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襲撃
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それからしばらく同じような日々が続いた。
雨の季節がやってきて、やがて雪に変わっても、レナとシリウスの状況は変わらない。
2人はクリスマスプレゼントを買いに行くことすら許されなかった。

変わったことといえば、レナの使える魔法が増え、アニメーガス習得のための練習が最終段階に入ったことくらいだ。
あと、シリウスがハリーと連絡を取ろうとして暖炉に首を突っ込むようになった。
規則なんてとそそのかしておいてなんだが、いざ勝手なことをされるとハラハラする。
控えめにやめたほうがいいんじゃないかと言ったこともある。
が、防衛術を教える代わりに黙っていろと買収された。

というわけで、少なくとも表向きは何もなく数ヶが経った。

突然事態が大きく動いたのは、クリスマス休暇まで残り数日というときだった。
男の声とバタバタと人が走り回る音で目を覚ましたレナは、窓の外を見て眉間に皺を寄せた。


(まだ夜じゃん)


窓の桟に積もった雪が、月明かりに照らされている。
こんな時間に騒ぐなんて安眠妨害もいいところだ。
緊急事態じゃあるまいし――。


(緊急事態!?)


寝ぼけまなこでが一瞬で覚醒した。
こんな時間にあわただしくなっているということは、何か問題が起きたということだ。
レナは起き上がり、上着を肩にひっかけて廊下に出た。

暗い階段を駆け下りながら、心臓がバクバクとなっているのを感じた。
「命に別状は」だの「病院へ」だの、危険な単語が階下から聞こえてくる。
誰かが任務中に危険な目にあったのは間違いない。

誰だろう。
知っている人だろうか。
まさかリーマスでは――。
そう考えると震えてくる。


『シリウス!何があったの?』


姿が見えたシリウスに駆け寄ると、大丈夫だと言って肩を叩かれた。
部屋の中には既に何人かいて、みんな一様に青ざめていた。
ウィーズリー家の子ども達と、ハリー・ポッターだ。
全員が寝巻き姿で、たった今たたき起こされて来ましたといった感じだった。


「大丈夫なわけあるか!」
「俺たちの親父が死にかけてるんだ!」


同じ顔をした2人が、交互に叫んだ。
どうやらアーサーが大怪我をしたと連絡を受けて駆けつけたはいいが、運ばれた病院へ行くことを止められているようだった。
「世の中には、死んでもやらなきゃならないことがあるんだ」と2人を説得するシリウスの言葉が、いかにアーサーが危険な状態かを物語っている。

それだけでも恐ろしいのに、それが騎士団にとっては当然のことのように言うもんだから、ちっともバクバクが収まらない。
危険だ危険だと言われて深刻な状況がわかったつもりでいたが、全然わかっていなかった。
こんなに身近に“死”があるなんて――それを覚悟して戦っている人たちがいる世界なんて、ぬくぬくと育ってきたレナには受け止めきれない状況だった。


「少なくとも、モリーから連絡があるまではここでじっとしていなければならない。いいか?」


子ども達が頷くのを確認し、シリウスは一息ついた。
生気のない表情の子ども達が、イスに座り始める。
なんて声をかけたらいいのかわからない。


「レナ、バタービールを準備してくれ。あと、できれば朝食も」
『……わかった』


シリウスに言われ、レナはキッチンへ向かった。
樽からジョッキにバタービールを移しかえるとき、自分の手が震えていることに気づいた。

* * *



アーサーは一命を取り留めた。
見舞いに行った子ども達の話だと、冬休み中には退院できる見込みらしい。
ほっとしたが、前と同じ気分ではいられなかった。
上機嫌でクリスマスの飾り付けをするシリウスの歌声が、場違いに思えてくる。
いままでレナ自身も普通に暮らしてきたくせに、どうしてあんなに普通にしていられるのだろうとシリウスを軽蔑しそうにすらなる。


