stand by me | ナノ
W.W.W.
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釈然としないままあいさつをしに三本の箒に行くと、ロスメルタに「うまくやられたわね」と笑われた。
店内に客は3人しかおらず、窓から見た通りにも人影はあまりない。
それでもダイアゴン横丁のように窓に板を打ちつけている店がないだけまだいいように思えた。


『なんかやめたり戻ったりで時間もあいまいですみません』
「気にすることないですわ。見ての通りだから少しでも活気があったほうがいいですもの。でも出来高制というのは災難ね。このご時勢で悪戯グッズを欲しがるのなんて、ホグズミード休暇のときの学生くらいよ」
『護身用の商品もあるんです』


レナは縮小呪文で持ってきた商品を、与えられたスペースであるカウンター脇のテーブル席に並べ始めた。
ドールハウスを使ってミニチュアのショーウィンドウを作るという考えは、我ながらなかなかいい案に思えた。
場所もとらないし、なにより見ていてかわいい。
その横にズル休みスナックボックスをひと山作り、在庫は机の下にしまった。


『マダム、これだけレジの横に置いてもいいですか?』


ピグミーパフと惚れ薬を入れたかごを抱え、レナはロスメルタに話しかけた。
しかし、ロスメルタは爪を眺めるのに夢中で、問いかけに気づいていないようだった。


『ロスメルタさん?』


かごを持ったままカウンターに入ったレナは、ロスメルタが見ているのが自分の爪ではなく、1枚のコインであることに気づいた。
ガリオン金貨のようだが、柄が違うようにも見える。


『それって記念コインか何かですか?』


問いかけても返事はない。
覗き込もうとすると、ポケットにしまわれてしまった。


『マダム?偽造硬貨ですか?』
「少し、出てきますわ」
『え?あ、はい。……どこに?』
「ホグワーツに注文の品を届けに行かなければなりませんの。店番を頼みますわね」
『ホグワーツなら前みたいに私が行きますよ』
「大丈夫よ。これはお得意様のだから、私が直接届けますわ」


マダム・ロスメルタは大事そうに蜂蜜酒のビンを抱え、コートも着ずに出て行った。


* * *




しばらくして、ベルの音と一緒に冷気が入ってきた。
ロスメルタが戻ってきたのかと思ったレナは、そこにトンクスの姿があって驚いた。
それはトンクスも同じで、2人はしばし無言で見つめあった。


『あ、ごめん!いらっしゃいませ!ご注文は?』
「いや、客じゃないよ。私はホグズミードの警備担当なんだ。だからこれは、見回り。……レナってフレッドとジョージの店にいるんじゃなかった?」
『まあ、いろいろあって……』


レナはトンクスにもここに来ることになった経緯を話した。
ロスメルタと同じように笑われると思ったが、トンクスは「そっか」と元気なく呟いただけだった。


『……具合悪い?』


あまりに元気がないので、レナは心配になった。
トンクスは静かに首を横に振った。
レナと目を合わせようとせず、惨めそのものといった表情をしている。

本部で見かけるときもこんな感じだ。
以前は会議が終わってからも残って雑談をしたり食事をしていくことがよくあったのに、最近はすぐに帰ってしまう。
冗談を言うこともなくなり、あんなに派手だった髪の毛は、くすんだ茶色をしている。


『……もしかして、リーマスのこと?』


恐る恐る聞いてみると、トンクスはビクッと肩を反応させた。


「知ってたんだ……。リーマスに聞いたの?」
『ううん。ごめん、盗み聞きするつもりはなかったんだけど、スネイプが来て、止めてる間にちょっと聞こえちゃったの』
「え?ああ、あの日?」


トンクスは少し驚いた顔をし、あの夜のように気まずそうにした。


「あの時は告白できていないよ。スネイプに邪魔されちゃったから」
『あれ?でも、恋愛できない理由がどうこうって……」
「あれはレナについて聞いていたんだ。私はリーマスとレナの仲を疑っていて、先に確認しておきたくて、その……」
『ああ、それで』


レナはスネイプの哀れみの目の理由がわかった気がした。
きっと彼の耳にはレナが聞き取れなかった部分まで届いていたのだろう。


「勝手にごめん……。レナもリーマスのことが好きなのに」
『へ!?』
「見ていたらわかるよ」


トンクスは店内に入ってきて、カウンター席に座った。
入れ替わりで3人組の客が出て行き、店内はレナとトンクスの2人になる。
気まずいなんていうものじゃなかった。


『えと、“あの時は”ってことは、別のときに……ってことだよね?』
「うん……でもダメだった」
『それってやっぱり人狼だから?あの人ちょっと気にしすぎだよね』
「うん……でも核心を避けているだけな気もするんだ。人狼のことにしたって、私は気にしないって言ってるのに……」


トンクスはテーブルの上で組んだ手を強く握った。


「最近は一緒の任務も避けているみたいだし、しつこすぎて嫌われちゃったのかもしれない」
『そんなことないって。人狼じゃないとできない任務が忙しいからだからだよ』
「でも、連絡もくれないし……任務以外のときは一緒にいられるレナがうらやましい」
『私はトンクスがうらやましいよ』


