リーマスの促すまま、レナは日本に戻った日のことから捕まるまでの出来事をかいつまんで話した。
その口振りから、この数年間が楽しく充実した日々だったということが窺える。
喜ばしいことのはずなのに、聞けば聞くほどリーマスはみじめな気持ちになっていった。
大学に通いながら魔法の練習を続け、イギリスの魔法界で就職先を得たというレナの順風満帆な人生は、リーマスには眩しすぎる。
今のレナにとって、自分は悪影響を与えることしかないお荷物同然だ。
「立派だ」と褒める自分がちゃんと笑えているのかどうか、リーマスはわからなかった。
『リーマスは最近どんな感じ?魔法省で働いてるの?』
「私は相変わらずだよ。反人狼法が撤廃されて、ずいぶんとマシな生活ができるようにはなったけどね」
『そうなんだ!よかったじゃん。これでリーマスの気にしすぎ病も治るね』
「はは……世間に根付いたイメージはそう簡単に変わらないものだよ」
『だからそんな顔をしているの?』
心配そうな顔でのぞきこまれ、心がざわざわして落ち着かなくなった。
『アニメーガスの効果なかった?』と聞く申し訳なさそうな態度に、鼻の奥がツンと痛くなる。
リーマスは首を横に振って立ち上がり、テーブルを回りこんでレナの隣に座りなおした。
途端にレナが緊張したのがわかり、リーマスは重ねようとしていた手を引っ込めた。
急に気まずくなり、行き場を失った手を自分の膝の上で組んでせわしなく動かす。
もしもう1度会えたら……と考えていたことが、なかなか実行に移せない。
時計の針は5分も刻んでいないのに、ずいぶんと長い間そうしているように感じた。
『ねえリーマス、私、もうリーマスに子ども扱いされないくらいにはなれたかな』
「そうだね。もう立派な魔女だ」
『じゃあさ、今度はちゃんと返事をくれる?』
「返事って?」
『告白の返事』
「……え」
『私、リーマスのことが好き』
前回と変わらない不意打ちの告白に、リーマスはまたしても面食らうことしかできなかった。
『しつこくてごめん。でもこれは私の中のけじめなの。だから変にはぐらかさず、ちゃんと答えてくれればそれでいいから』
「答えるって……何を?」
『リーマスの気持ち』
「……言っても、いいのかな?」
『うん。別に良い答えを期待してるわけじゃないから大丈夫。結婚おめでとうって言えるだけの心の準備はしてきたから』
「はは、馬鹿だなレナは」
リーマスは眉を下げ、「本当に馬鹿だ」と繰り返しながら微笑んだ。
「私のような者が結婚なんてできるわけないじゃないか」
『む。そんなのわかんないじゃん。リーマスだって好きな子の1人や2人くらいいるでしょ』
「……そうだね。好きな子なら、いるかな」
遠くを見るように目を細め、リーマスは呟くように言った。
「その子は前向きで明るくて、反応が大げさでかわいい子なんだ。だからついからかってしまって、よく怒られる」
初めはコミュニケーションの一環のつもりだった。
突然の来訪者に戸惑って、どうにか学校から追い出されないですむようにと、自分のことばかり考えていた。
なのにその子はリーマスを悪く言うどころか、感謝し始めた。
逆境にもめげずに楽しむ姿に励まされた。
その強さに惹かれた。
自分とは違う視点が新鮮だった。
そして気づいたときには、身の程もわきまえずにその子に恋心を抱いていた。
「――レナ、君は私にとって青い鳥そのものだったよ」
『ん?なんで突然アニメーガスの話?てかどこまでが“その子”の話で、どこからが私の話?』
「最初から最後まで、1人の話しかしていないよ」
『……え。それって』
「私のためのアニメーガスになってくれると言われたときは泣きそうなほど嬉しかった。変身しなくたって、レナは私を幸せに導いてくれていた。レナと一緒にいるだけで私の心は安らいだ。だから――」
今すぐ抱きしめたいという気持ちと、この子の人生を台無しにしてはいけないという気持ちがリーマスの中でぶつかりあっていた。
