短編 | ナノ 怪我の功名
スネイプ
 月曜日の昼下がり。バーンというドアが開く音で、地下牢教室内の空気は一変する。おしゃべりをしていた生徒の声がやみ、教科書を準備していなかった生徒が慌てて鞄をあさる。
 教師の登場とともにピリッとした空気になるのは、マクゴナガルが指導する変身術のクラスと、この魔法薬学のクラスだけだ。スネイプはマントをなびかせながらツカツカと教壇まで歩き、ジロリと教室内にねちっこい視線を走らせた。


「先週の宿題を返却する」


 来た――と誰もが身構えた。スネイプは宿題を出して生徒の自由時間を奪うのが楽しみの1つだとでもいわんばかりに、毎週毎週、時間のかかるレポートの宿題を出していた。そして、毎週毎週、授業の始めに返却する。もちろん、とびっきりの嫌味つきで、だ。
 いつものようにスネイプが羊皮紙の束片手に教室内を歩き始めると、大半の生徒が防御体勢に入る。今日のターゲットに自分が選ばれぬよう、少しでもスネイプの視界に入らないように身を縮め、息を殺す。


「我輩は再三に渡りレポートの基本的な書き方を諸君に享受してきたしかしどうやら諸君の頭は我輩の言葉を理解するようにはできていないようだ」


 スネイプは息継ぎをする間も惜しいのかと思えるほどのスピードでまくし立てた。


「レポートとはなんだ?Mr.ロングボトム」
「ひっ」


 突然話を振られたネビルは、喉の奥から空気が抜けるような悲鳴をあげた。


「“解毒剤は便利だから持ち歩いたほうがいい”――我輩は君の個人的な感想を求めているのではない。加えてこの7行目にある“妖怪液”……新種の薬ですかな?ぜひ我輩も目にしてみたいものだ。スペルミスではなく実在するのであればの話ですがな」


 教室内にクスクスと忍び笑いが広がった。スリザリン側のテーブルでは、手を叩いて大げさにバカにする生徒もいた。


「笑っている場合ではないぞポッター、君の頭と同様このレポートは中身が空っぽだ」
「えーと……参考にできるものが教科書しかなくて」
「教科書を読んでいたとは気づきませんでしたな。あまりに理解に乏しい。ウィーズリー、君のレポートは実に読みやすかったですぞ。さすが教科書を丸写ししたレポートは違いますな」
「でも先生、先週宿題で出されたものはまだ授業で習っていないものでした。図書館にもあまりない本なので、借りられなかった人は教科書を参考にするしかないと思います」


 私は何度も図書館に見に行ったから分かります、とハーマイオニーが手を上げて言った。ハーマイオニーが言うなら間違いないと、ロンもハリーも自分は悪くないと言わんばかりに何度も頷いた。


「では君達3人はこれからは全員教科書を丸写しして来たまえ。読まずに採点できるから楽で助かる」


 フンと鼻を鳴らしてスネイプは4人がいるテーブルを通り過ぎ、グリフィンドール列を回りながらくどくどと嫌味を言い続けた。


「それに引き換え――」


 教室の端まで歩いたスネイプが、くるりと向きを変えた。グリフィンドールに返却し終え、次はスリザリンへの返却だ。この流れもいつも通りのため、大多数の生徒は次に声を掛けられるであろう生徒へと目を向けた。


「ミョウジのレポートはよく出来ている」


 最高評価の印が書かれたレポートを、ナマエは嬉しそうに受け取った。スネイプは他のスリザリンの生徒に返却しながらも、ナマエのレポートについて話し続けた。


「同じ学年の生徒が書いたとは思えない出来の差だ。正確に項目ごとに無駄なく書かれている。長ければ長いと良いと勘違いしている誰かのように無駄な知識をひけらかすことも無い」


 “誰か”が誰を指すのか、全員が理解できた。遠まわしに馬鹿にされたハーマイオニーは、怒りと恥ずかしさで真っ赤になって俯いた。


「諸君らがミョウジのようなレポートを書けるようになるとは微塵も期待はしていないが、次回は我輩に苦痛を与えない程度のものが揃うことを願おう。自信がないものは教科書を丸写ししてきたまえD(どん底)の成績は保障して差し上げよう。では教科書234ページを開きたまえ」


