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新しい生活
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「この子ですか、ダンブルドア?」


レナが顔をあげると、小粋な顔をした曲線美の女性が立っていた。
赤いピンヒールを難なく履きこなす姿やさばさばした口調から、いかにも“いい女”、“できる女”感が出ている。
ダンブルドアは「そうじゃ」と頷いた。


「レナ・サクラという、日本から来た子じゃ。レナ、こちらは店主のマダム・ロスメルタ」
『よろしくお願いします』


レナは立ち上がり、ペコリと頭を下げた。
ロスメルタは腰に手を当て、レナを頭からつま先までじっと見た。
面接官であろう女性を前に、いろんな意味でドキドキしてくる。

見れば見るほどきれいなロスメルタに比べれば、自分はテーブルに置かれたおしぼりのようなものだと思った。
きれいでもなければ存在感もない、せいぜい手やテーブルを拭くのに使われる程度にしか利用価値がない。


「レナでしたわね?英語は普通にしゃべれるの?」
『す、少し……?』
「魔法は?」
『少し……?』
「お酒はどのくらい飲めるの?」
『少し……ではなくて、飲めません』
「接客は難しそうですわね」


ダンブルドアとレナの両方を見ながらマダム・ロスメルタが肩をすくめた。
このままではおしぼりにすらなれないと思い、レナはすかさず『皿洗いくらいなら!』と言った。
大きな声を出したレナにダンブルドアとロスメルタは笑った。


「慣れるまでちと大変かもしれんが、やる気はある――のうレナ」
『は、はい!なんでもします!』
「というわけでなんとかお願いできんかの?」
「ダンブルドアの頼みとあれば、断るはずありませんわ」
「ありがとうロスメルタ。よろしく頼むぞ」


ダンブルドアは笑顔で言い、バタービールをぐいっと飲んで、髭に泡をつけたまま他の客に挨拶をしに行ってしまった。
面接官モードが終わったロスメルタは、レナを安心させるようにきれいな微笑みをレナに向けた。


「事情は聞いていますわ。あなた、運がよかったわね。保護されたのが別の人だったら、魔法省か牢獄行きだったかもしれないですわよ」
『ダンブルドアってそんなにすごい人なんですか?』
「もちろんよ。あの方はイギリスで最も偉大な魔法使いですわ」
『ええっ』


予想の遥か上をいく答えに驚き、うっかりバタービールが気管に入ってむせた。
あのファンタ爺が。
ウインクが胡散臭いだけの人が。
魔法界ってわからない。

馬鹿と天才は紙一重というやつだろうか。
仕事を斡旋してもらったことも含め、今度きちんと感謝しなければと思った。

* * *



その日の晩は宿に泊めてもらい、次の日迎えにきたリーマスと一緒に家に帰った。
リーマスはひどく疲れていて、何があったのか聞くことすらはばかられるほどの憔悴っぷりだ。
元気になったら聞いてみよう――と思ったが、その日を境に、あっという間に忙しくなってしまった。

簡単だと思っていた手紙の仕分けの半数は宛名しか書かれていないもので、なかにはまともな字になっていないものもある。
出すときにどのくらい遠いのか聞くらしいが、そのメモがまた見づらい。
文字が小さくて見えないとかそういう次元の話じゃない。

速度によって色分けされているとはいえ、200羽ほどのふくろうを覚えるのも大変だ。
家に戻ってからも一覧表を確認し、だいたいを把握するころには8月になっていた。

うだるような暑さのなか、三本の箒は連日大盛況で、ひっきりなしに人が訪れている。
訛りがひどい人や酔っ払いは何を言っているのかさっぱりわからない。
見るからに人間じゃない者達も来る。

性質の悪い客に絡まれているところをマダム・ロスメルタに助けてもらう場面も何度かあった。
それでもいろんな人と話せるのはいい経験になったし、夕食前に帰れるのもありがたかった。


『リーマスただいまー!』
「おかえりレナ。嬉しそうだけど何かいいことがあったのかい?」
『うん。なんと、ステーキもらっちゃった』


まかないというほどでもないが、食材のあまりや注文ミスの品をもらうことはよくあることだった。
それが夕食になることも多い。


『待ってて、すぐ作るから――といっても暖めなおすだけだけど』
「いつも悪いね」
『朝ごはんはリーマスが作ってるんだからお互い様』


最近はレナが家事をしている姿を見るたび、リーマスは申し訳なさそうな顔をする。
ルームシェアみたいなものだから住む場所を提供してもらっている代わりに他の事をするのは当然だと言ってもなかなか納得してくれない。
本当は生活費を半分出せればいいのだが、どのくらいかかっているのかすらリーマスは教えてくれない。

