stand by me | ナノ
闇の印
[3ページ/3ページ]

リーマスは安心しきった表情で眠るレナを無言で見続けた。

薬がよく効いているようで、レナの体のあちこちについていた傷跡はどこにも残っていない。
洋箪笥から飛び出してきたときと同じ、若くて健康的な肌だ。
声も出ていたし、明日になれば体力も回復してすっかり元通りだろう。


ハリーと一緒に傷だらけで立っているのを見たときは心臓が止まるかと思った。
マダム・ポンフリーに診せ、問題ないとお墨付きをもらえるまでは生きた心地がしなかった。

死喰い人4人と対峙しておきながら、打撲と擦り傷しかないなんて、奇跡としか言いようがない。
盾のマントや帽子を贈ったフレッドとジョージ、最低限の防衛術を教えていたシリウスには頭があがらない。
それらがなければ、今リーマスが握っている手は、冷たく硬いものになっていただろう。


(私はレナに悪影響しか与えていないな……)


リーマスはレナの体温を確かめるように指先を動かしながら、ため息をついた。
リーマスは3人に「余計なことはするな」と言った。
広告塔にするな、危険な呪文を教えるなと怒った。
1番余計なことをしていたのは自分だということが、今回のことではっきりした。


「レナ、ごめん」
『……ん』
「なんでもないよ」


身じろぎしたレナに囁き、あやすように撫でると、レナの呼吸はすぐに規則正しいものに戻った。
こうして寝ている姿は、こちらに来たときと変わらず幼さが残っている様に見える。


(そうか、レナはもともとじっとしていられないタイプか)


昨晩、レナは闇の印を見て居ても立ってもいられなかったと言っていた。
思えばリーマスが人狼だと知られた日もそうだった。
ハリーたちがグリムに襲われるかもしれないと心配し、マクゴナガルの部屋を飛び出した。
その結果スネイプに捕まり、森で人狼に襲われかけた。

争い事と無縁に思えたのは、長い間窮屈な場所に閉じ込めていたからだ。
その中でもあれこれいろんなものに手を出していたことをすっかり忘れていた。
リーマスの考えが甘かったせいで、あやうく取り返しのつかないことになるところだった。


(それなのにまだ繋ぎ止めたいだなんて、私はどうかしているね)


リーマスはレナの手を握りながら、相反する2つの気持ちと戦っていた。

リーマスを躊躇させているのも、急かしているのも、どちらも昨晩の出来事が原因だった。
アルバス・ダンブルドアの死――。
それが、リーマスをどん底に叩き落していた。

最も信頼し、心の支えとなっていた人物が、いなくなってしまった。
ホグワーツという自分の居場所を与えてくれた人物の死によって、彼が与えてくれた自分の居場所すら失ってしまった気分だった。

これでヴォルデモートとの戦いに勝ち目がなくなったとまでは思わないが、途方もない喪失感に襲われていることは否定できない。
それほどまでにダンブルドアの存在は大きかった。

だから今、レナが傍にいてくれることはとてもありがたかった。

レナはとっくに帰ったものだと思っていた。
帰っていてほしいと思った。
自分の知らないところで、本人の意思で、自分以外の人の手によって。
それは自分で手を下したくないというわがままでもあり、ずっといてほしいという気持ちに向き合う勇気がなかったとも言える。

レナは死に掛けたというのに、ほら、帰さなくてよかっただろう、と思っている自分がいることが憎らしい。


(大丈夫、明日には帰すから)


リーマスは、朝になったら昨晩の出来事を話し、レナを過去の日本に送り返そうと決めた。

今度こそ最後だから。
自分のわがままに付き合わせるのはもうやめるから。
最後の“もう少しだけ”を許してほしいと願いながら、リーマスは瞬きすら惜しんでその姿をしっかり脳裏に焼き付た。

* * *




翌朝、リーマスはマダム・ポンフリーの許可を得てレナを外に連れ出した。
昨晩ホグワーツを覆いつくしていた暗雲はまだ上空に残っている。
しかし、東の空に顔を出した朝日がキラキラと朝露を輝かせていることがまだ希望が残っていることを示唆しているようで、少し勇気付けられた。


