短編 | ナノ 先手必勝
スネイプ
 学年末パーティが終わり、夏休みが始まって2週間ほど経った頃。何の前触れもなくスネイプの研究室のドアが開いた。


『なんで魔法薬学の教授をやってるのよ』


 闇の魔術に対する防衛術はどうしたと、腰に手を当てるかつての同寮生は、スネイプ顔負けの皺を眉間に刻んだ。


「我輩は防衛術を教えていると言った覚えはない」
『前に手紙で“防衛術に応募する”って言ってたじゃない』
「いつの話だ」


 呆れたように首を振り、スネイプは突然の来訪者によって止まっていた作業を再開した。久しぶりに顔をあわせたと思ったらこれだ。学生時代から無遠慮なところは変わらない。


『ちょっと。可愛い後輩がわざわざ訪ねて来たっていうのに、無視ですかー?』
「一応後輩としての自覚はあるようですな」


 およそ先輩に対する口の聞き方とは思えないと遠まわしに揶揄すると、ナマエはムスッとしながら許可も取らずにソファに腰を下ろした。


『よりによって、ルーピンだなんて……』


 ため息混じりに呟かれた言葉に、今度はスネイプが眉間に皺を寄せる番だった。確かに、夏休みが終われば、闇の魔術に対する防衛術の教師の座にはリーマス・ルーピンが就く。だが、それはまだ公表されていないものであり、知っているのはホグワーツの教職員のみだ。というより、正式決定はされていないはずだ。

 動揺していることを悟られないよう、スネイプは羊皮紙に目を落とすが、目が文字の上を泳ぐだけで、ちっとも頭に入ってこない。チラリと横目でナマエを見れば、眉間の皺を親指で揉んでいた。


「なぜ君がそれを?」
『さっき校長が、教えてくださったのよ。うううぅ……ルーピンの元で1年も過ごすなんて地獄だわ……』
「1年?話が見えん。どういうことだ」
『だから、助教授として働くのよ。言ってなかったっけ?』
「な……っ」


 今度こそ作業どころじゃなかった。羊皮紙を机に叩きつけ、スネイプは立ち上がった。弾みで机の上に並べてあったサンプルの資料がハラハラと舞って床に落ちた。

 冗談じゃない。“よりによって、ルーピン”はこちらのセリフだと、スネイプは思った。ただでさえナマエが自分以外の誰かの助手になるだなんて考えたくもないのに、科目が闇の魔術に対する防衛術で、担当教師がルーピンだなんて。何を言われるか、何をされるか考えただけで、怒りで頭が沸騰しそうだ。


「今すぐ辞表を提出して来い!」
『ええっ!嫌よ、せっかく念願のホグワーツに来れたのに!』
「ルーピンだぞ!?あの狼人間と1年も共に過ごす気つもりか!」
『そういう言い方やめてよっ』
「事実であろう!いったい何を考えている!」


 スネイプがナマエに掴みかからんばかりの勢いで怒鳴っていたところへ、コンコン、とノックの音が響いた。舌打ちをしたスネイプがナマエから離れ、何の用かと尋ねれば、今最も聞きたくない声が聞こえてきた。


「セブルス、ここにナマエが――ああ、やっぱりいた」


 許可してもいないのに、応答があったことを承諾ととり、ルーピンが中に入ってきた。あからさまに嫌そうにしているナマエをソファに見つけ、人当たりの良い笑みを浮かべている。


「早めに挨拶をと思ったんだけど、私室にいなかったから。校長に聞いたらここじゃないかと言われてね。ナマエはセブルスの後輩なんだって?」
『はい、そうです』
「私はセブルスとは同い年でね。もっとも寮は違ったけど――R・J・ルーピンだ。よろしく」


 ルーピンは勝手にずかずかと中に入ってきて、聞いてもいないのにベラベラとしゃべり続け、ナマエに右手を差し出し握手を求めていた。ナマエは口元が引きつってはいたが、社会人として、社交辞令として、これから世話になる教師を無視するわけにもいかず、『よろしくおねがいします』と応えた。


「さっそくだけど、授業計画について話し合いたいんだ。いいかな?」
「ルーピン、貴様、まだ正式に採用も決まっていないというのに何様のつもりだ」
「ああ、その件だけど、ついさっき決まったんだ。体調不良のときにサポートしてくれる助手も見つかったし――こんなきれいな女性で嬉しいな。じゃあ、行こうか」
「ルーピン!」
「なんだい?急ぎじゃないなら後にしてくれるかな。ダンブルドアに急ぐよう言われているんだ」


 握手した状態のままだったルーピンは、そのままナマエの手を引いた。わざとスネイプに聞こえるようにナマエを褒めながらルーピンが出て行ったドアを、スネイプは力任せに閉めた。


