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第一印象は不審者
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レナが謎の男にしがみついたまましばらく時間が過ぎた。
気持ちが落ち着いてくるにつれ、また別の種類の恐怖がレナの心に湧いてくる。
ここはどこだ、何が起こったんだという未知に対する恐怖だ。

少年少女はいなくなっているが、自分が入っていたロッカーは洒落た洋箪笥になっている。
倉庫だったはずの空間も、どこか外国の教会を思わせるアーチ型の天井の大きな部屋に変わっていた。


『……何これ』


説明を求めて男を見あげたが、答えはなかった。
男はしばらく驚いた顔でレナを見ていたが、外で物音がしたことに気づき、レナの手を引いた。


『ちょっと、なんなの!警察呼ぶ――え?』


レナの勘違いでなければ、男は「こっちに来い」と言った気がする。
英語で。

常識では考えられないことが次々と起こり、レナはパニック寸前だった。
外国の古城を思わせる通路を歩かされ、受験で使った大学のように長机が並ぶ部屋を通り、さらに奥の小さな部屋につれてこられた。

その部屋の窓からは、広大な土地が広がっているのが見える。
男は「ここにいろ」というようなことを言い、レナを部屋に残して出て行こうとした。


『待ってよ!どういうことか説明してよ!』


レナは半泣きで男の腕を掴んだ。

先ほどまで学校の体育館倉庫にいたはずなのに。
寝ていた時間もそんなに長くないはずなのに。
それがどうしてこんな知らない場所に連れて来られているんだ――。

レナは大きな声で喚いた。

男は人差し指を口に当てたあと、困ったように眉を下げ、頭をかいた。
鳶色の髪の毛に外からの光があたり、白髪が目立って見える。


「落ち着いて。ええと、君は誰だい?」


男が口を開いた。
自信はないが、おそらく英語で間違いないだろう。
なんとなくだが、意味がわかる。


『レナ』


レナは続けて自分が日本人だということと、日本にいたはずだということ、ロッカーから出たらここにいたということを可能な限り英語で説明した。


「レナ、日本人……」


男が繰り返した言葉はそれだけだった。
ほとんど通じていないことにレナはショックを受けた。
これでも英語は人並み以上に勉強してきた。
英会話だって習ってたし、大学だって語学系に進むのに。
本場じゃ全く通用しないのかと思うと、一度引いた涙がまた溢れてきた。
知らない場所で、言葉も通じなくて、絶望しかない。


「紅茶、飲むかい?」


男が優しい声で言った。
レナは返事をしなかったが、男は壁際に行きがさごそ作業をし、マグカップを持って戻ってきた。


「ティー・バッグの安物だけど」


男が指差す先には、埃っぽい紅茶の缶があった。
一口飲んでみると、なんの変哲もないごく普通の紅茶だった。
たったそれだけのことに、すごくほっとした。
レナの表情が少し和らぐのを見て、男もほっとしたようだった。


「これも食べるといい」


男は次に銀色の包み紙に入った薄くて硬いものを差し出した。
チョコレートだ。


『ありがとう』


レナのぎこちない笑顔に、男も笑顔で応えた。
悪い人ではなさそうだ。


「これから、僕は、行ってくる。ダンブルドアに、知らせるために――その、君のことを」


レナの英語力を考慮してなのか、男は短く単語を区切りながらゆっくりと話した。


「だから、君は、待っていて、ここで」
『私も行く』
「だめだ。君は、行けない。なぜなら、みんなが、驚くからね。待って、いられるね?」
『嫌』


レナは頭を横に振った。
こんな見ず知らずの場所に取り残されたくはない。
行かないで、1人にしないでくれと、必死に頼んだ。


「まいったな」


男はしばらく悩んだあと、机に向かった。
飾ってあった茶色い鳥の羽を手に取り、左から右へと何度も手を動かしている。
何をしているのだろうか。
覗きこむと、それは手紙だった。
鳥の羽の根元についた黒いインクが、文字を綴っている。


『羽ペンだ……』
「ん?」
『なんでもない!』


ふと出た言葉を首を振って取り消す。
男は「手紙だよ」と言って微笑み、羽ペンを戻してレナの頭に手を置いた。
誰かに頭を撫でられるのは久しぶりで、不覚にもドキドキした。


「マナー違反だけど、ダンブルドアなら許してくださるだろう」


男はぶつぶつと何かを言い、窓を開けて手紙を飛ばした。
1枚のペラペラの紙が、いつの間にかきれいな鳥の形になっている。


『すごい!』


真っ青な空の中を白い鳥が飛んでいく。
レナは窓に駆け寄って紙の鳥を目で追った。


『わあ……』


そこには遠くに見える山の稜線や湖を背景に、まさに西洋そのものの城がそびえ立っていた。
下には緑の芝生が、上には空に向かって伸びる塔が見える。
白い鳥は塔の壁沿いに上へ上へ飛んでいき、やがて影に回り込んで見えなくなった。


『何をしたの?』
「送ったんだ、手紙をね。ダンブルドアに」
『そうじゃなくて、鳥!すっごいきれいだった!』
「変形呪文だよ。魔法だ。気に入ってもらえてよかった」
『……マジック?』


この人はプロの手品師か何かで、ここはマジシャン養成所で、さっきの少年少女達は生徒なのだろうか。
いやまさかね。

いったいここはどこなのか――

レナは眼下に広がる壮大な風景を眺めながら、またフツフツと不安と恐怖が沸き起こってくるのを感じていた。


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