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ハロウィーン
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ドアをノックする音で、話が中断された。
部屋に入ってきたのは、猫背でねっとりとした黒髪の、目つきの悪い男だった。
忘れるわけがない。
あの女装男だ。
レナは思わず『げっ』と声をあげるところだった。


「ああ、セブルス」


リーマスが笑顔で言った。


「どうもありがとう。このデスクに置いていってくれないか?」


女装男もといセブルスは、手にしていた大きめのカップを机に置いた。
かすかに湯気――というには濃い、煙のようなもの――が上がっている。
ハリーとリーマスに交互に目を走らせていたセブルスの視線が、ちらりと隣室に向いた。


「ちょうどいまハリーにグリンデローを見せていたところだ」


レナは慌てて頭を引っ込め、リーマスは水槽を指差してセブルスの注意を引いた。


「それは結構」


まったくもって“結構”だと思っていない声が聞こえてくる。


「ルーピン、すぐ飲みたまえ」
「はい、はい。そうします」
「ひと鍋分煎じた。もっと必要とあらば――」
「たぶん、また明日少し飲まないと。セブルス、ありがとう」
「礼には及ばん」


床を擦るような音の後、ドアが閉じる音がした。
レナが再び顔を覗かせると、リーマスがカップを取り上げて臭いを嗅いでいた。
どう見ても劇物なのだが、あれを飲む気なのだろうか。


「どうして――?」


レナが抱いていた疑問をハリーが口にした。
リーマスは渋い顔をしながらカップの中身をひと口飲み、「この薬を作れるのはスネイプ先生しかいない」みたいなことを言った。

セブルスがスネイプ先生なのだとしたら、女装男が超優秀な薬剤師ということになる。
天才と馬鹿は紙一重とはよく言ったものだ。
別に人の趣味にあれこれ言う気はないし好きにすればいいと思うが、あまりにも衝撃的だった。
魔法界は奥が深い。


「ひどい味だ。さあ、ハリー、私は仕事を続けることにしよう。あとで宴会で会おう」


リーマスが言い、ようやくハリーは出て行った。


「ごめん、待たせたね」

リーマスがやってきて術を解いた。
術をかけられたときとは反対に、身体に熱いものが流れる感じがした。


「目くらまし術をかけておいて正解だったよ。セブルスに見つかっていたら大変だった」
『あの女装趣味のおじさんってそんなにすごいの?』
「え?女装?――ああ、あのときのか!」


リーマスは突然笑い出した。


「あれはセブルス本人じゃないよ。生徒の1人がボガートにおばあさんの服を想像で着せたんだ」
『さっきも話してたけど、そのボガートってのは何?私が怪しまれていたことと関係があるの?』
「ないよ。ボガートは対峙した人が恐れるものに変身する能力を持つ生物で、撃退方法は“笑い”だ」
『あの人、怖がられてるんだ』
「そんなことはない。ネビルがたまたまそうだっただけだ」
『ふーん』


嘘だな、とレナは思った。
ここの学生の感覚がレナと同じなら、あれは敬遠されるタイプの先生だ。
話し方は嫌味っぽいし、目つきは悪いし、無愛想だ。
そんな先生が突然女装姿になったら、そりゃ大爆笑だろう。
同僚をネタにして笑わせるだなんて、リーマスもなかなかに腹黒い。


『そのセブルスが――』
「スネイプ先生、で覚えておいた方がいい」


リーマスがすかさず訂正した。
どうやらスネイプ先生とやらはマクゴナガル先生並に厳しい人のようだ。


『スネイプ先生が作る薬はそんなにすごいものなの?』


レナはテーブルに置かれた空のカップを指差しながら聞いた。
まだ煙が立ち昇っている。
風邪薬の類なら、マグル製の半分が優しさでできている薬をお勧めしたい。
たぶんだけど優しいリーマスにはぴったりだ。


『何の薬?』
「非常に調合が難しい特別な薬だ。そういえばレナが見たボガートは狼になったけど、君は狼が嫌いなのかい?」
『ううん。嫌いなのは犬だよ』


狼なんて見たことがない。
絶滅危惧種とかそんなんだったはずだ。


『小さい頃に近所の犬に毎日吠えられてて、幼稚園のバッグを噛まれかけたこともあったの。それ以来大型犬は苦手で……写真やテレビで見る分には平気なんだけどね。トラウマってやつ?』
「へえ。狼は平気なの?」
『見たことないからなんとも――ってまさか、魔法界だと犬よりも狼のがメジャーなの!?』


ヒキガエルやふくろうを普通に飼っている人達だ。
狼を飼っていてもなんらおかしくはない。
むしろそっちの方がしっくりくる。


「まあ……普通にいる、かな」
『学校にも!?』
「城の中にはいないよ。でも森にはいるかもね」
『犬っぽい?』
「え?」
『狼の見た目!』
「見た目の問題?」
『うん。トラウマってそういうものじゃないの?』
「よくわからないけど……まあ似ているんじゃないかな」
『げー!じゃあもう絶対に森に行かない!』
「そうだね。それがいい。特に満月の日は狂暴になるから近づかない方がいい――といっても、レナの場合は外に出ることがないだろうから心配ないだろうけど」
『そうだった!』


よかった。
いやよくないけど。


「さて」


この話は終わりという合図に、リーマスが膝を叩いて立ち上がった。


「今日はどうする?せっかくのハロウィーンだし、いたずら呪文でも練習するかい?」
『するする!』


リーマスが教えてくれる呪文はどれも面白い。
授業もきっと人気があるだろう。
あの気持ち悪いグリンデローも上手に料理するに違いない。
それをリーマスに伝えると、そんなことはないと謙遜しつつも嬉しそうだった。

* * *



『あ、そろそろ夕食の時間じゃない?』


夢中になっているうちに、いつの間にか日が暮れている。
レナが呪文の練習をする傍らで仕事をしていたリーマスは、窓に目をやって「もうこんな時間か」と言った。


「今日はご馳走のはずだよ」
『マクゴナガル先生も言っていたけど、そんなにすごいの?』
「見てからのお楽しみだ。大広間の飾りつけも見せてあげたいところだけど――ああ、駄目だよ」


レナが目を輝かせたのを見て、リーマスは苦笑いをした。


「テーブルの上に数十個のジャコランタンが浮いていて、天井にコウモリが飛んでいるんだ」


聞いてもいないのに、リーマスは大広間の様子を事細かに説明した。
行けない人を相手にこれはひどい。
非常に楽しそうなところを見る限り、わざとじゃないかとすら思えてくる。


「夕食はどっちで食べる?」
『大広間には行けないんじゃ?』
「ここか、マクゴナガル先生の部屋か、だよ」
『ですよねー』


絶対にわざとだ。
この人は優しそうに見えて実は人をいじるのが大好きなタイプなんだ。
半分は優しさで、そしてもう半分は意地悪でできているに違いない。

悔しそうな顔なんてしてやるもんか。
レナは笑顔で『ここで待ってる』と言ってリーマスを見送った。

リーマスがずいぶんと機嫌がよさそうに部屋を出て行ってから、夕食はすぐにテーブルの上に現われた。
確かに豪華だ。
大きなチキンにかぶりつきながら、レナはふと薬がどんなものなのか教えてもらい損ねたことを思い出した。


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