。
思っていたよりも温かみのある素材だ。


「よさそうじゃな」
「ええ、そのようです」


ダンブルドアとマクゴナガルが訳知り顔で頷いた。


「杖は魔法使いを選ぶ」
『は?』


主語と目的語が逆だ。
聞き間違えだろうかと思ったレナに、ダンブルドアが日本語で繰り返した。


「杖はその使い手を選ぶ。君はその杖に認められた」


いやいや杖を選んで買ってきたのあなたですから。
杖が認めるとか、そういう擬人法もいらないから。
というか日本語が話せるんだからややこしい話くらい最初から全部日本語で説明してくれ。
レナが聞き返さない限り日本語を使ってくれないあたり、このファンタ爺はなかなかのくせものだ。


「レナ、君が魔法の授業に非常に興味を持っていると聞いての」


また英語だ。
レナはわからなかったふりをして言葉を濁してマクゴナガルを見た。

眉を上げてすました顔をしている。
これはあれだ。
授業を覗いていたことがバレてたやつだ。


「せっかくホグワーツに来たんじゃ。魔法の勉強をしていくのも悪くないじゃろう」
『魔法!?私もできるの!?』
「できるとも。君の努力しだいで可能性は無限大じゃ」


ダンブルドアがまたウインクした。
このウインクがうさんくささに拍車をかけている。
が、この際そのことは置いておこう。
なんてったって魔法だ。
女の子なら誰でも一度は憧れるだろう魔女っ子になれるのだ。


「教科書は古い忘れ物でも十分じゃろう。辞書を引いても意味がわからぬ魔法用語は、まとめてわしにふくろう便を送るとよい。練習場所は、授業がないときにマクゴナガル先生が教室を貸してくださるそうじゃ」
『すごい!』


少し前まで不安になっていたことなどすっかり忘れて、レナは飛び上がって喜んだ。


* * *




「やあレナ。調子はどう?」
『リーマス!――じゃなかったルーピン先生!』


マクゴナガルが口を開きかけたのを見てレナは慌てて言い直した。
そんなレナを見てリーマスが笑う。


『ルーピン先生は?もういいの?』


リーマスは必ず最初にレナの心配をする。
しかしレナが思うに、リーマスのほうがよっぽど調子を気遣われるべき人物だ。
最初に見た時から病弱そうな印象を持っていたが、ついに先日寝込み、3日ぶりに会った今も顔色が悪い。
指摘をしても「いつものことだから」としか言わないリーマスに無理して来なくていいと言えないのは、リーマスが来ると落ち着くからに他ならない。


「ん?私の顔に何かついているかい?」
『あえて言うなら傷が』
「ああ……昔、ちょっとね」
『ふーん。そういえばルーピン先生は毎日のようにここに来てるけど、変に思われないの?』


リーマスが言いづらそうな顔をしたので、レナは話題を変えた。


「私は元グリフィンドール生なんだ」
『ぐりふぃん……ああ、マクゴナガル先生の寮?』
「そう。私が学生の時も彼女が寮監だった」


だから新米教師の自分が恩師の部屋に相談に来ているとしか思われないだろうとリーマスは笑った。


「英語、上手になったね」
『ありがとう。マクゴナガル先生のおかげかな。おもしろい童話とかをたくさん見せてくれるの。声が聞こえるものまであるんだよ』
「そうか。彼女に任せて正解だったよ」
『んー、でも、私はリーマスのほうがよかったな』
「どうしてだい?」
『優しいから。それから……』


レナはリーマスの耳元に口を寄せて『普通の人だから』と言った。
レナがこの不可思議な世界で知っているのは、生徒たちを除けば、ファンタ爺ことダンブルドアと、ダンブルドアに負けないくらいファンタジー色が強い服装をしているマクゴナガル、それから謎の女装男だ。
多少病弱そうで貧乏くさくても、顔に怪しい傷があることを除けば、リーマスは唯一まともな貴重な人なのだ。


「そんなことないよ」


リーマスは眉を下げて笑った。
このときの笑顔が悲しそうに見えた理由をレナは知ろうともしなかった。


『そうだ!見て、これ!』


レナはダンブルドアにもらった杖を見せびらかし、今度呪文を教えてくれとねだった。


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