自分が一緒にいられるのは今だけだと、レナはため息をつくように言った。


『トンクスは私と違って大人だし、“これから”もあるじゃん。諦めずに頑張って』
「でも……」
『リーマスの言うことを気にしすぎちゃダメだよ。嘘か本当かもわからないリーマスの言い分に振り回されるなんて馬鹿らしいって』
「うん……」
『私は明るくて元気なトンクスが好きだよ。場を和ませるって誰でもできることじゃないし――って私に言われても嬉しくないか』
「そんなことないよ。ありがとう……」


トンクスは笑顔を作ろうとしたが、口の端がわずかに動いただけだった。


「レナは、リーマスに気持ちを伝えないの?」
『言ったことはあるよ。でも、はいはいありがとねーって感じだった』
「ちゃんとした返事はもらえていないってこと?」
『それどころかネタにされる始末だよ……たぶん、本気にしてもらえてないんだと思う』
「そっか……それもつらいね」
『そうなんだよねー。だから、トンクスに疑ってもらえたのは、ちょっと嬉しいかも』


レナはバタービールを2杯入れ、トンクスの隣に座った。
おごりだと言うと、トンクスは「任務中に飲めないよ」と言いつつゴブレットを受け取った。


『トンクスは、リーマスのことがすごく好きなんだね』
「それはレナもでしょ」
『どうだろ……たぶん、どこかに諦めの気持ちがあるから、こんな風にしていられるんだと思う』
「好きって、そう簡単に諦められる?」


トンクスが探るような目を向けてくる。
レナは心の奥底を覗かれることを恐れるように、トンクスから視線を外した。


『私は、いつか帰らなきゃいけないから』
「それってどうしてもなの?」
『うん。リーマスもそのために一生懸命になってくれてる。だからこっちにいる間は、悩んだりしないでなるべく楽しもうって決めたの』
「レナはそれでいいの?」
『いいの』


レナは自分に言い聞かせるように大きめの声で言った。
手元に落としていた視線を、再びトンクスの顔に戻す。
気まずいという気持ちはいつの間にか消えていた。
代わりに、トンクスを元気付けたいという気持ちと、トンクスをこんな状態で放っておくリーマスへの怒りが湧いてきた。


「レナは強いね。それに私を励ますだけの余裕もあって……リーマスがレナを子ども扱いする意味がわからないよ……」
『ほんと?もーっ、そう言ってくれるのはトンクスだけだよ』


レナは『私は今のトンクスの言葉に励まされた』と言いながら、レジ脇のカゴに手を伸ばした。


『余裕はね、たぶんこれのおかげ』
「これって――惚れ薬?」
『そそ。いざとなったら盛ってやればいいってわけ』
「えっ、本気?」
『冗談』
「なんだ、びっくりさせないでよ」
『でも持ってるだけで全然違うよ。露店商が売ってる護符くらい効果あるから、騙されたと思って1つ買ってみない?』


ダイアゴン横丁で見かけた謳い文句を思い出しながら、『不安を寄せ付けなくなるよ』と適当なことをいろいろ言ってみる。
トンクスは数回瞬きをしたあと、ようやく笑顔を見せた。
それからしばらく2人でクスクス笑い、久しぶりにリーマスの話で盛り上がった。


『というかさ、人狼であることより、こうやって乙女心を弄ぶことのほうが罪深いと思わない?』
「レナって結構言うね」
『だってさー、私の告白はネタ扱いするし、トンクスにも真面目に向き合ってないみたいだし、失礼だよ』
「うん。でも、ちょっと落ち着いて」
『いい大人が恥かしいと思わないのかな!?』
「レナ、ストップ」
『リーマスの馬鹿やろー!』
「あっ」
「私がなんだって?」


勢いに任せて言っていたレナは、トンクスの静止にも、ドアが開く音にも気づかなかった。
声が聞こえて始めてその存在に気づき、青ざめる。


『りりりり、リーマス!いつからそこに!?』
「今だよ。フレッドとジョージにこっちだって聞いたから来たんだけど――迎えは必要なかったようだね?」
『いるいる!超いる!ごめん!いまのなし!』


慌てふためくレナを見て、トンクスは小さな声で「やっぱりうらやましいよ」と言った。
それから『どこが!?』と叫ぶレナをカウンターに残し、リーマスに駆け寄っていく。
「元気?」「どうだったの?」「どうして連絡をくれないの?」と、矢継ぎ早に質問するトンクスを、リーマスが片手を上げることで制した。


「レナ、マダム・ロスメルタはどこだい?」
『配達中。ホグワーツだから、すぐに戻ってくると思う』
「そっか。それじゃ少し見てきてみるよ。――トンクス、行こう」
「えっ、でも、レナは……」
『いいよいいよ。行ってらっしゃーい』


2人の背中を見送ることには慣れている。
レナはリーマスとトンクスに手を振りながら、惚れ薬をそっとカゴに戻した。


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