図書館の左奥、柔らかい日差しが差し込む2人がけの席がセブルスとナマエの指定席になった。入口から最も遠くにあるため、廊下のざわめきも聞こえず静かに読書をすることができるし、ついたてと本棚に隠れ、周りからの視線も気にならない。
窓側に座るセブルスの顔は夕暮れに映える。ナマエはそんなセブルスの顔を見るのが好きで、毎日夕方になると必ず図書館にくるようにしていた。今日も、2人でレポートを仕上げている。
「どうした?」
手が止まっているナマエを見て、セブルスが首をかしげる。
『ううん、なんでもない。ちょっと見とれてただけ』
ナマエの言葉にセブルスが目を丸くする。そんなセブルスの反応を見てナマエも恥ずかしくなる。ナマエは羊皮紙へ目を落とし、レポートを再開した。
「おい、間違えてるぞ」
『やだっ。どこどこ?』
「2枚目の1番上。この本に書いてあることと違う」
そう言うとセブルスは自分の前に積み重ねてある本から1冊を手にとった。ページをめくり、ナマエが見えるように開いて近づける。
「よく読んでみろ」
『ちゃんと見ながら書いたはずなんだけどな……』
ナマエが身を乗り出して2人の間に置かれた本を覗き込むと、頬に温かいものがふれた。ちゅっ、と、頬がかわいらしい音を立てる。
『えっ……え?』
何が起こったのかわからないナマエは頬を手で押さえ、本とレポートとセブルスを交互に見た。
「嘘だ」
頬を染めてそっぽを向くセブルスを見て、キスをされたんだと気づく。レポートは、間違えていなかった。
『え、えええぇぇっ』
ガタンと音を立て、勢いよく立ち上がったナマエの声が図書館中に響く。何事だという視線から逃れるために、セブルスが急いで手首をつかみ座らせる。セブルスはついたての影に隠れるよう顔を近づけ、小声で「騒ぐな」と言った。
セブルスの真剣な表情に、文句を言おうと開きかけた口を思わず閉じる。一時ざわついた図書館は、何事もなかったかのように再び普段の静寂へと戻っていた。
セブルスはじっとナマエを見たまま動かない。恥ずかしいのに、目線を逸らすことができない。長い沈黙が続いた。ただただ、心臓の音だけが頭に響いている。
『セブ?恥ずかしいからいい加減離れ――んぅっ』
ナマエの唇は、最後まで言葉を発することを許されず、セブルスによって強引に塞がれた。
「騒ぐなと言っただろ」
『騒いでないわ!』
「ほらまた――」
お前が悪いといわんばかりに、再びセブルスがナマエの口を塞ぐ。先程よりも長い沈黙の後、セブルスは顔を離して本を読み始めた。
『セブルス……』
不自然に上げられた本によって表情は見えないが、おそらく自分と同じような顔をしているのだろう。ナマエは微笑み、そっと顔を近づけて本の端からのぞく耳に口づける。
「――っ!」
耳を押さえ、勢いよく顔をあげて口をパクパクするセブルスの顔は、予想通り夕焼け空の色だった。
『仕返し』
いたずらっぽく笑むナマエの顔も、同じく夕日に染まる。
「僕に仕返しするとはいい度胸だ。倍にして返してやる」
『ふふっ、じゃあ私はさらにその倍で』
「終わらないじゃないか」
『それでもいいんじゃない?』
「かもしれないな」
セブルスは本を置き、優しくナマエの頬に手を伸ばす。黄昏の指定席は、誰も邪魔ができない2人だけの特別な空間。
赤く染まる放課後の図書室の床に、長く伸びた2人の影が重なった。
黄昏の指定席 Fin.