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帰郷
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『あ、あれ……?』


レナは金属質の戸を探りながら冷や汗をかき始めた。

タイムターナーは正常に作動したはずだ。
たとえそれが叫んでいるときにうっかり手を離したことがきっかけの発動だったとしても、言われたとおりの眩暈のような感覚が起こった。

何より窮屈になっているし、四方の壁は全てひんやりとしている。
だからここはロッカーの中のはずだ。
が、押しても叩いてもびくともしない。


『ちょっとちょっと!ここに閉じ込められるとか1番最悪なんだけど!誰か――っわ』
「……何やってんの?」


力任せに叩いていると、ガチャッという音と共に急に手ごたえがなくなり、目の前に呆れ顔のクラスメイトが出てきた。


「入ったら出られなくなったっていうオチ?」
『そ、そうみたい……』
「ウケるー。って、うっそ、泣いてんの?こんなことで!?」
『うっさい!』


ロッカーから出たレナは、袖で目を擦りながら周囲を見回した。
バレーボールのネットに、カラーコーン、跳び箱にマット――懐かしい、用具倉庫のそれらだ。
体育館のコートでは、色違いのジャージを着た後輩たちが部活動に勤しんでいる。
聞こえてくる声はもちろん全部日本語だ。


「レナ?」
『ああごめん、なんか感傷に浸っちゃって』
「なにババくさいこと言ってんの。見た目まで老けて見える――って、だからなんで泣くわけ!?レナそういうキャラじゃないでしょ!」
『だって夢じゃないって嬉しいじゃん!』
「何が!?」
『でも寂しい!』
「意味わからん!」


事情を知るはずもない友人とかみ合わない会話でギャーギャー騒ぎながら外に出ると、さらに騒がしい男子コンビが角を曲がってきた。
片方は学級委員長で、興奮しすぎて持っている花がくしゃくしゃになっている。


「マジで見たんだって!」
「だから見間違いだろ?」
「なになに、何の話?」
「こいつが幽霊見たって」
「委員長までおかしくなったの?」
『さりげなく私をおかしい人に混ぜないでよ』
「笑うなよ!マジなんだって!」


興奮する委員長は、レナたちも巻き込み、髪も髭も長くて真っ白で――と幽霊の特徴を話し始めた。

「何その学校に不釣合いなファンタジー感あふれる幽霊」と親友が突っ込んだところで、レナは弾かれたように携帯電話の電源を入れた。
1996年、3月10日――。


『その幽霊、どこで見たの?』
「すぐそこだよ、第2の裏あたり。桜の木の下でさ――」
『ありがとう!』
「ちょっとレナ!?」


困惑する友人たちを残し、レナは体育館の裏へと走った。


『――ダンブルドア!』


ファンタジー感あふれる偉大な魔法使いは、ちょうど用具倉庫の外にあたる場所で見つかった。
姿を見た瞬間、引いたばかりの涙が再び溢れてきそうになった。

ダンブルドアは昨晩亡くなったとリーマスが言っていた。
でもそれは、レナがタイムターナーを使用する前の、1997年のできごとだ。
今はまだ生きてる。
ダンブルドアも、シリウスも。


「無事に戻れたようじゃな」
『はい!リーマスがタイムターナーを作ってくれて、あの、私、ちょっと長く向こうにいて――』


堰を切ったように話し始めたレナに、ダンブルドアはしーっと口に指を当てて見せた。


「ちと追われる身での」


この時期はまだ指名手配になっていたのだということを思い出し、レナは周囲を警戒した。
通路の先に見える中庭にも、桜の木越しに見える校舎のベランダや屋上にも、人の姿はない。
後ろからクラスメイトが追ってくる気配もない。

最後に倉庫内が無人であることを開いた窓の隙間から確認して、続きを言おうとダンブルドアに向き直る。
しかし、レナが言葉を発する前に、ダンブルドアが「その気持ちはようわかる」と言って目を細めた。