* * *

 確かに、ナマエはきれいになった気がする。以前からスリザリンのくせに人懐っこい笑顔が可愛いとは思っていたが、いつの間にか大人の色香を漂わせるようになっている。長い睫毛も、ふっくらとした唇も、柔らかな体の線も、スネイプを追い掛け回していた頃とは違う。

 会うことがなかった数年間、いったい彼女は何をしていたのだろうか。幾度か交わした手紙には、ハンターもどきのことをやっていたり、記者としてイギリス中を飛び回ったり、相変わらず落ち着きのない生活をしていたことが書かれていた。

 突然ホグワーツに就職だなんて、どんな風の吹き回しだ。いったい何をやっているのだろう――。そんなことを考えながら、そわそわと何も手につかないまま過ごすこと数時間。ナマエは帰ってきた。


『ただいまー』
「ここは君の部屋ではないはずだが?」
『そうね。セブルスの部屋ね』
「では――」
『いいじゃない。ちょっとくらいいさせてよ』


 よほどルーピンと馬が合わなかったのか、昼間の元気はどこへやら、ナマエはぐったりとソファに倒れこんだ。


「だから言ったのだ。ルーピンの助手など狂気の沙汰だ」
『セブが担当だと思ったんですー』
「ちゃんと調べてから行動したまえ」


 軽率な行動に甚だ呆れつつも、スネイプの助手になりたくてホグワーツに来たかと思うと、自然と頬が緩んでしまう。夜も仕事にはなりそうもないとスネイプは早々に諦めをつけ、机の上を片付けてナマエのいるソファに移動した。

 紅茶を準備し、カップを渡すものの、ナマエは受け取らずにスネイプに寄りかかってきた。肩に加わったわずかな重みに、スネイプは大きく息を吐いた。


「ずいぶんとしおらしいことですな」
『そりゃね。さすがにこの年になればキャーキャー騒いでセブルスに抱きついたりなんかしないわよ』
「昼間に会ったときは騒いでいたであろう」
『あれはまあ……あ、もしかしてあっちのほうがよかった?それなら抱きついてもいいけど』
「誰もそんなことは言っていない」
『じゃあ抱きしめて?』
「……」


 場慣れした風な言い方にひっかかりを感じながらも、スネイプはナマエの肩に腕を回した。そのまま髪を梳いてやると、意外だったのか、驚いた表情を見せ、それから嬉しそうに笑ってスネイプに寄り添った。


『セブルスが魔法薬学担当だって知ってたら、魔法薬学の方に応募したのにな』
「我輩は助手を雇っていない」
『ダンブルドアが決めることよ。あーあ、これから1年間毎日ルーピンと暮らさなきゃいけないなんて……』
「暮らす?さすがに部屋は別々なのであろう?」
『そうだけど……隣だから、何かあったらすぐに呼び出されるわ』


 どうして自分がこんなに悩まなければならないのだと思いつつも、がっくりと肩を落とすナマエを見て、スネイプはどうにかしなければと思った。なにせ相手はあの何を考えているかわからないルーピンだ。しかも人狼。何かがあってからでは遅い。


「ならば自分の部屋にいなければよい」


 スネイプは、含みのある声で告げた。ナマエが身構えて顔を上げると、スネイプがこれまた含みのある表情で眉を上げていた。いつの間にこんな冗談を言う人になったのだと思っていたナマエに、突然スネイプが口付けを落とした。


『……せ、セブルス?』


 ナマエは何のつもりだと目で訴えたが、スネイプは「で?」と短く答えを促した。スネイプの部屋で寝泊りしろと言うことなのだと気づくのに、そう時間はかからなかった。


『公私混同はよくないでしょう』
「ルーピンが既にしている。人狼に食われるのと我輩に食われるのと、どちらがいい」
『そりゃセブだけど……って、その選択肢おかしいわよね?』
「どこがだね?」
『ぜん――っ』


 スネイプはナマエの睨みもまったく意に介さず、口角をわずかに上げてナマエの唇を塞いだ。唇から頬、耳、首筋と、徐々に位置を変え、身をよじって逃げようとするナマエの後頭部と腰を掴んで引き寄せ、そのままソファに押し倒した。


『え、うそ、本気!?』
「我輩が冗談を言うとでも?」
『思わないけど!』
「君は我輩のことが好きなのではありませんでしたかな?」
『そうだけど!そうだけどもっ!』
「ルーピンが手出しできぬよう、先手を打ってやる」


 フッと鼻で笑ったかと思うと、スネイプはナマエに覆いかぶさって噛み付くように首筋に紅い跡をつけていった。
先手必勝 Fin.
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