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叫びの屋敷
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何度か転んであちこちすりむきながら、大きな柳の木の下にたどり着いた。
もうすっかり夜だ。
木々がこすれあう音や、何かの生物の遠吠えが聞こえてくる。

先ほど見た巨大な犬を思い出し、レナは抵抗するのをやめてなるべくスネイプにくっついて歩いた。
どんなに怖くて一方的でも、一応学校の先生なのだ。
いま縋れるのはこの人しかいない。


「少し下がっていろ」
『無理やだ怖い』
「チッ」
『――って何あれ!?』


柳の木が突然わさわさと動き出し、威嚇するように枝を振り回し始めた。
太い木の幹を軋ませ、全身を使って殴りかかってくる。
腕にまとわりつくレナを無理やり引き剥がし、スネイプは柳の木に向かって杖を向けた。
とたんに柳が大人しくなる。


「来い」


スネイプはあっけにとられるレナを見て鼻を鳴らし、再びロープを引いて歩き始めた。
柳の木の根元に空いていた穴に入り、狭くて暗い土のトンネルをどんどん進んでいく。
延々と続く隠し通路のような洞窟はやがて上り坂になり、捻じ曲がった道を進むと、古びたぼろ屋敷についた。


『ここどこ?』
「静かにしろ」


スネイプがレナを睨みつけ、辺りの様子を探った。
ほこりを被った染みだらけの家具が置かれ、床には何かを引きずったような跡と何組かの足跡がある。
足跡に沿って注意深く崩れ落ちそうな階段を上っていくと、上から人の声が聞こえてきた。

2人――いや少なくとも3人はいる。
1人は確実にリーマスの声だった。


「ひとつ、進言してやろう」


スネイプは踊り場で足を止め、声を潜めてゆっくりとささやいた。
先ほどまでとは打って変わった、猫なで声だった。


「全てルーピンの企みによるものだと証言するのだ。君はまだ若い。残りの人生を全てアズカバンに捧げたくはなかろう」
『だから、アズカバンって、誰?』
「監獄だ――生きる希望を全て吸い取られる地獄のような」
『えっ』
「しかるに自分は巻き込まれただけの被害者だと――そう言えばいい」
『あ……はい』

(何の話か全然わかんないけど)


スネイプは頷いたレナを見て不気味な笑いを湛え、それから杖とレナを縛ったロープをしっかりと握りなおし、いっきに上まであがって中に入った。

* * *



部屋の中にはたくさんの人がいた。
突然杖を片手に部屋に入ってきたスネイプの姿を見て、1人の男がサッと身構えるように立ち上がる。
グレンジャーが悲鳴をあげ、ハリーは電気ショックを受けたかのように飛び上がった。
そのすぐ脇ではネズミを抱えた赤毛の子が座り込んでいる。
みんな怒れるスネイプに釘付けだったが、ドア付近にいたリーマスだけはスネイプの後ろにロープで繋がれたレナがいることに気づき、目を見開いて驚いた。


「我輩は校長に繰り返し進言した。君が旧友のブラックを手引きして城に入れているとね。ルーピン、ついに決定的な証拠を捕らえたぞ」


スネイプはレナの手をしばっていたロープの片側をドアノブに巻きつけ、ぐるりと部屋の中を見回した。
その目はとても教師のものとは思えないほど狂気じみていた。


「いけ図々しくもこの古巣を隠れ家に使うとは、さすがの我輩も夢にも思いませんでしたな――」
「セブルス、君は誤解している」


リーマスがレナをチラチラと見ながら切羽詰ったように言った。
捕まった経緯を考えると申し訳なくなり、レナはリーマスの視線から逃れるように小さくなってスネイプの影に隠れた。


「ダンブルドアがどう思うか見物ですな。ダンブルドアは君が無害だと信じきっていた。わかるだろうね、ルーピン……飼いならされた人狼さん――」
「愚かな」


スネイプの言葉に被せるようにリーマスが静かに言う。


「学生時代の恨みで、無実の者をまたアズカバンに送り返すというのかい?」

(人狼?いま、人狼って言った?――リーマスが?)


スネイプとリーマスのやりとりは続いていたが、レナの耳には入っていなかった。
スネイプが発した言葉が、頭の中で繰り返される。


(やっぱりリーマスは狼人間だったの……?)

