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憂鬱な狼
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リーマスは足早に自室に戻り、乱暴にドアを閉めた。


「なんてことだ」


額に手を当て、暖炉をくぐってからずっと作ってきた表情をようやく崩す。
レナのことは頭から吹き飛んでいた。


「まさか……そんなまさか……」


地図を懐から出して机の上に広げ、ざっと目を通す。
多くの生徒がホグズミードに出かけているため、学校内をうろついている足跡は少ない。
確認しやすい状態だったが、目的の名前はどこにも見つけられなかった。

ハリーの見間違いという可能性は低い。
地図の間違いという可能性はもっと低い。
もし本当にピーター・ペティグリューの名前を見たのだとしたら。
もしあの男が生きているのだとしたら。
自分はとんでもない勘違いをしていたことになる。

もう1回――と隅々まで確認をしようとして、隣の部屋にレナの名前があることに気づいてハッとする。
顔を向けると、ドアの隙間からレナが心配そうにこちらの様子をうかがっている姿が見えた。


「ああごめん。驚かせて悪かったね。もう隠れなくていいよ」


地図に食らいつくように前かがみになっていた体を起こし、レナに不安を与えないように微笑む。
レナはおずおずと部屋から出てきた。


『どうしたの?大丈夫?』
「ああ……」
『でもすごい汗。体調悪い?』
「いや、大丈夫だ」


焦っている姿を見られたあとで平然を装おうとしたのが間違いだった。
「大丈夫」と言ったことで、レナは余計に心配した。


『さっきの声スネイプ先生だよね?かなり怒ってたみたいだけど……何があったの?』
「いや……うん、ちょっとね」
『私のせい?』
「違うよ。私が悪い。私が――」
『……リーマス?』


どうして話をしようと思ったのかわからない。
あまりに唐突で衝撃的な真実に、動揺していただけかもしれない。
1人で抱え込むには大きすぎて誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
事前情報が何もないレナなら、いずれここを去るレナなら、話しても問題ないと思ったのかもしれない。


「親友を信じきれなかった馬鹿な自分に打ちひしがれているだけだ」


気づいたら、十数年前の事件と、先ほど知ったばかりのことを話していた。

* * *



全て話し終えたとき、レナはなんともいえない表情をしていた。
短い間隔で瞬きを繰り返し、軽く唇をかんでいる。

言っていることが聞き取れなかったわけでも、疑っているわけでもなさそうだ。
内容を理解した上で、反応に困っている。
当然だ。


「ごめん、忘れて」


子どもに振る話じゃなかったと、今さらながら後悔する。
気をつけなければと思っていたのに、暗い話で楽しい思い出に水をさしてしまった。
しばらく目を泳がせていたレナは、小さな声で『どうして私に?』と聞いた。
レナのこんな表情は初めて見る。


「どうしてだろうね。私にもわからない」
『ごめん……私、まだ混乱してて……何も気の利いたこと言えなくて……』
「レナが謝る必要はないよ。混乱するのも無理はない。おいで、忘却術をかけてあげる」


リーマスは記憶を消して聞かなかったことにしてあげようと思い、手招きをした。
レナはふるふると顔を横に振った。


『待って。ちょっと消化に時間がかかるだけだから。誰にも言わないから……』


うつむいて軽く目を閉じるレナを見て、リーマスは一度取り出した杖を下げた。
地図をたたみ、机に寄りかかり、同じように軽く目を閉じる。


「……シリウスはさ、狼少年じゃなかったのに、信じてあげられなかったんだ」


どうせ消すならと、独り言のように胸の内を話す。
事件のことを聞いてもらっただけでも少し楽になった。
だから、どうせ消すなら、このままもう少し甘えてみようと思った。


『その状況なら、仕方ないと思うよ……だって、他のみんなも同じように思ったんでしょ?』
「それでも私はシリウスを信じるべきだった。信じようと努めるべきだった――話くらい、聞いてあげるべきだったんだ……大切な友人だったのに……」
『それは……今からじゃ、ダメなの?』


レナは遠慮がちに言った。


『例えば犯人を見つけて、捕まえて――謝って、許してもらえたら……ううん、許してもらえると思うよ。親友だったんだから……そしたらまた、今度は何があっても信じてあげればいいんじゃないかな……?」
「そうだね」


地図を握る手に力がこもる。
ピーター・ペティグリューがここにいるなら、逃しはしない。
シリウスが脱獄した年にピーターが隠れている場所へ自分が赴任してきたのだ。
裏切り者を捕まえ、無実の罪を着せられた親友を助けるためだとしか思えない巡り会わせだ。


『ごめん……なんか、やっぱり、ありきたりなきれいごとしか言えない……』
「そんなことはないよ」


なんとかして情報を飲み込み、消化し、リーマスを励まそうとしてくれているという意思は伝わってくる。
それだけでもありがたかったし、話して気持ちの整理をしたおかげで自分が何をするべきかはっきりした。
レナが申し訳なさそうに俯く必要はない。


『そうだ』


レナは突然思い立ったかのように顔をあげ、リーマスの横に来て折鶴を机の上に置いた。
ずっと手に持っていたのか、しおしおになっている。
インクもところどころ滲んでしまっている。

それを手のひらで押し伸ばして広げなおし、杖を取り出して魔法をかけた。
白くくたびれた鶴が、青空の色で爽やかに甦った。


『幸せの青い鳥』


見た人は幸せになれるんだよとレナは笑った。
もう1度魔法をかけ、杖を持っていないほうのリーマスの手に握らせる。
羽の部分の異国の文字は消え、代わりに英語で“リーマスの幸せを願って”と綴られていた。


『いつか私が青い鳥になってあげるから、それまで、ね』
「レナが?」
『うん。アニメーガスは青い鳥にする。リーマスと友達を幸せにするために明日から練習頑張るから、待ってて』
「……うん」


照れ笑いをするレナを見て、不覚にも泣きそうになった。
楽しかった思い出が崩れるのを心配していたが、それはレナにとっての思い出ではなく、自分にとっての思い出のほうかもしれない。

深入りさせてはいけない。
してはいけない――。


「ありがとう。楽しみにしておくよ」


リーマスはレナを抱きしめるように背中に手をまわし、後頭部に杖先を向けて忘却呪文をかけた。


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