「入り口のところで――いや、中に入ってから隅で待っていて」
リーマスは小声で言った。
入り口では駄目な理由はすぐにわかった。
突き当りの部屋の前に、杖を手にした3人の生徒が並んでいたのだ。
レナ達が入るまでの間に、さらに数人増えた。
「ダンブルドアは?」
「まだ中です」
1番背の高い生徒が答えた。
「みんなに指示をしているところです。僕たち監督生は入り口の見張りなんです」
「そうか。ご苦労様」
リーマスは笑顔で言い、レナを連れて中に入った。
見張りの生徒に聞こえないように細心の注意を払い、「ここで」とリーマスは少し腕を開いてレナを脇に押しやった。
レナは言われた通り入り口脇に寄り、壁に背中を預けた。
ここが大広間なのだろう。
教室よりもずっと広く、天井も高い。
この巨大な教会のような場所に、床にずらりと4列、同じ大きさの紫色の塊が並んでいる。
どうやら寝袋のようで、顔だけ出した生徒たちがおしゃべりをしている。
避難をしたという割には恐怖感はあまり伝わってこない。
中にいると言われたダンブルドアの姿は見当たらず、リーマスはダンブルドアを探して奥に向かった。
「ねえ、ブラックはまだ城の中だと思う?」
「ダンブルドアは明らかにそう思っているみたいだな」
近くから聞き覚えのある声がした。
グレンジャーと、のっぽの赤毛の男の子だ。
その隣にはハリー・ポッターもいる。
少し迷ったあと、レナはそっと3人の近くに移動した。
「いったいどうやって入り込んだんだろう?」
「姿現し術を心得ていたんだと思うな」
3人の会話に、列の違う生徒が混ざってきた。
「ほら、どこからともなく突如現れるアレさ」
「変装していたんだ、きっと」
「飛んできたのかもしれないぞ」
侵入者がいたというのは間違いなさそうだ。
そしておそらくその人物の名前はブラックで、生徒全員が避難しなければならないほどの危険人物なのだ。
侵入方法で盛り上がる男子達を、グレンジャーは呆れた顔で見ていた。
「まったく。この城を護っているのは城壁じゃないのよ。ありとあらゆる呪文でこっそり入り込めないようにしてあるの」
“ホグワーツの歴史”に書いてあると言って、グレンジャーは長々と薀蓄を語った。
レナには聞き覚えがない単語がいくつも登場したが、とりあえず部外者が城に入るのはとても難しいことなのだということはわかった。
レナが突然現れて問題になるはずだ。
「灯りを消すぞ!おしゃべりはやめ!」
怒鳴り声が聞こえ、ろうそくの灯がいっせいに消えた。
一瞬真っ暗になり、目が慣れると徐々に頭上で瞬く星が見えた。
――星。
天井どこいった。
魔法で消したのだろうか。
この寒い時期に?
星空の下で寝袋に入って寝るなんて、野宿と変わらない。
誰も文句を言わないということは、これが普通なのだろうか。
魔法学校の常識がよくわからない。
今度“ホグワーツの歴史”を読んでみようとレナが考えていると、リーマスが奥から戻ってきた。
ダンブルドアの姿はないが、用事は済んだようだ。
レナは足音を立てないように注意しながら入り口脇に戻った。
「もういいよ。驚かせてすまなかったね」
あのあとすぐにリーマスはレナを連れ、来た道を戻り、部屋に入ると同時に術を解いてくれた。
聞きたいことがたくさんあるが、たくさんありすぎて何から聞いていいかわからない。
レナはひとまず『何だったの?』と大雑把な質問をぶつけた。
「侵入者があったんだ」
『ブラック?』
「知っているのかい?」
『さっき大広間で聞いたの。ブラックって誰?』
「指名手配中の脱獄犯だよ」
『脱獄犯!?』
予想の遥か上をいく返答だった。
せいぜい変質者か何かかと思っていたのに。
『なんでそんな危険な人がここに?』
「ハリーという男の子を狙っている」
ハリーというのはあれだ。
さっきの眼鏡の男の子だ。
魔法界は犯罪者が1人の少年を狙って学校にまでやってくる世界なのか。
さっきの様子から考えると、ハリー本人はそのことを知らなそうだが、教えなくて大丈夫なのだろうか。
レナはハリーとブラックの関係を聞いたが、苦笑いでごまかされてしまった。
「今夜は厳戒態勢だ。先生方が城内を捜索しているし、暖炉も封鎖したからレナも安心していい」
『リーマスも捜索に行くの?』
「いや。私は自室で待機だ。体調が優れない私をダンブルドアが気遣ってくださった。君も見ていなくちゃいけないしね」
『見てるって?』
「マクゴナガル先生はグリフィンドールの寮監だし副校長だからやることがたくさんあるんだ」
なんとなく先が読めた。
が、一応念のために聞こう。
『だから?』
「すまないが君は今日ここで寝てもらう」
『ここって――ここで!?』
「隣室のベッドを使っていいよ」
『いやそういう意味じゃなく……』
あの気持ちが悪い生物が水槽から出てこないという保障があるならソファでも床でもいい。
というかいっそ寝なくてもいい。
徹夜だって構わない。
しかしリーマスのほうは構うようだった。
いままで無理をしていた分の疲れが現われたのだろう。
顔色がずいぶんと悪い。
『……あの薬、飲んだら?』
「そうするよ」
『なんの薬?』
「僕が狼になるのを防ぐ薬さ」
『またまたご冗談を』
この状況でそういうジョークはよくない。
セクハラで訴えるぞ。
『病人のリーマスが寝室のベッド、私がここのソファね』
「誰かが入ってきたら困る」
『リーマスがソファで寝てても変じゃん。さっきのマントを被って寝れば大丈夫だって』
「レナだけを入り口の近くに置くわけにはいかない」
『この部屋は安全なんでしょ?』
「それでも、だ」
リーマスは疲れきった表情をしているというのに、口調だけはしっかりしていた。
薬の代わりに水を1杯飲み、強引にレナを隣の部屋に押し込んでくる。
『リーマスがベッドで寝てよ!ていうか薬は!?』
「苦いから飲みたくないんだ」
『子どもか!』
強めのツッコミを入れたレナは逆にリーマスをベッドに押し込み、鍋から薬を取って来て飲ませた。
それが可能なくらい、リーマスの体力は消耗しているようだった。
『病人なんだから、大人しく寝て』
「レナも一緒に寝てくれるならいいよ」
『は!?』
「身を寄せ合えば2人で寝れないこともない」
『それ、捕まるから』
「はは、冗談だよ」
リーマスは笑い、魔法を使って隣の部屋からソファを移動してきた。
「これなら隣で寝られる」
『わざわざこんな近くに移動しなくてもよくない?ていうか手離して』
「君は今日ここで寝る。いいね?」
『……わかったから。手』
「逃げないように」
『なんなの寂しがり屋なのそういう病気なの!?』
「かもね」
なんなんだこの人は。
いつもの雰囲気と違いすぎる。
まるで別人だ。
侵入者よりこっちのほうがよっぽど事件だ。
「疲れたから、そろそろ寝てもいいかな?」
『どうぞ』
「おやすみ」
『お、おやすみなさい……』
うまく手のひらの上で転がされている気がしなくもないが、レナは結局リーマスに言われた通り、おとなしくベッドの横で夜を明かした。