―2時間前―
夕食に行こうとリリーに誘われ、談話室まで来たところで、ナマエは返却期限が今日の本があったことを思い出した。本を取りに部屋に行き戻ってくると、ナマエを待つリリーにジェームズが絡んでいた。
「ああ、僕の愛しのリリー!僕のことを待っていてくれるなんて感激だ!シリウス、リーマス、ピーター、ごめん、今日は君たちと夕食を食べられなさそうだ!」
「私はナマエを待ってるのよ!近づかないでちょうだい変態!」
リリーのストレートが鳩尾に見事にヒットし、ジェームズは嬉しそうに悶える。殴られて喜ぶなんて――。
『気持ち悪っ』
「あら、ナマエ戻ってたのね」
『ごめんリリー、お待たせ。私が本を取りに戻ったばっかりに、ジェームズに捕まったのね……』
「ううん、気にしないで。頭が腐ってるこの駄眼鏡がすべて悪いのよ」
ゲシゲシとジェームズを蹴りながら笑顔で答える。
「あぁリリー!なんて素敵な笑顔なんだ!ほら、照れなくてもいいんだよ!2人で夕食を食べて愛を深めようじゃな……!」
「しつこいのよ眼鏡!今すぐ私の前から消えてちょうだい!」
「あ……」
床に転がるジェームズが急に真面目な顔をしてこちらを向いて止まった。
「どうした?」
友人の異変に気付いたシリウスが声をかけると 真剣な顔をしたジェームズが「パンツ見えた」と呟き、その場にいた全員が固まった。
『死ね、変態!』
一拍の間を置き ナマエとリリーの蹴りが入る。
完全に伸びたジェームズと憐みの表情をうかべるシリウス、笑顔がひきつってるリーマスと顔面蒼白のピーターを放置し、ナマエとリリーは2人で手を繋いで夕食へ向かった。
* * *『あれ?』
夕食を済ませて図書館に来たところで 返却する予定の本を持ってないことに気付いた。
「やだ、あなたまた忘れたの?」
『そうみたい。談話室出るときは持ってたような気がするから……大広間かな?』
食事中に本を出した記憶はなかったが、他に心当たりはない。リリーは待っていると言ってくれたが、先に寮に戻ってていいよと笑顔で返す。待ってる間にまたジェームズに絡まれたら申し訳ない。気を使わなくていいのにというリリーを帰し、急いで引き返すと、大広間ではシリウスとピーターが食事をしていた。
「あー腹減ったー。ったく、ジェームズのせいで食いっぱぐれるとこだったぜ」
隣にいるピーターは青白い顔で怯えながらうんうん頷いている。聞けば、黒オーラ全開の笑顔をしたリーマスの指示でジェームズを吊し上げてきたらしい。
『それはご愁傷様……ところでこの辺で緑の表紙の本見なかった?』
「見てねえな」
チキンにかぶりつきながら答えるシリウスをピーターが肘でつつく。
「り、リーマスが持ってなかったっけ?」
「そうか?」
シリウスは食事に夢中で本のことなんかどうでもよさそうだ。ついでにリーマスはまだ談話室だと教えてくれたピーターにお礼を言って大広間を出ようとしたところで「気をつけろよ〜」とシリウスの声がした。何をだろうと思ったが、閉館時間も迫っていたため、ナマエは理由まで聞かずに談話室に駆け戻った。
―1時間前―
リーマスは談話室にはいなかった。先に戻ったリリーに「ご飯じゃない?眼鏡と一緒に出て行くのを見たわ」と言われ、ため息をつきながら来た道を戻る。
『リーマス来なかった?』
すれ違いで食事に行ったと思われた人物の姿は大広間にはなく、ジェームズだけが食事に加わっていた。
「今日はきへんが悪いはら食べないって言ってはよ」
きへんて何だバカ!と、ジェームズを殴り(八つ当たりじゃない。口にもの入れたまましゃべるジェームズが悪い。)再び大広間をあとにする。
『リーマスい……ないかぁ』
きへん=気分?と考えて向かった医務室にも、もしかしたら代わりに返却してくれたのかもしれないと来てみた図書室にもリーマスの姿はなく、本も返却されていなかった。図書室の閉館時間は30分後に迫っていた。
―30分前―
『あ!』
どうしようと頭を抱えているときに外に目を向けると、中庭のほうに鳶色が見えた。
『リーマス!!』
つい大きな声を出してしまい、ピンス司書に注意されるのを背中に聞きながら中庭を目指す。フィルチに見つかったら確実に罰則だろうスピードで中庭まで走るが、そこにはもう誰もいなかった。
『もうっ。どこ行っちゃったのよ』
肩で息をしながら辺りを見渡し、噴水の近くに人影を発見し急いで駆けよる。
『つ、捕まえたぁ!』
「残念。捕まっちゃった」
