『痛たたた……』
レナは誰もいなくなったことを確認してから身を起こした。
盾シリーズの商品は、魔法からは守ってくれたが、地面との衝撃は守ってくれなかったようで、背中を中心にあちこちが痛い。
元いた場所には大きな窪みもできている。
倒れていなければ、とどめをさされていたかもしれない。
そう考えると背筋が凍る思いだ。
(――そうだ、闇の印!)
どうして学生やスネイプっぽい人まで一緒だったのかまではわからないが、死喰い人がいたことを考えると、あの印が意味するものに現実味が出てくる。
レナはすりむいた膝の砂を払い、片足を引きずりながら走った。
そして学校の敷地に入ってすぐに小屋が燃えていることに気づいた。
近くに誰かが倒れている。
『ハリー!?』
見覚えのある姿に、レナの呼吸は止まりかけた。
そんな、嘘でしょと叫びながら、駆け寄って揺すり起こす。
ハリーはひどい怪我をしていたが、生きていた。
泣きながら何かを呻いている。
『小屋の中に誰かがいるの!?』
ハリーの視線の先に小屋があることに気づき、レナは悲鳴をあげた。
燃え盛る小屋の半分は崩れて、屋根も焼け落ちている。
中に人がいたら、とても助からない。
「ちが……あいつが……」
『あいつってドラコ?今それっぽい人が出て行くのを見かけたけど、あの人が放火したの?』
「ちがう……スネイプだ。スネイプが……」
ハリーはふるふると首を振った。
その動作だけでも辛そうだ。
『ごめんハリー、治癒魔法が使えればよかったんだけど……』
包帯を巻くくらいならできるが、ハリーの状況を見る限り、それよりも先にしなければならない処置がたくさんありそうだ。
どうしようと思ったところで、城のほうから数人が駆けてきた。
レナは身を強張らせたが、すぐに騎士団の人だということがわかって安心した。
集団の中には、懐かしい姿もあった。
『リーマス!こっち!ハリーが怪我をしてるの!』
「レナ!?」
リーマスはレナの声を聞いて目を丸くした。
一拍おいて「どうしてここにいるんだ!」と叫び、その怪我はどうした、やつらに会ったのかと、矢継ぎ早に質問しながら駆け寄ってくる。
普段のリーマスからは信じられないような取り乱しぶりだった。
『大丈夫、大丈夫だから』
レナはなだめるように言い、状況を説明した。
みるみるうちに青ざめていったリーマスは、死喰い人が去ったくだりのあたりでレナを抱きしめた。
「よく、無事で――」
『リーマス、痛い』
恥ずかしくなって身をよじると、今度はどこが痛いんだ何の呪文が当たったんだと、全身をくまなく調べられ、大丈夫だというレナの意見を無視して医務室まで運ばれた。
医務室には怪我人がたくさんいて、レナはどう見ても軽症の部類だった。
それでも薬を飲んでベッドに横になるとどっと疲れが出て、目を閉じただけで夢の世界へ落ちた。
レナが次に目を覚ましたとき、すぐには自分の状況を理解できなかった。
ざわざわと人の話し声が最初に耳に入ってきて、次に、いつもとは違う天井が目に映る。
顔を横に向けると、ベッド脇にリーマスの姿があった。
森で会ったときは気づかなかったが、別人のようにやせ細り、白髪が増えているようだった。
ひどく疲れた表情で、目も充血している。
レナはリーマスに大きな怪我がないか確かめるように、前かがみの体、膝におかれた肘――と順番に目を移動させていった。
そして、重ねた両手の中に自分の右手があることに気づいて少し驚いた。
ずっと手を握ってくれていたのだろうか。
包み込まれた手の先だけが、ジンジンとしびれるように熱を帯びている。
(リーマス……)
名前を呼んだつもりだったが、寝起きの声帯はうまく働かず、微かに息が漏れるだけだった。
体も鉛のように重くて思うように動かない。
リーマスはレナが起きたことに気づいているはずなのに、何も言ってこなかった。
ただじっと見つめて、人差し指でレナの手の甲をさすり続けている。
纏っている雰囲気が、シリウスが亡くなった後の会議のときのようで、レナは不安になった。
昨晩ここで何が起こったのか、闇の印の下に何があったのか、まだ聞いていない。
『リ……マス』
今度はちゃんと声になった。
しかし、リーマスからの返事はなかった。
口の端がわずかに引き上げられただけで、手の動きも目線も変わらない。
『何があったの……?』
レナは恐る恐る聞いた。
それでもリーマスが動かないので、催促するように右手首を軽く振った。
『私ね……闇の印を見たの……』
「朝になったら話すよ」
リーマスが口に人差し指を当て、静かにするようジェスチャーした。
ざわざわはずっと続いているから、声を出してはいけないというわけではないだろう。
ということは、話を聞かせられない人物が近くにいるんだろうか。
よく回らない頭で考えていると、リーマスが身を乗り出してきた。
「――だから今は、おやすみ」
優しい声で囁かれ、おでこにキスをされた。
(夢を見てるのかな)
だから体が重くて、額と右手しか感覚がないのかもしれない。
どうせなら夜の出来事から全部夢ならいいのにと思いながら、レナは再び目を閉じた。
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