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別れ(前編)
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気まずい空気が流れた。


『……どういう意味?』
「なんでもない」
『何が大丈夫じゃないの?』
「なんでもないって」
『もしかしてものすごい迷惑かけてる?我慢させてる?』
「違う。そうじゃない」


リーマスは今までに見たことがないような表情をしていた。
それをレナから隠すように、マグカップを手に取り、口元に運ぶ。
ぬるくなってしまっているだろうホットココアをちびちびと飲んでいく姿を、レナは見ていることしかできなかった。


「いいかいレナ、君は不運な事故に巻き込まれただけなんだ」


何分経ったかわからない。
カップをテーブルに戻したリーマスが、静かに諭すように言った。


「私が加害者で、君は被害者だ。レナが傷つけば、私が責任を感じる。だから――」
『そんなことないでしょ。私にとってリーマスたちのことが他人事なら、私が傷つくこともリーマスにとって他人事じゃん』


我ながらずいぶんと冷たい言い方になったと思った。
リーマスが平手打ちをされたような顔をしている。
それでも謝る気はない。

シリウスの言うとおりだった。
リーマスは勝手な思い込みと決め付けで行動している。
他人事だの責任だの、さっきからリーマスの言葉自体が地味にレナの心をえぐっているなんて、考えてもみないのだろう。


『私が傷ついてリーマスが責任を感じることと、大勢の命を危険に曝すことを天秤にかけたら、前者のほうがいいに決まってる。違う?』
「命さえあればいいというものでもない」
『あとから記憶の操作だってできるんでしょ?戻ればなかったことにできるんでしょ?じゃあ私が残ってもいいじゃん』


どうせ他人事なんだ。
そう思ったら悲しくなったが、今は別の気持ちの方が勝っていた。
そっちがそのつもりなら、こっちだって好きなようにしてやる。
リーマスの言動が相手の――レナの為を思ってのことならなおさらだ。


『今は帰らない。あとでタイムターナーを使って戻る。それでいいでしょ』
「どうしてそこまで残ることにこだわるんだ」
『それは――』


リーマスと離れたくない、とは言えなかった。
そんなことを言ったら、強制的に戻されそうだ。


『――もう少しで、アニメーガスになれそうだから』


苦しい言い訳だった。
というよりも、本心を見透かされているように思えた。
リーマスの表情は、まさに返事に困っている表情そのものだった。


「やり方さえ覚えておけば、向こうに戻ってからも練習はできるよ」
『ここで完成させなきゃ、リーマスに見せられないじゃん』
「……それは、こだわらなくていい」
『やだ。リーマスとシリウスに見せるって決めたんだもん』


違う。
これじゃただのわがままだ。
冷静になるにつれて、こんなはずじゃなかったと思うが、どこから間違えたのかすらわからない。
リーマスが辛そうだったから負担を軽くしたかったのに、結局いつも通り気を使わせている。


(そりゃ大丈夫じゃないって言われるよね……)


顔色も悪くなるはずだ。
リーマスは大人だから、嫌なことがあってもすぐに口に出したりしないだけなんだ。


『リーマスは加害者じゃなくて、巻き込まれた被害者の1人だよ。だからお願い、無理しないで』
「……わかった。なんとかダンブルドアに連絡を取れるようがんばってみるよ」


ポンポンと、あやすように頭に手を乗せられる。
子ども扱いはやめてとは言えなかった。

* * *



リーマスは満月の晩に出て行ったきり、しばらく戻ってこなかった。
3月10日も過ぎた。

他の騎士団のメンバーの様子を見る限りでは、ダンブルドアと連絡はついたようだが、リーマスが話せたのかどうかはわからない。
たまに戻ってきてもすぐに部屋に行ってしまうし、夜中の帰宅が多い。
あからさまに距離を取られているように思えた。


『余計なこと言ったかな?』


バックビークへのえさやりをするシリウスの隣で、レナは膝を抱えて丸くなっていた。
リーマスは今日も朝方に帰ってきたっきり、部屋から出てこない。
避けられっぱなしでは、残った意味がない。


『めんどくさいやつだなって思われた可能性、あるよね……』
「忙しいだけだろう。落ち着けばそのうちまたあいつのほうから話しかけてくる。それよりも期間が延びたことを喜べ」
『それもそうだね』


シリウスに気にするなと言われると、少し気持ちが楽になる。
なぐさめるための方便かもしれないけど、それでも親友が言うんだから間違いないだろうと思うことで、前を向けた。


『ハリーは大丈夫?』
「落ち込んでいるだろうが、仲間が支えてくれているだろう」
『心配?』
「そうだな。だが、信頼もしている」
『私の両親も心配してるかな?』


あのときは勢いでああ言ったが、落ち着けばやはり気になるものだった。
モリーやシリウスの様子を見ていると、余計に感じる。


「その辺はダンブルドアがうまくやってくれているんじゃないのか?」
『たぶんね。だから下手に手紙を書くこともできなくて、ちょっと寂しい』
「そうか……しんどいな」
『うん。でも、いざとなればマグル方式で戻れるから』


もう2人同時に存在するという心配はない。
パスポートが取れるのかとか、渡航記録がどうなるのかとかは気になるが、まあ、その辺はどうとでもなるだろう。

それこそ気を失って気づいたらここにいたんです!と警察に駆け込むのもありだ。
大問題になるのは間違いなしだが、2度と会えないわけではないというだけでも心持ちが違う。


『どうすることもできないなら、悩んでる時間がもったいないし』


数日間葛藤を繰り返した結果、レナはそう結論付けた。
こっちに来たばかりのときと同じだ。
うじうじしていても状況が変わるわけではないのだから、できる範囲で楽しまなければ損だ。
レナは立ち上がり、杖を取り出した。


『せっかく期間が延びたことだし、また新しい魔法を教えてよ』
「アニメーガスを優先しなくていいのか?」
『うーん、完成するまでって言っちゃったから……練習、してることにしてもいいかな?』
「おっ。ついにレナも問題児の仲間入りか」


シリウスは嬉しそうだった。


「それじゃ問題児誕生記念に、抜け出して散歩にでもいくか」
『え、それってまさか変身、しないでって言ったでしょおおお!』


止める暇もなかった。
シリウスは巨大な黒い犬になり、レナは悲鳴をあげて部屋を飛び出した。
何事だと顔を覗かせたリーマスに、助けを求めて泣きつく。


(荒療治すぎ!)


反射的にリーマスの胸に飛び込んだレナは、シリウスの“問題児誕生記念”の本当の目的がこれであることを悟った。
レナがリーマスにくっついていられるように犬の姿のまま説教されているらしく、リーマスが早く戻れと繰り返し言っている。

気持ちはありがたいが、ほんと勘弁してほしい。
リーマスに抱きつき、撫でられて喜ぶと思ったら大間違いだ。
そんな余裕はない。
このままではシリウス恐怖症になる。


(馬鹿!単純!ガキ!)


どうしてこうも精神年齢が低いんだ。
リーマスと足して2で割ってほしい。


「レナ、もう大丈夫だから」
『ほんとに?戻った?人になった?』
「一応ね」
『一応ってなにー!?』


鳴き声は聞こえなくなっていたから恐る恐る振り返ると、人型のシリウスが床に伸びていた。


『……何したの?』
「少し寝てもらっただけだよ」
『あ、ありがとう……』


そうだった。
この人はたまに容赦ないことを平気でするんだった。

レナはリーマスが部屋に戻っていくのを確認してから、シリウスの脇にしゃがんだ。
ここまで身を張ってくれるとは思わなかった。
いやリーマスの対応が計算外だったのかもしれないけど。


『シリウスもありがとう。ていうか、なんかごめん』


レナは心の中で罵ったことを詫びた。


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