勢いよく腕を掴んで乱れた呼吸を整えているナマエに向かい、リーマスはなぜか微笑んだ。そして、ナマエはずっと探していた人物に抱きしめられた。
『りりりりーます!?』
「なんだいナマエ?」
『あの、えと……そう、本!』
突然の出来事に本来の目的を忘れかけたが、時間が迫っていることを思い出し、ナマエは下を向いたまま体を離した。とてもじゃないが恥ずかしくて顔を上げられない。
『わ、私、リーマスをずっと探しててっ』
「うん」
距離を置こうとするナマエの腕を名残惜しそうにリーマスがそっと掴む。
「ずっと、僕のためだけに走り回ってくれたんだよね?」
『……うん?』
発言に違和感を覚えて顔を上げると、リーマスは穏やかな顔でナマエを見下ろしていた。日暮れが近いせいか、いつもより顔が暗く見える。
「知ってるよ。……ずっと、見てたから」
ニコっと笑ったリーマスの笑顔は、黒くて。それはもちろん、夕暮れのせいなどではないわけで。
『なんで……?』
恐怖で後ずさろうとするが、リーマスの手がナマエの腕をがっちりつかんで離さない。黒いオーラをまきちらしながら、再び抱きつこうとする。
「ナマエが必死に僕のことを求めてくれるなんて嬉しいな」
『違っ、その本、今日返さなきゃだから!』
「……僕よりも本のほうが大切なのかい?この本がなくなれば、僕のことだけ見てくれるのかな?」
本に杖を向けるリーマスの目がマジだ。
『ごめん!うそうそ!私ずっとリーマスに会いたかったの!!』
(だから本を返して)
「そっか。よかった。じゃあ、行こっか」
『うん』
(図書館にだよね?)
本心は心の中で付け足し、ナマエは差し出された手をひきつった笑顔で握った。
―10分前―
願いむなしくというべきか、案の定というべきか、リーマスは図書館には向かわなかった。手をつないだまま薄暗い廊下を歩き続けている。
『あの、リーマス、今日は……その、いつもと違うみたいだけど、どうしたの?』
「ジェームズがふざけたことしてくれたからさ、ちょっと機嫌が悪いんだよね」
『そ、そうなんだ……』
(きへんて機嫌か!!ジェームズのバカバカ!ちゃんと言えこのやろーー!!)
恐る恐る質問をしたナマエは、ようやく自分が地雷を踏んでしまっていたことに気づいた。どう見てもちょっとどころじゃない。
「どんな状況であれ、パンツ見えたとかさ、あいつ頭おかしいよね」
『……うん。そうだね』
もうそんな事件があったことも忘れてた。というか、あんなことはどうってことないと思われるような事件が今から起きそうな予感がする。
「ナマエもさ、ジェームズがいるときに無防備な姿を見せるなんて頭おかしいよね」
『え……』
リーマスは突然進行方向を変えて空き教室に入った。あっという間に中に引き込まれ、ドアを閉められる。
「ジェームズは吊るしあげたからいいとして、ナマエはどうしようかなぁと思って」
そう言ってリーマスは緑色の表紙の本を見せた。ナマエが借りていた本だ。もう図書室の閉館時間は過ぎている。
「ああ、ちなみに本これは一度返却した後に僕が借りただけだから安心して」
『いつの間に!?』
「ナマエが僕を探す為に図書館が出たあとかな」
『そ、そうなんだ……』
てっきり返却できないように嫌がらせをしていたのかと思っていたナマエは、目を丸くして驚いた。と同時に、言いようのない不安と恐怖に襲われる。「そんな鬼みたいなこと僕はしないよ」と言うリーマスの笑顔は、鬼なんか比べ物にならないくらい怖かった。
「ああ、鬼といえば」
穏やかな微笑みに、足が勝手に後ろに動く。逃げなきゃ、と全身が警告を発する。
「僕はさっき捕まっちゃったから、今度は僕がナマエを追いかける番だね」
『ちょっと待って!』
「ダメ。もう何時間もまっているんだから。でもそうだな、特別にあと10だけ数えてあげる」
『何時間も!?』
ナマエの顔からサッと血の気が引く。談話室を出たあのときから、カウントダウンは始まっていたのだ。
「10……9……」
『――ッ』
笑いながらカウントを始めたリーマスに言いようのない恐怖を感じ、ナマエは勢いよくドアをあけて飛び出した。捕まったらどうなるかなんて考えたくない。
「ははっ。走るとフィルチに怒られるよ」
後ろから聞こえる明るい声に、フィルチに捕まったほうがマシだ!と心の中で叫び、半泣きで女子寮を目指す。シリウスの「気をつけて」の意味をちゃんと聞いておかなかった自分を呪いたい。
(やだやだ殺される!リリー助けて!)
―ゼロ―
消灯時間間近に、誰も知らないところで命?をかけたと鬼ごっこが始まった。
リアル鬼ごっこ* Fin.