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ファンタ爺
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そのまま待たされること数分。
考えれば考えるほど頭がおかしくなりそうな状況で、レナはひとまず紅茶とチョコレートに集中することにした。

しばらくして、おかしな格好をした老人が入ってきた。
真っ白な長髪にとんがり帽子をかぶり、どこかの民族衣装のような昔の外国の貴族のような、とても普段着とは思えないゆったりとした服装をしている。

マジシャンというよりはファンタジー映画に出てくる魔法使いのような格好だ。
しかも真っ白な髭の先には銀色のリボン付き。
さっきの女装男といい、このコスプレ老人といい、ここには変人しかいないのかと聞きたくなる。

老人は半月型の眼鏡の先から青い瞳をレナに向けてきた。


「手紙にあったのはあの子のことじゃな?リーマス」
「そうです。授業中に突然現れまして……」
「ふむ」


よれよれ男と話す間も、何かを考えるように髭をなでる間も、老人の視線はレナから外れない。
その視線の鋭さから、レナが怪しまれているのだということがわかる。
こんなファンタジーなコスプレ爺さんに不審者扱いされるなんて納得がいかない。


「名前はレナだったかの?」


ファンタジーな爺さんの問いかけにレナは目を丸くして驚いた。

日本語だ。

とするとやっぱりここは日本だったのか。
この部屋は舞台のセットか何かで、この人達は劇団員で、寝ている間にうっかりロッカーごと運ばれてしまったのか――。

冷静に考えればそんなことがあるはずもないのに、レナは混乱するあまりそう決め付け、日本語を話せるくせに英語で話しかけ続けてきた男に怒りの矛先を向けた。


「リーマスは日本語を話せんよ」


レナの心を読んだかのように老人が言った。
どうやら鳶色の髪のよれよれ男はリーマスという名前らしい。
リーマスとやらは名前が出てわずかに反応を示したが、呼ばれたわけではないとわかると静かに壁際に寄った。


「わしもちと勉強しただけだから多少おかしなところがあるかもしれん」


ファンタジーな爺さん――もうファンタ爺でいいだろう――はそう言ってレナにウインクをした。
“ちと勉強しただけ”にはとても思えない流暢な話しっぷりだ。
おまけにウインクだなんて、胡散臭すぎる。
何者なんだ。


「おっと。自己紹介がまだだったの。わしはアルバス・ダンブルドア。ここホグワーツ魔法魔術学校の校長じゃ」


またしても心を読んだかのようなタイミングだ。
そのことも驚いたが、レナは“魔法魔術学校”という言葉のほうにもっとびっくりした。
手品学校でも驚きなのに、魔法学校ときたもんだ。
確かにこの見るからにファンタジーな格好の爺さんなら魔法の1つや2つ唱えてもおかしくなさそうな雰囲気だ。
とはいえ、そうなんだと素直に受け入れるほどレナは子どもではない。


『魔法を信じる年齢に見える?今すぐ私を学校に帰してよ、人攫い』
「君は誰かの手によって連れてこられたということかの?」
『知らない!学校のロッカーに隠れてたのに、気づいたらここにいたの!ていうかここどこよ!ふざけた学校名じゃなくて、地名を答えてよ、地名を!』


レナは叫びながら机の上に目を走らた。
大人2人相手とはいえ、ひ弱そうな男と老人が相手なら、隙をつけば逃げられるかもしれないと思ったからだ。
何かハサミかカッターか――武器になるようなものがないか探した。
そして、武器としては心もとないが、ペーパーナイフを羽ペンの近くに見つけた。


『身代金目的なら無駄よ!うち貧乏だからね!』


机を叩いて立ち上がり、体で隠しながら後ろ手にペーパーナイフを手に取る。
しかし――


『えっ』


突然力が抜け、ペーパーナイフが――信じられないことに、勝手に手からすり抜け、ふわっと空中で弧を描いてダンブルドアとやらの手に渡った。
レナは椅子に崩れ落ちるように座った。


『な……ん、なの……』


何が起こったのか、さっぱりわからなかった。
まさか今のが魔法だというのか。


「驚かせてすまんのう」


ダンブルドアは穏やかに言い、ペーパーナイフをリーマスに渡し、「心配ない」とかなんとか英語で言った。
よく見るといつの間にかリーマスの手には指揮棒のようなものが握られている。
丸顔の少年が持っていた棒切れとよく似ている。
この流れでいくと、あれが魔法の杖だとか言い出すのだろう。