わずかな躊躇の後、リーマスは傷跡が残る手をレナの小さな手に重ねた。
「――本当は、帰したくなんてなかった。ずっと側にいてほしかった」
『つまり……?』
「好きなんだ。レナ……君のことを、ずっと想ってた」
リーマスは1本、また1本と慎重に指を絡めていき、最後にきゅっと指先に力を込めた。
「さ、これで話はおしまいだ」
『え?』
「正直な気持ちを話せばそれでいいんだろう?」
『え?え?』
レナは困惑していた。
瞬きを繰り返し、あちこちに視線を彷徨わせている。
頬までつねり始めたので、リーマスは笑いながらその手を外した。
「ごめん、ちょっと意地悪すぎたかな」
『え?嘘?からかっただけ!?』
「嘘ではないよ。ただ、期待に応えられるわけでもないのに好きだと告白してしまって申し訳ないと思ってる」
『何?わかんない。どういうこと?』
「私はね、レナ。年概もなく君に恋をして思ったんだ。君の笑顔を守りたいって。でもあまり上手くいかなかった。自分本位すぎたんだ」
リーマスはレナの頬を撫で、ゆっくりと諭すように言った。
そうすることで、自分の気持ちも落ち着かせようとした。
「だからレナは好きな相手に愛されていたという事実だけを持って、次に進んでくれればいい」
『やっぱりわかんない。どうしてそういう結論になるの?』
「ただ受け入れられないとだけ言ったら、レナは自分に魅力がないと思うかもしれないだろう?」
『そうじゃなくて、両思いなのに次ってどういうこと?』
「私と一緒にいたら、いずれ君は不幸になる。そうなる前に離れるべきなんだ」
『私はそう思わない』
レナはきっぱり言い切った。
『私はリーマスと一緒にいて楽しかった。また会いたいって思ったからここまで来た。リーマスに会えて、好きだって言ってもらえて、すごく嬉しいし幸せ』
「よく考えるんだ、レナ。私では――」
『考えたよ!4年間、ずっと考えてた!考えた上で、やっぱりリーマスが好きだって思ったから会いに来たんじゃない!』
レナは叫び、リーマスの胸元を掴んだ。
今にも泣きそうだった。
キュッとリーマスのシャツを握ることでそれを耐え、大きく開いた目をリーマスに向けてくる。
『私は、リーマスと一緒なら、どんなことでも乗り切れると思ってる。リーマスは違うの?私は相変わらず保護対象で、シリウスやトンクスみたいに一緒に戦う相手にはなれなの?』
「そんなことはない。でもダメだ。私の幸せは君を不幸にする。わかるだろう?」
リーマスは確固たる決意を示すために、守護霊を呼び出した。
卑怯な手だとはわかっている。
だけどレナのためにもここで折れるわけにはいかなかった。
しかしこの作戦は失敗した。
レナは数回瞬きをした後、得意気に笑って銀色の獣に触れたのだ。
『言ったでしょ。なんでも乗り越えられるって。私はもう、リーマスの幸せの形を受け入れられるよ』
「……そういう言い方はずるいんじゃないかな」
『ずるいのはどっちよ』
先に守護霊を持ち出したのはリーマスだとレナは口をへの字に曲げた。
「まいったな」
完敗だった。
あっという間に決心は揺らぎ、リーマスは天を仰いだ。
静かに流れる時のなかで、「いい加減に男らしく腹をくくれ!」という吼えるような声が降ってきた気がした。
「……ひとつだけいいかな」
『何?』
「私はレナが思っているような出来た大人じゃない。私がここでレナを手に入れたら、君が私に幻滅するときが来ても、手放してあげられないかもしれない。それでもいいんだね?」
『いいよ。リーマスが思わせぶりなことをするくせに肝心なところはごまかす、いじわるで秘密主義な気にしすぎの馬鹿な大人だってもう知ってるから』
「はは、ひどい言われようだ」
『だから、ね?』
レナが目を閉じ、キスをねだるように顔を上に向ける。
いったいどこでそんなの覚えてきたんだと苦笑いしつつ、リーマスはそっと唇を重ねた。
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