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別れ(後編)
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キングズリーからの知らせが入ったのは、それから間もなくだった。
シリウスの目がキラリと光った。
活躍の舞台を目の前に、全身が生き生きと輝いている。


(もう離していいのかな?)


全員が一斉に立ち上がったので、レナはマッド-アイの様子を窺った。
何も言わないところを見ると、シリウスを置いていくのは諦めたのだろう。
が、視線が痛い。


「では予定通りに。3つ数えたら同時に出発だ。いち――」
「3秒も待っていられるか」


マッド-アイがカウントを始めると同時に、シリウスが身をひねった。
服を掴んだままだったためバランスを崩したレナは、ものすごい勢いで後方に腕を引かれた。
バチンという音がして、背中からリーマスにぶつかる。


「何を考えているんだシリウスは」
「周りが見えていない証拠だ。急ぐぞ」


舌打ちをしたマッド-アイは、「油断大敵!」と大きな声で言いながら杖を床に打ちつけた。
それを合図とするように、トンクスがバチンと音を立てながら姿を消し、マッド-アイも同時にバチンとなった。


「シリウスは夕飯抜きでいいよ」


リーマスは1歩下がってレナと距離を取り、笑みを残してバチンと消えた。

ここでようやく、レナ自分がシリウスの移動に巻き込まれるところだったと気づいた。
リーマスが引っ張ってくれなかったら、今頃は神秘部だっただろう。


『危なっ』


リーマスの任務についていきたいと思ったことはあるが、そういうハプニング的なものは求めていない。
あやうく保護対象を1人増やすところだったではないか。


『急いては事を仕損じるって知らないのかなっ!』


ぽつんと残されたレナは、静まり返った食堂を見渡した。
1人になるのは初めてだった。


『怒られても知ーらないっ』


不安を打ち消すように、わざと大きな声を出して厨房へ向かう。
夕食の話をしたということは、今日の任務は短期決戦で、すぐに帰ってくるのだろう。
戻ってきたら、シリウスはきっと説教地獄だ。
せっかくだから犬を使って脅したことも怒ってもらおう。
夕飯はもちろん抜きだ。


『ま、何人戻ってくるかわからないから多めに作るけど』


確か鶏肉があったはずだ。
ジャガイモと玉ねぎはたくさん残っている。
カレー粉はあっただろうか。
レナは大鍋を火にかけ、独り言を続けながら夕飯の支度を始めた。

* * *



1時間以上かかって、鍋いっぱいのチキンカレーと、いじけたシリウス用のから揚げが出来上がった。
リーマスが本気だったときのため、から揚げはあらかじめシリウスの部屋に持って行っておく。
ついでにバックビークに餌をやり、それでも時間が余ったため、魔法の練習をして時間を潰した。
騎士団員が帰ってきたのは日付が回る頃になってからだった。

物音を聞きつけて地下へ向かったレナは、ドアの前で足踏みした。
声をかけられないくらい、空気が重い。
入るのを戸惑ってしまう。
まさか間に合わなかったのだろうかと、ごくりと唾を飲み込んで、集まった騎士団員たちの顔色を窺い、奇妙なことに気づいた。


『あれ?シリウスは?』


キングズリーなど、出発時にはいなかった騎士団のメンバーが数人増えているのだが、誰よりも先に出て行ったシリウスがいない。
急ぎすぎて場所を間違えたのだろうか。
それとも勝手に出た罰で、既にどこかに監禁されたのだろうか。


『まさか、ハリーに何か……』


聞きながら、声が震えているのがわかった。
間に合わなかったのだとしたら、この空気の重さもわかる。
包帯をぐるぐるまきにしたアーサーの姿が脳裏に浮かび、背中に冷たいものが伝った。


「子どもたちは全員無事だ。ダンブルドアが学校に連れ帰った」
『シリウスもついていったの?』


キングズリーの言葉を聞き、ほっとする。
ダンブルドアは間に合ったのだ。
だからみんな集まって、ダンブルドアが戻ってくるのを待っているに違いない。


『そうでしょ?』


だとしたら、どうしてこんなに暗いんだろう。
予言とやらが取られてしまったのだろうか。
だからって、いくらなんでも大げさじゃないだろうか。
これじゃまるで、お葬式みたいだ。


『……シリウスは、戻ってこないの?』


誰も返事をしてくれないので、もう一度、少し大きめの声で聞いてみた。
誰よりも暗い顔をしたリーマスが、静かに頷いた。

ぞわっと全身に鳥肌が立つのがわかった。
それなのに、体の中心がカッと熱くなる。
息苦しいほどのに胸が熱いのに寒気がするという、不思議な感覚がレナを襲った。

――子どもたちは全員無事だ。

それは、子どもじゃない人のなかに無事じゃない人がいた、とも取れる言い方だった。
レナは走っていってリーマスに縋りついた。


『うそ……うそでしょ?』


リーマスは暗い目をレナに向けただけで、もう一度頷くことはなかった。


『ねえトンクス、シリウスはどうしたの?』


隣にいたトンクスの腕を揺さぶって聞いても、何も答えてもらえない。
ただ黙って首を横に振っただけだ。
その目には、うっすらと涙が浮かんでいる。


『無事だよね?』


思い違いであってほしい。
誰でもいいから、シリウスがいない本当の理由を教えてほしい。


「ブラックは死の呪文に打たれ、ベールの向こう側にいった」


レナの願いは、マッド-アイによって半分だけ聞き入れられた。
“死の呪文”という言葉が、レナの頭を中からガンガンと叩いた。


「死んだんだ。やつは二度と戻らん」
『なんで?どうして?ベールって何?』
「死の呪文は文字通り対象に死を与える呪文だ。当たれば確実に死ぬ」
「ベールは、神秘部にあった門。シリウスはそのなかに吸い込まれたの……引き上げることはできない」
『何言ってんの?意味わかんない』


まったく理解が出来ない。
遺体もないないのに、どうして死んだと言い切れるんだろう。

ずっと家にいたから、外に出た機会にあちこち見てまわりたくなって隠れたのかもしれない。
レナのように、どこか遠い国に転送されてしまっただけかもしれない。


『意味わかんないよトンクス。シリウスが死ぬわけないじゃん。だって――』


それ以上は言葉にならなかった。
目を閉じたトンクスの目から滴が落ちたことをきっかけに、レナの中の何かが崩壊する。
言い様のない絶望が嗚咽と涙となってあふれ出し、レナを悲しみの渦へと引きずり落とした。


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