「大丈夫?」


飾り付けの輪から離れてキッチンで休憩しているとき、リーマスが声をかけてくれた。
ドアが開け放しになっているため、ここまで歌声が聞こえてくる。


『うん、ちょっと疲れただけ。シリウスは朝からずっと飾りつけしてるのに元気だよね』
「クリスマスを大勢で過ごせるのが嬉しくて仕方がないんだよ」


子どもみたいだよねとリーマスは微笑ましそうに言った。
曖昧に返事をするレナを見て、イスを引いて隣りに座る。
レナの不安もお見通しのようだ。
おもむろにポケットからチョコレートを出した。


「あげるよ。元気になるから食べるといい」
『またチョコレート?』
「たまたまだよ」


いたずらっぽく笑うリーマスにつられ、レナも笑った。


「もう少しの辛抱だ。あと少しで、レナは安全なところに帰れる」
『うん……』


その励ましはあまり意味がない。
むしろ逆効果だ。
“レナは”帰れても、他の人はここに残る。
ずっと危険で、いつ誰が死ぬかもしれなくて――それをレナが知る術はなくなる。


『シリウスが、死んでもやらなきゃいけないことがあるって言ってた。……リーマスも、そういう危険な任務をしてるの?』
「それなりにね。でもレナが心配するほどのことじゃないよ」
『心配だよ。だってあんな――あのとき、すごく怖かったんだから』
「怖い思いをさせて悪かったね。でも大丈夫。ここにいる間はシリウスがレナを守ってくれるから」
『リーマスのことは誰が守ってくれるの?』
「自分のことは自分で守れる。これでも闇の魔術に対する防衛術の先生だったんだからね」


リーマスは何も心配することはないといった表情で、得意気に言った。
実際、力もあるのだと思う。
シリウスですら家に監禁されていることを考えれば、レナなんて何の役にも立たないというのはわかる。
それでも、もし何かできることがあるなら、と思わずにはいられなかった。


『私も何かリーマスの力になれない?』
「んー、そうだな、そんな顔をしないで、明るく元気に過ごしてくれると嬉しいかな」
『そういうのじゃなくて、何か手伝いとかできないかな。いまね、シリウスに防衛術も教えてもらってるの。だから、もし、アニメーガスになれたら――』
「ダメだ」


リーマスは突然厳しい口調になり、遮るように言った。
険しい顔をして、クリスマスソングが聞こえてくるほうを見る。
振り返ったときには、元の穏やかな表情に戻っていたが、「レナにはここにいるんだ」という声色は固いままだ。


「外に出れば、どこに敵がいるのかわからない。いつも気を張っていなければいけない。レナがそんな場所に行く必要はない」
『だから私、防衛術も学んで――』
「そうじゃない」


リーマスはまたしてもレナの言葉を遮った。
確固たる決意が感じられる。
それ以上近づくなと線引きされた気分だ。


『わかってますー。ちょっと魔法が使えるようになったくらいじゃ、そっちの世界にはいけないってー』
「それもちょっと違う。……レナには、非日常でいてほしいんだ」
『非日常?』
「そう。いわば現実逃避かな。ここに戻ってきたときに平和そのもののレナがいることで、私はほっとできるし、日々頑張れるんだよ」
『また適当なこと言って』
「私の本心だよ。レナにしかできないことだ――ということで、おいしい料理をよろしくね」


すっかり声も穏やかになったリーマスがニッコリと笑う。
そして、唖然とするレナが正気を取り戻す前にキッチンを出て行った。


『……なに今の言い逃げ』


近づかせなくせに手招きするとは、いったいどういうつもりだ。
まさかこれもいじわるの1つで、レナの反応を見て楽しんでいるのではないかと思えてくる。


『性格悪っ』


悪態をつきながらも、レナはクリスマスディナーのメニューを考え始めた。
いつの間にか聞こえなくなったクリスマスソングの続きを、無意識に口ずさみながら。


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