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憂鬱な狼(3)
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ため息をつきながらゆっくり目を開き、意識を夏の自宅から冬のシリウスの家と戻すと、豪華に飾りつけられたマントルピースが目に入った。
ツリーの飾りつけも、もう済んだようだ。
シリウスは壁の前に立ち、タペストリーをどうやって隠すかに頭を悩ませている。


「思い出したか?」


シリウスはモールを吊るしてもすぐに取れてしまう壁に舌打ちをし、残った飾りを窓枠に取り付け始めた。


「私はリーマスに言われたことを全て守っている――まあまだ1つは途中だが――防衛術の話も、私から提案したわけじゃない」
「……悪かったよ」
「守るうえでも、本人が防衛術を使えるのはいいことだ」
「そうだね。君の言うとおりだよシリウス。私が悪かった。だからこの話はもういい」


感情に任せてこの部屋に飛び込んだことをリーマスは後悔した。
早く話を切り上げ、失態をなかったことにしたい。
それなのにシリウスは会話を続けた。


「任務について行きたいと言われてお前はなんて答えたんだ?ダメだと言ったんだろう」
「もちろん」
「それじゃついていかないから安心しろ。レナは私とは違う。残念なことにね」


おもしろくなさそうに言うシリウスに怒る気力はもうなかった。
防衛術の話しかしていないのに、ついていきたいと言われたことまで感づかれている。
これではシリウスに話をするきっかけを与えたにすぎないではないか。
のらりくらりと避けてきたというのに――。


「まだなんとか症候群だって言い張るつもりか?」


恐れたとおり、シリウスは痛いところをついてきた。


「言い張るも何も、事実だよ」
「今のほうが極限状態で、私のほうが一緒にいる時間が長いはずだなのに、レナは私を好きにならないようだな。不思議なことに」
「それは……君が、犯人じゃないからだ」
「へえ。それよりお前はどうなんだ、リーマス。犯人が本気になるケースもあるんだろ?」
「……私と彼女は住む世界が違う。それに彼女は若すぎる」
「だから?」
「何かある可能性は皆無だ」


これはレナが言ったことだ。
学校にいられなくなり、預かることになったときに彼女は親子にしか見えないんだからと言った。

まさにそのとおりだ。
何かある可能性はない。
レナもそう意識しているからこそ、好意を向けられているのがわかっていても安心して一緒にいられる。


「レナはお前が思っているほど子どもじゃない。お前が距離を置こうとしていることにも気づいている。それでいて、その距離でできることを探っている」
「ありがたいことだね。私は今の距離感が心地良い」


また口調が強くなっていたことに気づき、ゆっくりと息を吐く。
気持ちを落ち着かせるために、箱の中に2つだけ残っていた飾りを手に取り、1つを自分でつける。
もう1つをシリウスに渡し、盗み聞きを防ぐための呪文を解いた。
話はこれでおしまいだというアピールを、シリウスは肩をすくめて受け取った。


「ああそうだ、それで、プレゼントの話だが――」


部屋から出ようとしたところで、肩越しに呼び止められた。
あまりいい話とは思えなかった。
悪戯めいた笑みがそれを物語っている。


「買いに行けないと嘆いていたから、“プレゼントは私”ってやつをやってみたらどうだと言っておいた。今晩の予定は空けておけよ」


親友の悪ふざけに、頭が痛くなった。
何が「距離を縮めるにはもってこいだろ?」だ。
いまの話を聞いていなかったのか。


「……あのさ、シリウス」
「例には及ばない。この案が私からリーマスへのプレゼントだ。なかなか粋だろ」
「どうやら私はダンブルドアに“シリウスが勝手に暖炉を使って頭がおかしくなった”と報告する必要があるようだね?」
「勘弁してくれ。冗談に決まっているだろう。そう怒るな」


シリウスは大きな声で笑い、それからクリスマスソングを歌い始めた。
部屋を出ながら、リーマスはダンブルドアへの密告を心に決めた。

* * *



シリウスが言ったとおり、レナはあのとき以降、外に出たいと言うことはなかった。
もちろん夜中にリーマスのところにやってくることもなく、常識的で良識的な距離を保ち続けている。

冷静になって考えれば当然のことだった。
ホグワーツにいたころのレナは、部屋から出ることすら許されていなかったのだ。
それでも1年間耐え、癇癪を起こすこともなく、部屋の中でできる魔法を楽しんでいた。
危険がある状況で無理に出ようとするはずがない。


(余計なことをしているのは、私のほうかもしれない)


