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引越し
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シリウスが来て、リーマスはよく笑うようになった。
狭い家に3人は窮屈だが、全然気にならいくらい楽しい生活だった。
変身の勉強をしていたはずがいつのまにか雑談に変わっていて、リーマスに注意をされ、2人で謝るなんていうこともある。
そんな風に楽しく過ごす日々が続いたから、突然あんなことになるとは思ってもみなかった。


シリウスが来てから1週間ほど経った、満月の前の晩。
レナは嘴を作ることに成功した。


「やるじゃないか」


シリウスが満足そうに頷きながら口の端を上げる。
ボロボロの屋敷で見たときとはまるで別人だ。


『ありがと。シリウスは笑うとますますイケメンになるね』
「イケメンってなんだ?」
『かっこいいってこと』
「ああ」


そりゃどうもという返答は自然で、言われ慣れているんだろうなと思った。
リーマスのことだから親友のシリウスを持ち上げているのかと思ったが、どうやらモテ伝説は本当のようだ。


『彼女いっぱいいたんでしょ?』
「いや。いたことがない」
『うそだー』
「嘘じゃない。女には事欠かなかったから、わざわざそんな面倒なもんを作る必要はなかった」
『は?え?ちょっと意味わかんない』


女には事欠かなかったのに彼女はいないってどういうことだ。
女=彼女じゃないの。
説明を求めるようにレナは少し離れた場所に座っているリーマスを見たが、リーマスは苦笑いしているだけだ。
そういえばリーマスも彼女の話は濁していた。


(え、問題児ってそっち系の問題……じゃないよね?)


女性関係の問題児集団なんて嫌すぎる。
こんな平然とカミングアウトすることじゃない。


(マクゴナガルはそんなこと言ってなかったから違う、はず。たぶん)


何度か勝手に失礼な勘違いをしたことがあるレナは、今回もきっとそれに違いないと結論づけた。


『あー、えーと、彼女より大事な人がいて、月夜のデートをしてたんだっけ?』


リーマスの言葉を借りて聞くと、シリウスは大きな声を出して笑った。


「レナ、君はいいセンスをしている」
『リーマスがそう言ったの』
「ああそうか。なるほどね。それでアニメーガスか」


シリウスは含みのある言い方でニヤリとした。
よくわからないが、シリウスの中で何かに合点がいったようだった。

リーマスには意図が伝わったのか、「シリウス」とたしなめるような声を出している。
背を向けているシリウスは気づかないふりをし、そのまま話を続けた。


「鳥はいい選択だ」
『でしょでしょ』
「力はないが飛べば危険を回避できる。それに偵察にも向く。夜というのが難点だが、満月ということを考えれば――」
「シリウス」


リーマスが立ち上がり、レナたちの元へやってきた。
といっても部屋が狭いため、2、3歩進んですぐにシリウスの肩に手が届く。


「シリウス、レナは変身して空を飛びたいだけだ」
「わざわざアニメーガスになって、やることが飛ぶだけ?宝の持ち腐れだな」
「それでいいんだ」
「箒で事足りるじゃないか」
「レナは箒を持っていない。飛行術の授業も受けていない」
「へえ。そりゃずいぶんと仕方がない理由だな」


なんだか急に雲行きが怪しくなってきた。
いつものふざけて茶化しあっている雰囲気じゃない。
ハラハラするレナの目の前で、2人の言い合いは続く。


「とにかく、余計なことは言わなくていい」
「余計?今の話の何が余計だって?」
「飛べば安全だとか偵察だとか、必要がない情報だ。レナを巻き込まないでくれ」
「巻き込んでない」
「いいや、巻き込んでる」
「冷静になれリーマス。私はアニメーガスになることで可能になることを話しただけだ。それすらダメってのはおかしいと思わないか」


シリウスの言うとおりだとレナは思った。
いままで応援してくれてきたリーマスが、なぜ突然止めるようなことを言っているのか、まったく理解ができない。
それに、月夜のデートの話は、数ヶ月前にリーマス自身が話してくれたことだ。


