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再会
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リーマスのキスは次第に深くなっていき、自分からねだったにも関わらずレナはどうしたらいいかわからなくなった。
途中で言われた言葉も頭に入ってこず、ただ頷くことしかできない。
気付いたときには姿くらましに巻き込まれ、別の場所に移動していた。

どこかの家の中だった。
窓から差し込んだ夕日が、床や壁を橙色に染め上げている。
時計を確認したリーマスがカーテンを閉めて回り、橙色が夕日からガス灯のものへと変化していく。
このあたりにきてようやく、レナはここがリーマスの家だと認識することができた。


「ちょっと待っててね。あ、レナの杖はそこに置いてあるよ」


“そこ”は、かつてレナがこっそり部屋を覗いたときに、折鶴が置かれていた場所だった。
折鶴は変わらずその場にあり、学生時代の写真を背景に、勿忘草の花束とレナが使っていた杖が横に加わっている。
花束のリボンは解かれ、ピンと張られた状況で置かれていた。


『リーマス、このリボン――って!』
「ああ、もしかしたらと思って調べてみたんだ。“ありがとう”、“大好き”、“私を忘れないで”であってるかな?」
『う、うん……あ、あってる、けど……』
「けど?」
『着替えるなら着替えるって言ってよっ』


レナが振り返ったとき、リーマスはジャケットを脱ぎ、ネクタイに指をかけていた。
しかも、レナに気づかれて焦ったり手を止めたりすることもなく、会話をしながら脱ぎ進めている。
出ていこうにもドアはリーマスの向こう側で、レナはその場で背を向けるしかなかった。


(そういえばこの人は昔からセクハラまがいの言動を平気でする人だった!)


レナは心臓を落ち着かせるために、カーテンに隙間を作って外に目を向けた。
まだ標識が読めるくらいの明るさはあるが、影は長く伸び、建物の間や木の下に夜の帳がおりはじめている。

特に意味もなく通路を観察することに夢中になるあまり、レナはリーマスが背後に迫っていることに気づかなかった。
目の前に腕が出てきて始めて、飛び上がるように驚いた。


『き、着替え終わったの!?』
「着替えているんじゃなくて、脱いでいるんだ」
『なっ、そんないきなりっ』
「そう言われても……服を着たままだとよくないだろう?変身したときに、破れてしまうからね」
『へ……ヘンシン?』
「今夜は満月だ」


隙間なくカーテンを閉め直したリーマスが、レナに悪戯な笑みを向ける。
レナの顔は夕日と同じくらい真っ赤になった。


『またからかったの!?』
「何の話だい?」
『しらばっくれないで!なにもこのタイミングで脱ぐ必要ないじゃん!』
「でもほら、はやくしないと月が出ちゃうし」
『私が部屋を出るのくらい待てるでしょ!』
「一緒にいてくれないの?」
『え……』


急に声のトーンを落としたリーマスは、背後からそっとレナに腕をまわし、「そばにいて」と耳元で囁いた。


「近くにいてほしいんだ。今晩だけじゃなくて……明日も、あさっても、ずっと」


レナの前で組まれた腕に、きゅっと力が込められる。
レナが呼吸をすることに精一杯になっていると、力はますます強くなった。


「いいよって言って……あのときみたいに、私がもういいやって思うまで傍にいるって……」


消え入りそうな声で続けるリーマスがたまらなく愛おしくて、レナは小さく『やだ』と返した。

ヒュッと息をのむ音が聞こえ、腕の力が弱まった。
その隙にレナは身を反転させ、リーマスを力いっぱい抱きしめた。


『リーマスがもういいやって言っても離れてあげない』
「……は、はは……勘弁してよ。心臓が止まるかと思ったじゃないか」
『ばっちり動いてるから大丈夫』


レナはリーマスの胸に耳をつけ、『いじわるの仕返し』とクスクス笑った。
すると大きなため息が頭上から降ってきて、「センスが悪い」「慣れてない人がするもんじゃない」「レナはやられる側専門だ」と長々と説教をされた。


「ごめんなさいは?」
『ご、ごめんなさい……?』
「レナは二度と私に意地悪してはいけないよ」
『なにそれずるくない?』
「レナ、いいね?」
『は、はい……』
「よし、いい子だ。さて、本当にそろそろ時間がなくなってきたし、さっさと夕飯をすませてしまおうか」
『んなっ、夕飯の時間があるってことは、やっぱりからかってたんじゃん!』
「ははは。期待したかい?」
『ちょっとねっ』
「……ほんとにもう」


心臓に悪いとぼやいたあと、リーマスはレナの頬をつねった。


「あまりふざけたことばかり言っていると、連れて行ってあげないよ?」
『どこひ?』
「月夜の散歩だよ。まったく、全然話を聞いていないじゃないか」
『えっ、行く行く!ご飯早く!』


準備してくれてるんでしょ?と無茶なこと言うレナに手を引かれて部屋を出ながら、リーマスは窓際を振り返った。

大切な人がそばにいてくれるだけで、月に1度の月が満ちる夜が心も満たされる日になると教えてくれた親友たちが、とびきりの笑顔でこちらを見ている。
彼らはもういない。
それでもリーマスは、彼らに同じ笑顔を返すことができた。

リーマスだけが闇の世界に取り残されることも、独り雨に打たれることも、もうないのだから。
見た者を幸せにするという青い鳥が、リーマスに青空を見せてくれたから。


「レナ」


部屋のドアを閉めたリーマスは、先を行くレナの手を引っ張った。
転びそうになった小さな体を抱きとめるだけで、ひだまりのような暖かさがリーマスの全身を包み込む。
これからはこの暖かさが満月の晩の心を満たしてくれるのだと思うと、青い鳥に変身させることすら惜しく思えた。


「勝手に行かないの。そばにいるって約束しただろう」
『この距離すら!?』
「手放さないって言ったじゃないか」
『意味違うよね?物理的な話じゃないよね?』
「さあ、どうだろうね。鳥かごに入れて持ち歩くつもりかもしれないよ」
『それ犯罪。いろんな意味でアウト』
「何を今さら。4年間拉致監禁した仲じゃないか」
『爽やかな笑顔で言わないで!』
「ああそうか。あの洋箪笥は私を心配したジェームズからの粋な贈り物だったのかもしれないね」
『何?どういうこと?ちゃんと会話のキャッチボールしよ!?』
「私の親友たちはいつも奇想天外な方法で私に宝物をくれるということだよ」


適当なことを言いながら、小さくて暖かく、そしてちょっぴり騒がしい宝物の口を塞ぐ。

月が昇るまであとわずか。
笑顔でこの時間を迎えられるのは久しぶりだった。


Fin.
あとがき→


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