「エクスペリアームズ!」


バーンという大きな音で我に返ると、目の前からスネイプが消えていた。
部屋の右手でハリー達3人が杖を構えている。
反対側には壊れたベッドと伸びた黒服姿。
3人が同時に呪文を叫び、スネイプが吹っ飛んだようだ。
スネイプという黒い壁が消え、全員の前にレナの姿が曝された。


探るような目がレナに向けられたが、長くは続かなかった。
リーマスが他の人に何かを伝え、それからレナを気にしつつも元の話が再開される。

こんな所に集まって何をしているのか気になったが、みんなが次々に話すし怒鳴ってるし早口だしで、ほとんど聞き取れない。
しっかりと聞き取れたのは、それぞれの人物の名前くらいだ。
グレンジャーはハーマイオニーと呼ばれており、その横の赤毛はロンというらしい。
ロンが抱えているネズミの名前がピーター・ぺティグリューで、ボロボロの黒髪の男がシリウス・ブラック。


(親友だったんだっけ?)


リーマスとシリウス、ピーター、そしてハリーの父親のジェームズは学生時代からの親友だった。
それなのにシリウスがハリーの両親を殺し、追ってきたピーターをマグルともども吹き飛ばしてた。
しかし実はそれが逆で、真犯人はピーターであり、シリウスは濡れ衣を着せられただけ――。


(なんだろう……なんかデジャヴ)


初めて聞く話のはずなのに、名前くらいしか満足に聞き取れていないのに、会話の内容がなんとなく理解できる。
たぶん、リーマスは、ピーターを捕まえてシリウスに謝って仲直りをするためにここに来たんだ。
なぜならリーマスは後悔しているからで――。


(謝る……?)


そんな話、いま出ていただろうかとレナは首を傾げた。
目の前の2人は既に友人のように見えるし、スネイプが吹き飛ばされてから今まで、リーマスが謝る仕草は見ていない。


(どういうこと?思い込み?)


聞き間違えだと決め付けるのはなぜか釈然としなかった。
もっと前に、別の場所で聞いた話のような気がする。
しかしそれがいつ、どこでなのか、思い出せない。
そうこうしているうちにネズミが小柄な男になっていた。


『アニメーガス!?』
「ああそうだ!」


レナの言葉に、シリウスが大きな声で答える。
ピーターという名前はマクゴナガルに見せてもらった名簿に載っていなかった。
とすると未登録――違法だ。


「し、シリウス……り、リーマス……友よ……なつかしの友よ……」


ネズミから変化した男――ピーター・ぺティグリューは、一瞬の隙をついて逃げ出し、それから乱闘になった。
机の下をくぐり、椅子の上を飛び越えて死に物狂いで逃げるピーターに向かい、リーマスとシリウスが次々と呪文を発する。
赤や緑の光があちこちに飛び、置時計を吹き飛ばし、クッションに穴を空け、シャンデリアの一部を落とした。


「待て!」
「観念しろピーター!」
「助けて!」


ピーターは窓へ向かい、逃げられないとわかると今度はレナがいるドアに向かってきた。


「レナ!」
「捕まえろ!」


危ないから退くんだというリーマスの声と、退くな逃がすなというシリウスの声が重なる。
レナは自分の手に繋がれたロープを見て、とっさに後ろに下がって思いっきり引っ張った。

ロープに引かれた勢いでドアがバタンと閉じ、ピーターが絶望の表情を見せた。

顔を向けられ急に怖くなったレナは後ずさりしようとしたが、既にロープはピンと張られていてそれ以上は下がれない。
どうしよう、と思ったところで、レナとピーターの間にハリーが割って入った。
ピーターがハリーに命乞いをしている隙にリーマスが駆けてきて、レナの手からロープをほどく。
ピーターから遠ざけるように後ろに庇い、何事もなかったかのようにハリー達の会話に混ざった。

レナはようやく自由になった小刻みに震える両手をさすりながら様子を見守った。
会話の内容は相変わらずよくわからない。
さっきからずっと殺すとかディメンターとか、物騒な単語ばかりが出ているということだけはわかる。
手を伸ばせば届く位置にあるリーマスの背中が、とても遠い存在に思えた。


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