「君はなかなか状況判断力に優れているようじゃな、レナ」


ダンブルドアが言った。
レナは自分の口に手をあて、うっかり独り言を言っていないことを確かめた。

もうこれで3度目だ。
こちらの頭の中をのぞかれているようで気持ち悪い。
もし本当にこの人たちが魔法使いだというなら、考えを読むことも不可能ではないだろう。


「開心術というものじゃ。今回のような緊急事態が起こらぬ限り、普段は覗いたりせんよ」
『緊急事態……?』


緊急事態が発生しているのはこちらのほうだ。
というか本当に心を読んでいたのか。
うかつに変なことを考えられない。

ダンブルドアの言うことを信じ始めている自分に驚きつつも、レナは紅茶に手を伸ばし、心を落ち着かせようとした。
非現実的な状況の中で、安物の紅茶だけが唯一レナの信じられるものだった。


「君が本当のことを話してくれるのであればもうこの術は使うまい」


開心術を使うには相手の目を見る必要があるから、心配なら目を逸らしておけばいいとダンブルドアはつけ加えた。
ためしに琥珀色の液面を見ながら“杖は使わないのかよ”とツッコんでみたが、それに対する返事はなかった。


「いまはちとやっかいごとがあって侵入者に対して過敏になっておるのじゃ。問題がないと判断できればすぐにでも君を元の場所に送り届けると約束しよう」


誘拐自体が大問題だと言ってやりたいところだったが、これ以上の“やっかいごと”に巻き込まれるのはもっと嫌だと思い、帰してもらえるならそれでいいと思うことにした。


「まずどうして君がここに来てしまったのかじゃ。ここはそう簡単に出入りできるような場所ではない」


レナが落ち着きを取り戻したと判断したのか、ダンブルドアはわかっている範囲でいいから教えるように聞いてきた。
ぶっちゃけそれがわかったら苦労はしない。
だいたい来たんじゃなくて連れてこられたのだ。


「ロッカーと言っておったの?どこのロッカーじゃ?」
『学校よ。私が通っていた学校』
「マホートコロかの?」
『何それ?』
「違うようじゃの。ロッカーに入っただけでここに来たのか、それとも何か呪文のようなものを唱えたのか――」
『唱えるわけないじゃない。卒業式が終わったあとにかくれんぼをして、ロッカーに隠れたの。で、途中で寝ちゃって、気づいたらここにいたってわけ』
「卒業式?」
『そうだけど。悪い?』


18歳にもなって子どもの遊びをしていたことを馬鹿にされたと思い、レナはふてくされた。
しかしダンブルドアはレナの予想外の返答をした。


「卒業式というと……具体的には何月何日じゃ」
『今日なんだから3月10日に決まってるじゃない』


いくら年をとっているからといって耄碌しすぎなんじゃないだろうか。
そんな失礼なことを考えながらレナがダンブルドアを見ると、今までとは違う難しい顔つきをしていた。
それからしばらく考えるようなそぶりをしながら部屋の中をうろうろと動き回った。


「ダンブルドア?」


リーマスが声をかけた。


「何か問題でも?」
「ああ。信じられん……しかし……リーマス、この子は授業で使った洋箪笥から出てきたと言っていたの?」
「そうです。ボガートを閉じ込めたときは確かに空だったんですが……」
「ふむ。とするともともと……その洋箪笥はどこで手に入れたものじゃ?」
「ホグワーツ内にあったものです。入れ物を探していたときに偶然見つけたのでお借りしました。……事前にあなたに確認すべきでした」
『ちょっと!卒業式がなんなの!?』


完全に話についていけないレナは、我慢できずに声をあげた。
質問するだけしておいて、レナがわからない英語で相談をするなんて卑怯だ。
洋箪笥置き場がどうとか話しているようだが、そんなことはどうでもいい。
レナを帰したあとで存分に話し合ってくれればいい。


『正直に全部言ったでしょ!約束通りいますぐ帰して!』
「残念だが、すぐにはできそうにない」
『どうしてよ!』
「今日は9月3日じゃ」


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