短編 | ナノ 七夕
リーマス
『リーマスは行かないの?』


 談話室のソファに座り本を開いたリーマスに、ナマエが聞いた。
 いつもリーマスが行動を共にしているジェームズ、シリウス、ピーターの3人は、ついさっき談話室を飛び出していった。夏休みに入る前に大イカがどうのこうのと言っていたから、おそらくまた規則すれすれの悪戯をしに行ったに違いない。
 それが良いことか悪いことかは置いておいて、リーマスが1人だけ残るというのは珍しいことだった。


『喧嘩したの?』
「違うよ」
『体調、まだ悪いの?』
「まあそんなところかな」
『医務室に行ったら?』
「大丈夫。大したことないよ。大イカ相手に喧嘩を売るほどの勇気がないだけだ」


 リーマスは乾いた笑い声で言った。昨日まで寝込んでいたのだから無理もない。顔色がまだ青白い。


『じゃあさ、七夕やらない?』
「タナバタ?」
『そそ。日本の伝統的な行事で、短冊を書いて笹につるして願い事をするの』


 ナマエは七夕について簡単に説明をした。リーマスは最後まで聞き、本を閉じて「いいね」と言った。


『待ってて。折り紙を持ってくるから』


 ナマエは女子寮へ続く階段を駆け上がり、部屋から折り紙を取って戻ってきた。使うことはないだろうと思っていたものが、思いがけないところで役に立った。授業以外でリーマスと2人で作業だなんて久しぶりだ。

 リーマスはテーブルに広げられたカラフルな正方形の紙をまじまじと見た。そういえば魔法界で色紙を見たことがないなとナマエは思った。興味を持ってもらえたようで嬉しい。


「これがタンザク?きれいだね」
『これは飾りを作る用のものだけど、切って短冊の代わりにもできるから、今回はこれで代用しよ』
「飾りならクリスマスのやつがどこかにあるんじゃない?」
『それじゃダメ』


 ナマエは折り紙を1枚取り、リーマスにも好きな折り紙を1枚取るように言った。


『飾りにもいろいろ意味があるの。お金が貯まりますようにとか、長生きしますようにとか』
「へえ、いろいろあるんだね」
『一通り作ってみる?』
「そうだね」


 リーマスが笑顔になったのでナマエはほっとした。無理をしてつき合わせてしまっていないか、ちょっとだけ心配だったのだ。


『じゃあ簡単なちょうちんあたりからね。まず折り紙を半分に折って――』
「こう?」
『違う違う。色がついているほうが外側になるように、こっち向きで、こう――』


 ナマエはリーマスの隣に移動し、実際にやってみせた。リーマスは「なるほどね」と言いながらナマエの真似をし、ちょうちん飾りを完成させた。


「……なにか違う気がする」
『あってるあってる。初めてにしては上出来だよ』


 太さも長さもまちまちな切れ込みが入ったちょうちんを見て、ナマエはリーマスが細かい作業が苦手なことを思い出した。魔法薬学の授業中に、材料を刻むのに苦労をしているリーマスを手伝ったことが何度かある。バラバラの大きさのトカゲの尻尾を見るように渋い顔をし、「もう1回」と言って新しい折り紙をとった。

 1時間後には、ナマエが持ってきた折り紙のほとんどが飾りに変わった。不恰好なものから魔法をかけて動くようにしたものまで、たくさんの飾りが机の上に並んでいる。最後にナマエは、短冊用に取っておいた折り紙をちょうどいい大きさに切って、2人で分けた。


『願い事はそうだな……リーマスと恋人になれますように、なんてね』


 冗談めかして言ってみるが、リーマスからの返答はなかった。短冊を手に持ち、うつむき加減で悲しそうに微笑んでいる。

 リーマスはいつもこんな反応をする。嫌なら拒絶してくれればいいのに、リーマスはそうしない。前に告白をしたときは「自分はふさわしくないから」と言われた。もちろんそんな理由で納得ができるわけもなく、ナマエはこうしていまだにリーマスに付きまとっている。
 そしてリーマスは申し訳なさそうにすることはあっても嫌そうにすることはない。

 さっきだってそうだ。作り方を教える過程でリーマスの手に触れることが何度かあったが、避けられることはなかった。ナマエのうぬぼれでなければ、リーマスもナマエと同じようにドキドキしていたと思う。困らせるつもりはないが、こんな状態で諦めたくもなかった。


『織姫と彦星は1年に1回しか会えないんだよ』


 だからさ、と言いながらナマエはリーマスの手に自分の手を重ねた。


『1ヶ月に1回会えないことくらいどうってことないと思うの』
「……そういう問題じゃないよ」
『そういう問題だよ』


 リーマスが定期的に体調不良になる理由の見当はついている。そしておそらくリーマスはナマエが秘密に気づいていることに気づいている。それでもお互いにその問題についてちゃんと話したことはなかった。


『ジェームズとかもさ、リーマスの病気のことを知ってるんでしょう?』
「……そうだね」
『それでも親友でしょう?』
「うん」
『親友は作れて恋人は作れない病気じゃないと思うんだけどな』


 あくまでも“病気”という体でナマエは話を進めた。


『それにさ、会えない期間があったほうが案外長続きするかもよ?ほらよく言うじゃない。障害があるほど恋は燃え上がるって』
「ジェームズが好きそうな言葉だね」


 リリーに当たって砕けてを繰り返している親友のことを思い出したのか、リーマスが小さくふきだした。そこに先程までの暗い表情は見られない。


「じゃあさ」


 リーマスは悪戯っぽい笑みを浮かべて、ナマエの手を握り返した。


「明後日から2ヶ月会えなくなるのはいいことなのかな」
『あ。そうだった』


 もうすぐ夏休みだ。ホグワーツ特急に乗ってしまえば、次に会えるのは9月1日になる。
 この状態で2ヶ月も会えなくなるのはつらい。ナマエは急いで短冊を引き寄せ、“夏休みが早く終わりますように”と書いた。そんなナマエを横目に見ながら、リーマスも短冊に手を伸ばした。


『なんて書いたの?』
「教えない」
『えー、ずるい。見せてよ』
「見られたら叶わなくなっちゃうんだよ」
『え、そうなの!?――ってリーマスは七夕のこと知らなかったんだから知ってるわけないじゃない!』
「ははっ、どうかな」


 リーマスは笑ってごまかし、短冊をポケットに入れてしまった。


「笹、探しに行こうか」
『はぐらかした!』
「でもこのままじゃ飾れないだろう?」
『そうだけど……具合はもういいの?』
「笹を取りに行くことくらいはできるよ」


 だから行こうと言ってリーマスはナマエの手を引いた。もう叶ってるからいいんだ、と聞こえた気がした。
七夕 Fin.
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