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タイムターナー
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じわじわと冷たい水でレナを侵食しながら、以前もこんなことがあったなと思い出した。
あのときも、リーマスはシリウスのことで打ちひしがれていた。

深入りしてはいけないとわかっていたのに、どうせ戻るまでなんだからと思ったのに、いったいいつからこんなことになってしまったのだろう。
始めは、好意を利用しようと思っていただけのはずだ。
いや、利用しようと思った時点で既に、“利用していることにしたい”と思っていたのかもしれない。

どちらにせよ後の祭りだ。
始まりがわかったところで、芽生えた感情をなかったことにはできないのだから。


(――駄目だ、しっかりしなきゃ)


リーマスはこんなことではいけないと自分を奮い立たせ、止められたシャワーへと手を伸ばした。
すっかり冷えてしまった体を温めるために、今度はしっかりとお湯を出す。
レナを巻き込んでしまうことになるが、既に水が染み込んでしまっているから、今さら気を使ったところで意味はないだろう。
驚くレナの言葉が聞こえないふりをして、そのまま5分程シャワーを浴び続けた。


「やっぱり少しお湯を浴びたくらいじゃ温まらないか」
『そりゃね。リーマスはね。もうそのまま湯船に沈むといいよ』
「怒ってる?」
『ちょっとねっ』


文句を言うレナが、バスタオルを投げてよこす。
濡れてしまった服を乾かし、出された紅茶を飲んでいるうちに、どこからか毛布が持ちこまれている。
両手を使ってようやく抱えられるような大きさのそれは、くたくた加減からいってもベッドにあったもので間違いなさそうだ。


「ここで寝る準備?」
『これしかなかったの!』
「はは、冗談だよ。ありがとう」


自分の家に毛布がそうたくさんあるわけではないことはよく分かっている。
リーマスはありがたく受け取った。


「レナ、おいで」


紅茶を飲みきってから、肩にかけるだけにしては大きすぎる毛布をかぶり、レナを呼んだ。
『私はそんなに冷えてないから大丈夫』と言われたが、手招きし続けた。


『なんなの寂しがりや発動なの?』
「今日くらいいいじゃないか」
『それは……いい、けど』


戸惑いながら横に来たところを毛布の中に引き入れる。
レナは動揺したが、逃げることはなかった。


「今日はこのまま寝ようか」
『リーマスは任務で疲れてるだろうし、ちゃんと横になったほうがいいよ』
「部屋に1人でいても寝られないだろう?レナが一緒に寝てくれるなら別だけど」
『……前みたいに、横にソファを置く感じでいいならいいよ』
「ここから運ぶのは面倒だ」


レナの了承を得ないまま、ソファで寝る準備のためにローブのポケットの中身をごちゃっとテーブルに出す。
レナは杖と一緒に出されたチョコレートの包みを見つけて『やっぱり隠し持ってた』と言って笑った。


「やっぱりって?」
『こっちの話――って、これ』
「レナにもらったやつだ」
『あげたの2月だよ?今は6月だから……4ヶ月も前じゃん!』
「保存魔法をかけてあるから大丈夫」


お腹をこわす心配はないと言いながらリーマスが袋の口を開ける姿を、レナが凝視している。
「ほしいの?」と聞くと、違うと首を横に振られた。
このときレナの頭の中に折鶴が浮かんでいたとは、リーマスは夢にも思わなかった。


『ねえリーマス』
「ん?」
『私、リーマスのこと好きだよ』
「……え」


てっきり、なんで取ってあるんだという指摘がくるものだと思っていた。
だから非常用にしていたとか、今がその非常時だとか、適当な返事をするつもりでいた。

それなのに不意打ちの告白をされ、リーマスは面食らった。
調子に乗って近づけすぎたことを反省し、年甲斐もなく動揺したが、レナはリーマスに答えを求めることはなく、ただコテンと頭を預けられた。


『アニメーガス、完成させられなくてごめんね』
「まだ時間はあるよ」
『……もう遅いよ』
「そんなことはない」


練習をしていないことは、シリウスから聞いて知っている。
教えろ、とは言わなかった。
シリウスがやけに嬉しそうな顔をしたのを覚えている。


「シリウスからの宿題だよ」
『提出できないのに?』
「見えるんじゃない?空なら」


「鳥なんだから」と言うと、レナは『だといいな』と微笑んで目を閉じた。
リーマスは光っている睫毛に触れたくなる衝動をぐっとこらえ、視線を外した。
このまま流されたらキスをしてしまいそうだった。


「……ただ、アニメーガスになるには登録が必要なんだよね」
『絶対っていうわけじゃないでしょ?シリウスは登録されてなかったよ』
「うん。だから違法なんだ」
『違法!?』
「そう。だから彼は立派な犯罪者だ。かれこれもう20年は法を犯し続けているかな」
『ええっ』
「まあ、彼の規則違反は今に始まったことじゃないけど――」


ずるいと思いながらも、話題を変え、思い出語りをした。
ただ話をしているだけなのに、レナの反応を見ていると不思議と安心する。

思えばここ最近の楽しい日々には、いつもレナが傍にいた。
シリウスと喧嘩をしたのも、レナがらみのことが多かった気がする。
おせっかいな親友は、リーマスの気苦労を知ってか知らずか、2人をくっつけようとあれこれ画策していた。


――あいつはお前が思っているほど子どもじゃない。
(わかっているよ、そんなこと)


どこからともなく聞こえてきたシリウスの言葉に、心の中で反論する。


――お前はどうなんだよ、リーマス。
(だから今はそれどころじゃないんだって)
――それなら、いつなら“それどころ”になるんだ?
(そんな日は永遠に来ないよ)


ここぞとばかりに追い込んでくる親友に苦笑いしながら、テーブルの上の杖を見る。


(私がしっかりしないといけないんだ)


レナがあんなことを言い出したのは、極限状態にいるからだ。
自分までもが雰囲気に流されてはいけない。
冷静になってから後悔することがないよう、考慮してやるのが大人の務めだ。

リーマスはレナがすっかり寝てしまったことを確認してから杖を手に取った。
杖先をレナに向け、眉を下げる。
口を開いたまではよかったが、そこから言葉が出てこない。


(不甲斐ない大人でごめん……)


しばらく悩んだ後、ため息をつき、レナに向けていた杖をテーブルの上に戻した。
空いた手をレナにまわして引き寄せる。

ちらりと視界の端に映るのは、ポケットから出された作りかけのタイムターナーだ。
ダンブルドアがホグワーツを追われたときに万が一を考えて作り始めたものだ。
まだ完成はしていないし、完成のめども立っていない。

魔法省に保管されていたタイムターナーは先ほどの戦いで全て破壊されてしまった。
借りることはできない。
となれば、リーマスのさじ加減ひとつでレナを引きとめ続けられることになる。

それはいいことのようにも思えたし、不幸なことのようにも思えた。


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