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幸せの翼
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もしかしたらリーマスが隠し持っているお菓子があるかもしれない。
レナはキッチンを出て、居間の棚を漁り始めた。


『ないなあ。隠すなら自分の部屋か……あれ?』


さすがに引き出しまでは開ける気はないが、机の上を見るくらいなら――とリーマスが使っていた部屋を覗いたレナは、窓際に見覚えのあるものを見つけた。
吸い寄せられるように近づくと、それは青い折鶴だった。


『“リーマスの幸せを願って”……?』


明かりをつけ、羽に書かれた文字を読み上げ、首をひねる。
こんな文字を書いた覚えはない。
確かもらいたての羽ペンを使い“肩たたき券”とガタガタの文字で書いたはずだ。


『まねして作った……わけじゃないよね?』


折鶴の作り方は教えていない。
リーマスが自分でこんなことを書くわけがない。
それに、いびつな筆跡は間違いなくレナのものだ。
どういうことだろうと考えるが、さっぱりわからない。


『えっ、私、記憶喪失……?』


そういえば一度だけ、気づいたらマクゴナガルの部屋だったということがあった。
リーマスがスネイプに暖炉で呼び出された日だ。
リーマスが言うには、レナは待ちくたびれて寝ていたらしいが、その間に寝ぼけて作り直したのだろうか。


『すっごい恥ずかしいんですけど』


寝ぼけてこんなものを作っていたことも、それをリーマスにプレゼントしていたことも。
恥ずかしさのあまり記憶が飛んだのかもしれないと思えるほど恥ずかしい。

ここに置かれていたということは、シリウスにも見られているはずだ。
いっそもう1度消えてくれたらと目をつぶったが、そう簡単に事は進まなかった。


『……ずっと持っててくれたんだ』


ひと通り悶えてから、レナは折鶴に目を落とした。
あれからもう2年以上経っているというのに色あせていないのは、保存魔法がかけられているからだろう。
大切にしてくれていたことが嬉しいと思う反面、こんなに大事にしてくれていたのに、なんの力にもなれていない現状に申し訳なくなる。
親友を失った日に、傍にいることすらできないなんて。


『……ダメだよシリウス。私がいたらリーマスは泣けないもん』


離れるなと言っただろうというシリウスの声がした気がして、レナは折鶴に向かって言った。
羽の文字を目に焼き付けたあとで元の位置に戻し、部屋を出てリビングに戻る。
カップを出し、ティーポットにお湯を注ぎ、お茶の準備を進めながら時計に目をやった。

あれから結構時間が経っているが、リーマスが風呂場から出てくる気配はない。
少し様子を見てみようかと思い、レコードを止めかけたところで、思い直した。

焦りは禁物だ。
レナだって会議中ずっと泣いていたのだ。
1時間やそこらで急かしてしまっては悪い。

しかし、リーマスはそれから30分経っても戻ってこなかった。
さすがに心配になり、レナは様子を見に行った。
声をかけ、ノックをしても返事がない。

ドアに耳を当てると、サーっというシャワーの音だけが聞こえてくる。
さらに5分か10分ほど迷った後、口実用のタオルを取ってきてからレナはドアを開けた。


『新しいバスタオル、ここにおいておくね!』


刷りガラスの向こうにシルエットが見え、慌てて目を逸らしながら大きな声を出す。
リーマスからの返事はなく、サーっという規則正しい音だけが返ってくる。
さっきとまったく同じ音だ。
シャワーを浴びていて、音がずっと変わらないだなんてことがあるのだろうか。
しかも、おかしいのはそれだけではない。
脱衣所にリーマスの服が見当たらなかった


『……リーマス?いるよね?』


深呼吸をしてから、シャワールームのほうへ目を向ける。
中の明かりがつけていないためよく見えないが、人影があるから、そこにいるのは間違いない。
ただ、それはかなり違和感のあるシルエットだった。


『リーマス、大丈夫?……開けるよ?』


恐る恐るドアを開けたレナは、目を見開いて驚いた。
リーマスは服を着たまま、微動だにせず、頭からシャワーを浴びていた。
まるで暗闇の中で雨に打たれているようだ。


『何してるの!?』


シャワーを止めるために靴を脱いで浴室に足を踏み入れ、鳥肌が立った。
水だ。
途中で水になってしまったのか、最初から水なのか知らないが、床は完全に冷えきっている。

棒立ちしているリーマスは、レナが入ってきたというのに顔を向けることすらしない。
かろうじて瞳がゆっくりと動いただけだ。
たったそれだけのことに安堵するくらい、リーマスには生気がなかった。


『頭を冷やすってこういうことじゃないから!とにかく水を止めて1回外に――』


蛇口を閉め、リーマスを外に出そうと腕を伸ばすと、逆にリーマスにつかまれた。
氷のように冷たい。

そう感じる間もなく、腕を引かれ、抱きしめられた。
あっという間に冷たい水が服を浸食し、レナの服が重くなっていく。


「ごめん」


水滴と一緒に頭上から降ってくる声は、擦れていた。
何に対して謝っているのかわからない。
服を濡らしてしまったことなのか、いきなり抱きしめたことなのか、水を浴びていたことなのか――。
レナが何も言えないでいると、もう1度「ごめん」と言われた。


『……いいよ。すぐかわくし。それよりリーマス、冷たすぎるよ。お湯に浸かったら?』
「もう少し」
『ん?』
「もう少しだけ、このままでいさせて……」


震えを隠すように、背中に回された腕に力が込められた。
水を吸った服は冷たいし、顔を押し付けられると息苦しいし、何よりこのままではリーマスが風邪を引くのではないかと思ったが、レナは両手をリーマスの背中に持っていった。


風邪くらいどうとでもなる。
今は1人になることのほうがつらい。
近づくことを許されるなら、そばにいたい。

幸せを届けることはできなくても、悲しみを共有することくらいならできるだろうか。

なんでも1人で抱え込まないでほしいという気持を込めてぎゅっと抱きしめ返すと、搾り出された水滴がぽたぽたと床に落ちた。


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