「昨晩、ダンブルドアが亡くなった」


リーマスは校庭を歩きながら、悲壮感が漂わないように気をつけて昨日起こったことを説明をした。

後ろをついてくるレナの表情を確かめる気にはなれなかった。
リーマスにとってそうであったように、レナにとってもダンブルドアの存在は大きかったはずだ。


「タイムターナーはあるから安心して」


レナが最も不安になっているだろうことを最後に付け足すと、ほっと息を吐くような音が聞こえた。


『ダンブルドアが残してくれたの……?』
「作っていたんだ。私がね。作り始めてもう1年になる」
『1年……だから部屋にこもっていることが多かったんだね』
「そうだね。秘密にしていてごめん。任務が忙しかったのもあるけど、なかなか気が進まなくてね」


怒られることを覚悟で、クリスマスにはほとんど完成していたことを白状した。
レナは何も言わず、リーマスのローブをつまんだ。


「1日でも早く帰ったほうがいいっていうのはわかっていたんだけど、任務から戻ってきたときの笑顔がほしくてね――だけど、それは間違いだった」
『それって私を必要としてくれていたってこと?リーマスは、日本に帰ってほしくないって思ってくれてたの?』
「……そうだよ」


門にたどり着き、敷地を出る直前に振り返ると、レナは明らかに困惑していた。
リーマスは羽の生えたイノシシが乗っている柱に背を預け、申し訳なさそうにレナに微笑みかけた。


「別れ際にこんな話をするのは卑怯だってわかっているけど、言わないほうがもっと卑怯だってトンクスに怒られたんだ」
『トンクスが?』
「レナの旅をいいものにしたいなら、そうするのが1番だって」


手を伸ばし、風で揺れている髪に触れて耳にかけてやる。
レナはぴくっと反応したが、逃げることはなかった。
リーマスは頬に手を添えて傷が癒えた肌を親指の腹で優しくなでた。


「レナにはずいぶんと救われたよ。ありがとう、レナ。君のおかげで私の数年間は学生以来の楽しいものになった」
『……ねえリーマス、もしリーマスがよければ、もう少し』
「安全な場所なんてもうないんだ」


レナが魅惑的な提案をする前に、リーマスはその言葉を遮った。


「学校もやつらの手に落ちるだろう。ヴォルデモートが唯一恐れた人物がいなくなったんだ。我々は苦戦を強いられる」
『もっと魔法の勉強をする。戦えるようになるから』
「家族はどうなる?大切な人を失った人の悲しみを君は見てきたはずだ」
『でも、タイムターナーがあればいつでも戻れるでしょ?』
「実感はあまりないかもしれないけれど、君は確実に成長している。半年ぶりに見てそう思った。……長くいればいるほど、来た時と隔たりができてしまう」
『そんなの今さらだよ』
「そう。だから今すぐにでも帰らないといけない」


リーマスは力強く言った。


「レナ、これは戦争なんだ。命がけの戦いのさなかで、君の面倒を見続ける余裕は誰にもない」


厳しい言葉のなかに優しさがあることをレナは感じ取った。
言葉通りの意味ではない。
そう頭ではわかってはいても、もうこれきり会えないというのはやはり辛いことだった。


「そんな顔しないで」


悲しそうな顔をしたレナを、同じ顔をしたリーマスがそっと抱きしめた。


「レナはレナのいるべき場所で、やるべきことをやるんだ。大学に通い、卒業して……それで気が向いたら、遊びに来ればいい」
『来ていいの?』
「安全になっていたらね」


「笑顔とご飯を準備して待っているよ」とリーマスは笑った。


『……待ってなくてもいいよ』

レナは呟くように答えた。
約束をしてしまったら2度と会えなくなりそうで怖かったし、自分のことは気にせずトンクスと仲良く支えあってほしいという気持ちもあった。


「来る来ないはレナの自由だ。日本の生活を楽しんで」
『リーマスも――そうだ、最後にこれ見て』


レナはリーマスの腕の中から抜け出て、強く地面を蹴ってアニメーガスに変身した。

リーマスの周りをぐるりと旋回し、空高く羽ばたいていく。
ところどころに光の帯が走る空に青い鳥が飛ぶのを、手でひさしを作ったリーマスが眩しそうに見上げた。


「見てるかい、シリウス」


雲の隙間から差し込む明るい朝の光を受けて、目尻が光る。
吠えるような笑い声がどこから聞こえた気がした。


←前へ [ 目次 ] 次へ→
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -