「これでよかったんだ……」
リーマスはため息をつき、額に手を当てた。
理由なんて言えるはずがなかった。
レナが好きだからだと言えば、状況はさらに悪化する。
「……レナ?」
足音が玄関に向かっていることに気づき、リーマスは青ざめた。
「待つんだレナ!謝るから!」
急いで追いかけると、レナは玄関先で立ち止まっていた。
ドアの先には白いシャーベット状のぬかるみが広がっている。
いつの間にか降り出した雨が、先日降り積もった雪をべちゃべちゃに溶かしたらしい。
レナが飛び出すのを躊躇させた雨に感謝しながら、リーマスはレナの肩に手を置いた。
「悪かったよ。言い過ぎた。出て行くべきは私のほうだ」
リーマスがひとこと言うたびに、レナは頭を横に振った。
最後は特に強く振り、通せんぼをするようにリーマスの進路を塞ぎ、『びっくりした?』と笑った。
予想外の反応をされたリーマスは、レナの真意を探るために濡れた瞳をじっと見た。
そして、すぐさま自分の行動を悔いた。
開心術によって頭の中に飛び込んできた画は、暗いバスルームで服を着たままシャワーを浴びている自分の姿だった。
(なんで……この状況でどうして私を気遣えるんだ――)
レナは単に雨が降っているから躊躇していたわけではなかった。
リーマスが追ってきていることに気付き、外に出さないようにするために立ち止まったのだ。
リーマスが、雨に打たれないようにするために。
(こんなことをされたら、また手放せなくなるだろう)
怒らせたはずなのに。
強く突き放したはずなのに。
リーマスが代わりに出て行くと言うところまで読んで、追いかけてくれるか試しただけみたいな態度をして――。
「……レナ、戻ろう。マグルに見られると困る」
どんどん漏れてくる情報をシャットアウトするために、リーマスはレナから視線を逸らした。
ついでにレナから手を離し、気づかれないように握りこぶしを作って力を込める。
そうすることで、既に入り込んできてしまった感情をなんとか押し出そうとした。
「ほら、ドアを閉めて」
『うん……悪口言ってごめんね』
「いいよ。お互い様だ。もう怒っていない」
『あと、人狼のことも……トンクスのことも、もう言わない』
「ありがとう。わかってくれて嬉しいよ」
リーマスはレナの頭に手を乗せ、ポンポンと控えめに撫でた。
動かないレナに代わりドアを閉め、部屋に戻るためにレナの手を引く。
雨の音が遠ざかると、心臓の音がやけに大きく聞こえた。
「さあ行こう」
動揺を悟られないようにするために、リーマスがこっそり深呼吸をしたときだった。
『そろそろ、戻ろうかな』
静かに、だけどはっきりと、レナはそう言った。
リーマスが提案した戻るとは、別の意味の戻るだ。
つながれた指先が熱を持ち、ドクンドクンと脈打った。
それを隠すように、あるいは確かめるかのように、どちらからともなくきゅっと力が入る。
「……それがいいかもしれないね」
リーマスも、静かに、だけどはっきりと答えた。