 教室内を一周し終えたスネイプがコツコツと黒板を杖で叩くと、びっしりと書かれた調合の手順が一瞬で現われた。「材料は――」という声と共に、卓上に材料が並べられる。


「以上だ。始め」


 スネイプの合図で、生徒達が一斉に材料を取りに席を立つ。必ずといっていいほどスリザリンのテーブルに近い位置に良い材料が置かれるため、材料が置かれた机は毎回混雑する。ナマエも少しでも良い魔法薬が作れるよう、人垣の隙間から材料を吟味し、必死に手を伸ばした。


「贔屓されてるからって調子に乗るなよ」
「他のことは何ひとつつまともにできないグズのくせに」


 突然聞こえた2つの声の主によって、ナマエの手は阻まれた。ローブの裾を踏まれ、腕を捕まれ、身動きができないうちに狙っていた材料が掠め取られる。ナマエはすぐに振り返ったが、相手の姿を確認することはできなかった。

(これだからグリフィンドールは嫌いなのよ)

 スリザリン顔負けの卑劣な手段ではあるが、ポイントを稼ぐナマエを邪魔者扱いするようなスリザリン生はいない。実力で勝負をしようとせず、力ずくで相手の邪魔をしようとしたグリフィンドール生にナマエは腹を立てた。

(――っと、いけない。授業中だった)

 相手を見つけて呪いのひとつでもかけてやろうと思ったが、ナマエは教室内に充満し始めた湯気を見て今が何の時間かを思い出した。このクラスには学年で最も優秀なハーマイオニー・グレンジャーがいるのだ。余計なことを考えている暇はない。

 ナマエは残りものの材料からマシなものを見繕って自分のテーブルに戻り、手早く鍋を火にかけた。曲がった茎やしなびた無花果は扱いにくかったが、材料として使えないものではない。ナマエは鍋が沸騰するまでの間を使い、いつもより慎重に、時間をかけて材料を刻んだり潰したりしていった。


「おっと失礼〜」


 半分ほどの材料を鍋に入れ終わり、湯気の色が白から銀鼠色へと微妙な変化を遂げたとき、トンと軽く背中を押された。調合に失敗した生徒が新しい材料を取りに行き始める時間帯ではあるし、ナマエの席は前の方のために混みやすい。そのため気にも留めていなかったのだが、押されせいでわずかな時間鍋から目が離れた隙に、湯気の色が緑色になっていた。


『うそっ』
「どうしたの?うわー、すごい色!」
「自分の寮の色を自在に作れるだなんて、さすがスリザリンの秀才さんは違うわね」


 クスクスと笑いながら鼻につく言い方をする2人が、先ほどの2人と同じ声をしているなどということに気づけるほどの余裕はナマエになかった。


『何覗き込んでるの!』


 ドンっと、ナマエは力任せに2人組を突き飛ばした。


「痛っぁ!何するのよ!」
「うずくまっちゃって、自分が突き飛ばされた側を演じようったってそうは――」


 尻餅をついた2人は、立ち上がってすぐに自分達の過ちに気づいた。鍋を溶かして流れ出た緑色の液体がテーブルを伝い、角から床へと滴り落ちている。そして、左腕を押さえてうずくまったナマエの手からは、シューシューという音と緑色の煙が出ていた。

 同じテーブルで作業をしていたスリザリンの生徒が悲鳴をあげ、教室は騒然となった。いつも通りハリーの作業を見ながらネチネチと嫌味を言っていたスネイプもすぐに騒ぎに気づき、静かにするよう怒鳴りながらナマエの元へ駆けつけた。


「これは――」


 スネイプは一目見ただけで状況を把握した。しゃがんでナマエに「立てるか?」と声をかけ、頷くのを確認するとサッと立ち上がった。


「全員火を消せ、今すぐだ!これから我輩が戻ってくるまで何にも触れるな――ミョウジの鍋にもだ。何か不審な点があればすぐにわかる、例えば鍋に混入した何かが今まで誰の手にあったのかも、全てな」


 今までになく低く冷たい声だった。抜け目無く動いた目は、既に犯人である2人の生徒を捕らえていた。青ざめて声を失っている2人だけではなく、教室にいる誰もがゴーストの中を通り過ぎたかのように、背筋が凍る思いをしてナマエに付き添って教室から出て行くスネイプの後姿を見送った。


 医務室までナマエを連れて行ったスネイプは、マダム・ポンフリーに応急処置を任せてすぐに教室に戻った。魔法薬による怪我は専門家が見たほうがいいという見解をマダム・ポンフリーが出したため、スネイプは授業終了を告げるたびに再び地下牢教室へ行く必要があったからだ。10分後には、小瓶を片手にスネイプが戻ってきた。


『すみません……』


 授業を中断させてしまったことと何度も地下と医務室を往復させてしまったことに対して、ナマエは申し訳なさそうに謝った。


「それは君が言う台詞ではない」


 スネイプはぶっきらぼうに言った。それから持ってきた薬をナマエの手に塗った。マダム・ポンフリーの処置のおかげで、火傷による傷はほぼ完治していた。それでも赤く腫れあがった手に乗せられたスライム上の水薬はひんやりとして気持ちがよく、痛みは徐々に引いていった。


「話は聞いた。謝罪するべき者たちにはすでに罰則を言い渡してある」


 水薬をふき取り、すっかり腫れが引いた手に軟膏を塗りながらスネイプは続けた。


「なぜやつらを庇い立てした?借りを作るつもりだったのであればやり方が間違えていると言わざるをえませんな。こんなことでやつらは恩を感じたりはしない。グリフィンドールの連中はそういう連中だ」
『グリフィンドールだって気づいてなくて。つい、とっさに』
「フン、放っておけばやつらは怪我をしたうえに授業中にふざけていた罰も受けることになっていたであろうに……実に惜しいことをした」
『先生がそんなことを言っちゃうんですか?』
「自業自得なのだ、同情の余地はあるまい」


 いつになく感情的になっているスネイプを見て、ナマエはちょっとした親近感が湧いた。


『スネイプ教授ってグリフィンドール嫌いですか?』
「無論」
『どうしてですか?あ、スリザリンだからってのは無しで。何か個人的な恨みでもあるんですか?』
「大いにある。今も昔もやつらは傲慢で卑劣だ――成績のよさを妬まれ授業妨害をされた身の君ならよくわかるであろう」
『妬みが原因だったんですか?』
「さよう。君が失敗しているところをあざ笑うつもりであったのだろう。鍋を爆発させて怪我を負わせる度胸まではなかったようだが――痛みは?」
『まだ、少し』


 本当はもうほとんど痛みは引いていた。ピリピリと痺れるような間隔が残っているだけだ。完治したわけではないので嘘をついているわけではない。

 ナマエはそう思っていたが、スネイプが眉間に皺をよせて薬を疑わしげに見始めたので、ナマエは慌てて『ほんの少しです!』とつけ加えた。十中八九スネイプが作ったであろう薬だ。不完全な薬であった可能性があるとは思わせたくなかった。


「では」


 スネイプは何かを理解したかのように、片眉を上げた。


「痛みが再発したら言いたまえ。経過観察の為に我輩もしばらくはここにいる」


 事務的な言葉ではあるがいつもとは違う温かみのある口調でスネイプは言い、傍のイスに腰掛けた。ポンポンと2度大きな手のひらをナマエの頭に乗せて。

(あれ?ホントに痛いかも)

 なぜか、ナマエは手ではない部分に傷みを感じ始めていた。
怪我の功名 Fin.

[ふうり様キリ番リク]
・成績優秀な主人公をねたんだ他の寮の生徒が魔法薬学の授業中にわざとぶつかるふりをした瞬間に材料ではない素材を主人公の鍋に入れる
・とっさに危険を察知した主人公はぶつかってきた子を庇いケガをする
・主人公を優しく介抱してくれるスネイプ先生
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