「じゃが、良いことだろうが悪いことだろうが、わしがこの場で先の出来事を聞くわけにはいかんのじゃよ」


ダンブルドアはレナがこれから起こることを伝えようとしているのだと正確に見抜いた。
そのうえで、言うなと先に釘をさしてきたのだ。


(どうしよう……)


レナは迷った。
ダンブルドアの言い分もわかる。
しかし、事件に巻き込まれたことに意味があるなら、このためなんじゃないかとも思った。

シリウスを助けてもらえば、リーマスを孤独から救うことができる。
リーマスだけじゃない。
この1年で亡くなった人は大勢いる。

とはいえ、レナが知っていることは少ない。
アーサーの事件は過ぎてしまっているし、ダンブルドアの死に関しては詳しいことがわからない。

普段はバラバラの任務をしている騎士団があの場に複数いたということは、おそらくダンブルドアはある程度予測をして対策を施していたのだろうと考えられる。
それでも起こった悲劇なのであれば、命日を告げるのは、いたずらに怖がらせるだけかもしれない。

他にレナが知っている事件といえば、アイスクリーム屋が連れさらわれたことと、杖職人が消えてしまったこと、逃亡した死喰い人が殺されたことくらいだ。


(でも、シリウスは、シリウスだけは――)


シリウスなら、正確な日付も場所も、きっかけになる出来事もわかっている。
レナは覚悟を決めた。
しかし、いよいよというところで、またしてもダンブルドアに遮られてしまった。


「さて、レナが無事に戻った事も確認できたことじゃし、わしは帰るとしよう」
『待って!6月18日に――』
「また会える日を楽しみにしておる」


ブルーの瞳は、最後にウインクを残し、バチンと消えた。
小さなつむじ風に乗って、薄いピンクの花びらがふわりと舞った。


『そんな……』


レナは呆然と立ち尽くした。

あまりにもあっけない。
視線を左右に彷徨わせ、用具倉庫からロッカーが消えていることに気づいてその場にしゃがみこむ。
タイムターナーを使った同日にホグワーツを訪ねても、ダンブルドアはもういない。
“また”なんてない――。
そう思ったとき、“また”と言ってくれた人がいたことを思い出した。


『リーマス……』


無茶をすればすぐにでも飛行機でイギリスに渡ることができる。
だけどそれではダメなのだ。
レナは、今の延長線上にある再会の日に向かって歩くしかない。

“また”までにお金をためて、日本の魔法機関を探して、イギリスの情報を手に入れて、トラウマを克服して、向こうでできる仕事を探して――。
やることは山ほどある。
立ち止まっている時間はない。

レナは立ち上がって中庭に出た。

突き抜けるような青空が広がっている。
光も音も空気も、平和そのものだ。
枝を拾って桜の木に向けると、強い風が吹いて花びらが舞った。


(向こうまで届けばいいのに)


高く昇る花びらの渦を見ながら、レナは遠い空の下にいる2人のことを想った。
アニメーガスになれたことの報告も、誕生日を祝う言葉も、風に乗って一緒に飛んでいってくれたらなと、花びらが見えなくなるまで空を見続けた。


「いたいた!レナ!急にどうしたの」
『ん?ああ、ごめん、知り合いのファンタ爺に似た容姿だったからつい』
「何の話?」
『こっちの話。ねね、帰り道にチョコレートケーキ食べていかない?』
「いいけど、なんであえてのチョコ?今ならイチゴフェア一択っしょ」
『好きな人がチョコ好きで、今日が誕生日だから、かな』
「は?レナ好きな人いたの?てかなんで私と食べるの?その人と食べなきゃ意味ないじゃん。ていうか誰?」
『秘密』


レナがウインクしたとき、2人の携帯電話が同時に鳴った。
高校生活最後のかくれんぼは委員長が先生に怒られて無事に終了しました、というお知らせメールだった。


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