レナが楽しそうに語る魔法の話に頷きながら、リーマスはクリスマスの会話を思い出して後悔した。
こういうとき、わかりやすい性格というのは困る。


(無理をさせたかったわけじゃないんだけどな)


不自然な笑顔を向けられるくらいなら、不満を口にしてもらったほうがいい。
だからといって外に出たいだの、満月のときにアニメーガスで一緒にいたいと言われても困るのだが。


(あと、1ヶ月か……)


あと1年と思っていたのが昨日のことのようだ。
少しでも早くと待ち望んでいたのに、気分は晴れない。
シリウスと話をしたせいで、余計なことをいろいろ考えてしまう。


『リーマス聞いてる?』
「ああごめん、ぼーっとしていた」
『……最近元気ないね』
「そうかな?満月明けはいつもこんなものだよ」
『これ、いっぱい作ったからあげる。元気になるよ』


レナはリーマスの口調を真似た。
手には小さめの袋を持っている。
透明なビニールでできたその袋はカラフルなリボンで口を閉じられていて、中には一口大のチョコレートが入っていた。


「作った?レナが?」
『うん。暇だったから――あ、アニメーガスの練習もちゃんとしてるよ!』


レナは宿題をやっているのかとモリーに問い詰められた子ども達のような顔で言い、手伝ってもらえば変身できるようになったと告げた。
まだ持続させることはできないようだが、もしかしたら本当に完成させるかもしれない。
次の満月は、ギリギリ帰る日付に間に合う。
――間に合ってしまう。


『見てみる?というかリーマス補助できる?無理ならシリウスを呼んでくるよ』
「うーん、完成するまで楽しみにしていようかな。ところでこのチョコレートだけど、私の分だけ何か特別なのかい?」


レナがシリウスを呼びにいこうとして席を立ったので、チョコの話題を振って引きとめた。
ぎくりと肩を強張らせたレナの顔には、動揺が見えた。


「これ、ダイニングテーブルのカゴに入っていたものと一緒だよね?」
『えっ、まあ、うん……気づいてたの?』
「見慣れないものがあるなあと思ったからね」
『えと、リーマスのは持ち歩けるように、溶けない魔法をかけておいたの。だから特別』
「ありがとう。嬉しいよ。――でも」


“特別”という言葉に反応してしまった顔をごまかすために、リーマスは言葉を区切り、視線をチョコレートに落とした。
今日はバレンタインだ。
ハリーはデートらしいと、さっきシリウスが嬉しそうに言っていた。


(まあ、動揺したってことは“特別”を強調したかったわけじゃないか)


こっそりレナの様子を観察し、少なくとも踏み込んでくるために準備したものではなさそうだと判断してから、リーマスは顔を上げた。


「溶けないと、食べるときに困らない?」
『あっ』
「もしかしてこれは、おいしそうなものを贈っておいて食べさせないという嫌がらせかな?」
『違う違う!』
「それならよかった。てっきり最近話せていないからレナを怒らせたのかと思ったよ」
『違う違う!』


冷や汗を流すレナの慌てっぷりを見ればわかる。
おそらく何も考えずに魔法をかけたのだ。
そして今、思いがけない穴を指摘されて焦っている。
食べられないものをあげてしまった、どうしよう――といったところだろうか。


『リーマス、あ、あのね……』
「せっかくだから1つ食べてみてもいい?」
『だめだめ!リーマスちょっと待ったーー!』


包みを開けたリーマスの手を掴み、レナは頭を横に振りながら全力で謝った。
あまりに必死だったので、リーマスは声をあげて笑い出した。
焦りすぎと言うと、ようやくレナはからかわれていたことに気づいた。


「大丈夫だよ。食べ物にかける用の魔法なら口に入れたときに解除されるし、そうじゃなくても食べるときに魔法を解けばいい」
『それならなんであんなこと言ったの!?』
「レナならおもしろい反応をしてくれるかなと思って。期待通りだったよ」
『え、期待って……どっから演技?まさか最初から?』


混乱するレナは、すっかりいつも通りで、安心する。
やはりレナはこうでなくては。
この距離感でいいのだと、改めて思う。


『心配して損した。いつも通りじゃん。いじわる絶好調じゃん』
「ごめんごめん」


返事をせずに笑い続けたため、レナはだんだん不機嫌になっていった。


「元気でたよ。ありがとう」


実は既に食堂にあったものをいくつか頂いてしまっているのだが、言わないほうがよさそうだ。
リーマスは怒ったレナに取り上げられる前にと改めてお礼を言い、こっそり保存魔法をかけて“特別”をしまいこんだ。


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