「外で話そう」


レナが頷いていることに気づいたリーマスが、シリウスの肩を叩いた。
シリウスは立ち上がり、リーマスに目線を合わせたが、外に出ようとはしなかった。


「ここで話すべきだ。レナにも聞く権利がある」
「聞かせる義務はない」
「知っておくべきだ。全てをな」
「知る必要はない。シリウス、いい加減にしてくれ」
「お前のほうこそいい加減にしろ、リーマス。お前のそういう考え方は馬鹿げているって何度も言っているだろう」

(何の話をしてるんだろ……)


知らない単語が出てきているわけでもないのに、何のことを言っているのかさっぱりわからない。
わかるのは急に険悪なムードになってしまったということくらいだ。
大人2人が無言でにらみ合う状況は数分続き、やがてリーマスが外へ出て行った。


「大丈夫だ」


追いかけようとしたレナの肩をシリウスが掴む。


「学生の頃からよくある発作だ」
『でも』
「頭を冷やしたら戻ってくる。明日の朝にはいつも通りさ」


シリウスは焦った様子もなく、リーマスのことは任せてもう寝るように言った。

* * *



シリウスが言った通り、次の日の朝にはいつも通りのリーマスがいた。
満月の日だから顔色はすこぶる悪いが、「おはよう」と言う表情は笑顔だ。
そしてその笑顔のまま、信じられないことを口にした。


『……もう1回言って?』
「ここを出て、シリウスの家に行くんだ」
『いつ?』
「今から」
『えっ、でも仕事が――』
「休みにした」


あまりの急展開に、レナは開いた口が塞がらなかった。
朝食に出された紅茶がすっかり冷めてしまうまで、ただ瞬きを繰り返すことしかできなくなる。

昨日のことが関係あるのか。
仕事を休まなければいけないほどのことなのか。
今日だけなのか。
満月の日は毎回なのか――。
ぐるぐるといろんなことを考え、『なんで?』と聞くのがやっとだった。


「話せば長くなる」


真面目な顔をしたリーマスは「今まで黙っていたけど」と前置きをつけて話を始めた。

話は三大魔法学校対抗試合でのできごとから始まり、シリウスがここに来ることに至った経緯や、今何が起こっているのかなど、いかに危険な状況にあるかということの説明だった。
闇の帝王であるヴォルデモートが復活し、不死鳥の騎士団という組織が再結成され、平和のために戦うことになるというストーリーを聞いたレナの感想は、王道ファンタジーみたい、だった。

理解できたかと聞くリーマスに、首を傾けつつも一応頷くのが精一杯だ。
言葉の意味は理解できるが、信じられない。
そんな感じだ。


「よかった。じゃあさっそく準備を始めよう。荷物は――」
『ちょ、ちょっと待って』


ほっとした様子のリーマスが話を進めたので、レナは焦った。


『わかったっていうのは、現状を理解したという意味で、移動するのを了承したっていう意味じゃないから』
「理由は?」
『理由って……逆にどうして移動しなきゃいけないの?』
「理解したんだろう?危険だからだ。私が家を空ける日も多くなる。本部なら誰かしらは必ずいるから、夜に任務があるときも安心できる」
『リーマスもシリウスの家に住むようになるの?』
「いや、顔を出す頻度は高いし夜の当番になることも出てくると思うけど、基本的にはここに戻るよ」
『じゃあ私もここでいいや』
「ダメだ」


リーマスはぴしゃりと言った。
今にも倒れそうな顔色をしているというのに、目だけはしっかりとした力を持ってレナを見ている。


「君はシリウスと一緒にグリモールド・プレイスに行くんだ」
『嫌』
「レナ、これは身の安全に関わることなんだ。ダンブルドアとも相談して決めた。わがままは聞いてあげられない。いいね?」
『なんで勝手に決めるの?今まで秘密にしてきて、いきなり結果だけ伝えられて、言うこと聞けって言われて、はいわかりましたなんて言えるわけないじゃん!』


レナはテーブルに手をついて立ち上がった。
反動でイスが倒れ、大きな音を立てる。
それを直すこともなく、レナは踵を返した。


「レナ、どこに――」
『ホグズミード!今からなら三本の箒のほうは間に合うから!』
「もう仕事は行く必要がない」
『勝手に決めないでって言ったでしょ!』
「レナ、これは大事な話なんだ。いい子だから私の言うことを聞いてくれ」
『――っ子ども扱いしないで!』


腕をつかんできたリーマスの手を振り払い、レナは暖炉に飛び込んだ。


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