掃除と模様替えはしっかりレナにやらせていたから腑に落ちない。
そして何より、学校にいたころの明るさがないのが気になる。
無理をさせているんだろうなと思った。


「ああそうだ。今週の土曜日は三本の箒で夕飯を食べてから帰ってくるといい」
『どうして?誰か来るの?』
「いや、私が不在になるんだ。ちょっと遠くに行くからね。日曜の昼間には帰ってこられると思う」
『おっけー』


新しい仕事が見つかったんだろうとのん気に考え、レナは『頑張ってね』と送り出した。

その日が満月の日だったということに気づいたのは、いつもより遅い時間に帰宅した帰り道だった。


『言ってくれればいいのに……』


窓から見える満月を見ながら、レナはため息をついた。
どこからか遠吠えのようなものが聞こえてくる。
リーマスはどこで何をしているんだろうと思うと、なかなか寝つけなかった。

* * *



次の日、リーマスは何事もなかったかのように帰ってきた。
しかし、隠していても見ればわかる。
先月もそうだった。

きっかけを失って聞きそびれてしまったが、レナがのん気に布団で寝ている間、リーマスは狼に変身し、傷ついているのだ。
これではアルバイトをしている意味がない。

今度こそきちんと話をしなくてはいけない。
リーマスの体力の回復を待ち、レナはついに話を切り出した。


『ごめん……やっぱり迷惑だったよね』
「急にどうしたんだい?」
『私がいるからリーマスは脱狼薬も買えないし、満月の日に外に出なきゃ行けないんだよね』
「そんなことはない。これは私にとって普通のことなんだ。前にも説明したろう?去年が特別だっただけだ」
『でも……私が余計なことをしなかったら、まだ学校にいれたかもしれないじゃない』
「それは違うよ、レナ。私は私の意思による行動によって学校にいられなくなった。たまたまその日が君が見つかった日に重なっただけだ」


リーマスは優しく諭すように言った。
その柔らかい表情には、それ以上は言わせない不思議な圧力がある。
レナは学校のことを言うのを諦めた。


『脱狼薬ってどのくらいするの?バイト代で買える?もし買えるなら――』
「レナ、私に気を使う必要はない。何度も言うように、私は慣れている。これが普通なんだ。君が働いて稼いだお金は、君のために使うべきだ」
『……リーマスが傷ついてる姿を見なくてすむのが私のためになるよ』
「うーん、じゃあなるべく気をつけるよ」


微笑んだリーマスに頭をなでられ、レナは俯いた。
子ども扱いされているようで悔しいが、少しくらい頼ってくれてもいいのに、という言葉はぎりぎりのところで飲み込んだ。

自分はまだ未成年だし、居候だし、魔法も全然だし、頼られるほどの人間じゃないというのはよくわかっている。
そんなレナの気持ちを見透かしたように、リーマスはフォローをし始めた。


「レナがいてくれて助かっている。申し訳ないくらいにね」
『でもリーマス最近元気ないじゃん』
「そんなことないよ」
『あるよ。前みたいに意地悪言わなくなったし……』
「意地悪されたかったの?」
『そういうわけじゃないけど!』
「あまり意地悪しすぎて出て行かれたら困るなと思っていたんけど……そうか、遠慮する必要はなかったようだね」


リーマスは突然笑い出した。


「学校にいたときはマクゴナガル先生の部屋という逃げ場があったからね。ここじゃ嫌になっても顔を合わせざるをえないだろう?」
『えっ、いや、……え?』


急に以前のリーマスが戻ってきて、レナは困惑した。
これではまるで、意地悪ができないストレスで元気がなかったように見える。

他人への意地悪が元気の源ってどうなんだ。
というかもしかしたら自分はとんでもないスイッチを押してしまったのではないだろうか。


「喜ばれていたとは知らなかったなあ」
『喜んでないから!』
「無理しなくていいよ。意地悪してもらえなくて寂しかったんでしょ?」
『違うし!てかなんでそんな楽しそうなの!?そっち系の人なの!?』
「レナはそっち系なんでしょ?」
『どっち!?』
「どっちだろうね?」


リーマスは含みのある笑顔でまたポンポンとレナの頭に手をおき、楽しそうに部屋に戻ってしまった。
スネイプやダンブルドアのように見た目が変な人ほどすごい人ということは、一見普通に見えるリーマスは逆に危ない人なのかもしれない。


『え、何これ。私、危険……?』


真面目な話をするつもりだったのに、満月の日のことには何も解決策が出ておらず、これからどう接すれば良いのか心配事が増えただけだった。


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