短編 | ナノ 蛙の子は蛙
ルーピン
 ハリーが守護霊を呼び出したいと言い始めたのは去年の12月。クリスマス休暇が空けていざ始めようとしたところ、ナマエがついてきた。なぜ?という疑問はすぐに消えた。『ハリー頑張って!』と応援するナマエを見るハリーの表情は、リリーを見るときのジェームズと同じだった。

(リリーの目でその表情っていうのも新鮮で面白いな)

 リーマスはハリーを微笑ましく思いながら、ボガートを閉じ込めておいた大きなトランクを引っ張り出した。


「ハリー、本当にやる気なんだね?これは高度な魔法だよ。普通レベルのOWL資格をはるかに超えているんだ」
「本気です!」


 力強く答えたハリーがナマエの方を見る。いいところを見せたい、といったところだろう。あの年頃の子たちにはよくあることだ。ジェームズもリリーの気を引こうと、自分の魔法の能力をよく見せびらかしていた。

(もっとも、効果があったとは言いがたいけどね)

 限度をしらないジェームズはいつもリリーに怒られていた。はりきりすぎて空回りする姿は、我が友ながら哀れだった。
 ハリーの選択も、あまり賢いものとは思えない。見事守護霊を出し、ディメンターを退治すればかっこいいかもしれないが、守護霊の呪文はそう簡単に成功するものではない。それまでの過程で、ボガート相手に気絶する姿を何度も見せることになるだろう。

(ナマエの気を引く口実としてできるほど、この練習は甘くはないんだよ)

「一度やってみよう」


 ひと通り説明をしてボガートを閉じ込めていたトランクを開く。ハリーの杖から銀色の煙が出たが、盾にするには程遠く、案の定ハリーはその場でバタンと倒れた。


『ハリー!』
「待って、まだ来ちゃダメだ」
『え?――っきゃあああ!!』
「ナマエ!」


 ハリーに駆け寄ったナマエにターゲットを変更したボガートは強烈な閃光を放った。同時にゴロゴロと大きな音を立て、爆発が起きたかのようだった。
 悲鳴をあげるナマエを庇うように腕に抱き、リーマスが「リディクラス!」と唱えると、満月に変身したボガートは風船になってトランクの中に戻った。


「大丈夫?」
『はい。ありがとうございます』
「ナマエは雷が怖いんだ?」
『そうなんです。でも、物や人じゃないからどう姿を変えさせたらいいのかわからなくて』
「それで授業ではいつも後ろのほうに並ぶんだね」
『すみません……』
「謝ることはないよ。誰だって恐怖に打ち勝つのは難しい――相手が自然ならなおさらね」
『本物の雷もリディクラスできればいいのに』
「はは、雷を消す魔法か……考えたこともなかったな。雷を怖くなくする方法ならいくつか知っているけど……」
『え!本当ですか!?』
「次に嵐が来たら、私のところにおいで。いくつか試してみよう」
『はい!――あ、そうだ。ハリー!大丈夫!?』


 リーマスの腕を抜け出してハリーの元へ駆け寄るナマエを見て、リーマスは眉を下げて息を吐いた。
 ボガートから守るためとはいえ、抱きしめられてなんとも思わないのだろうか。以前から鈍感だとは思っていたが、まさかここまでとは驚きだ。きっとハリーの意図にもまったく気づいていないのだろう。ハリーはやはり、ジェームズの息子だ。見事なまでに空回りしている。

(人のこと言える立場じゃないか)

 親友の息子と同じ年齢の生徒を相手に何を……とは思うが、こればかりはどうしようもない。それに、年齢差など、種族の差に比べたらなんてことはない。それが越えられない壁であることはわかっている。
 それでも誰かの手に渡ることは避けたい。これでは父親みたいだと思いながら、リーマスはポケットからチョコレートを取り出しハリーに近づいた。

* * *

「食べるといい。元気になる」


 笑顔で励ますルーピンからチョコレートを受け取り、ハリーはうつむき加減で頬張った。心配そうに覗き込むナマエに、「大丈夫だよ」と力なく答える。


「最初からできるとは思っていない」
「先にそう言っておいてくれればいいのに」


 ハリーは膨れる顔をチョコレートを口いっぱいに詰め込むことでごまかした。もともと一発でディメンターを退治できるようになるとは思っていなかったが、盾を作ることすら出来ず、気絶をする羽目になるとは思わなかった。

 自分が“ハリー・ポッター”であることで、過信していた部分があったことも事実だ。だが、ルーピンが一言言っておいてくれれば、初日からナマエを連れてくることはなかった。
 もっとちゃんとパトローナスの形が出来上がるよう練習してからトランクを開けてくれれば、ナマエの目の前で気絶しなくてもすんだかもしれない。

(いきなりなんて、無茶苦茶だよ)

 わざとそうしたんじゃないかと、ハリーはチョコレートを飲み込むついでにルーピンを盗み見た。
 ルーピンがナマエに対して特別な感情を抱いていることは見ていれば分かる。ルーピン先生は誰にでも優しいからと、他の誰も信じてくれないが、ハリーには確信があった。

(でも、ルーピンは“先生”なんだ)

 親子ほどの年の差だ。それに、立場があ違う。そこんところを、ちゃんとわきまえてほしい。

(ナマエにもチョコレートをあげる必要はないじゃないか)

 ルーピンは「ハリーの応援に来てくれたお礼に」と言ってナマエにサイコロ大の包みをいくつかあげていた。ハリーにくれた板チョコとは明らかに違うのに、ナマエは「ついで」という言葉を信じているようだった。笑顔で受け取り、ピンクとオレンジのストライプの包み紙を空け、おいしそうに頬張っている。

(餌付けなんて大人気ない)

 少し上がったナマエの頬は健康的な赤みを帯び、とてもかわいらしい。そんなナマエを目を細めて見るルーピンの顔が、疑似餌をチラつかせて獲物を狙う獣のように見える。


『これおいしいですね!』
「そう?よかった。また買ってくるよ」
『近くで手に入るんですか?』
「ハニーデュークス店。奥にチョコレートコーナーがあるんだ」
『へぇ!知らなかったです!』
「面白みがないから生徒には人気がないんだろうね。今度一緒に買いに――」
「ルーピン先生、もう大丈夫です。もう1回やります」


 ナマエと一緒にいる口実を作るために、そしてルーピンに見せ付けるためにナマエを連れて来たというのに、これでは逆効果だ。2人の会話を断ち切り、ハリーは杖を手に立ち上がった。チラッとハリーに向けられたルーピンの視線が授業時に見せる優しい眼とは違ったことをハリーは見逃さなかった。


「参考までに聞くけど、さっきは何を思い浮かべたんだい?」
「初めて箒に乗ったときの思い出」
「想いの強さが十分ではなかったんだ」
「じゃあもっと強い想い出を……」


 ゆらめくろうそくの炎を指でいじりながら、ハリーは考える。このまま黙って引き下がるわけにはいかない。なんたって自分はあの有名な“生き残った男の子”なのであり、最年少クディッチシーカーなのだから。


「先生、思い出はこれから作ってもいいですか?」
「……いいんじゃないかな」


 ハリーが考えていることがわかったのか、ルーピンの顔が一瞬こわばった。ルーピンが何か言い出す前にと、ハリーは「お願いがあるんだ」とナマエの肩を掴んだ。


「ナマエ、あのさ……つ、付き合ってくれない?」
『いいけど、どこに?』
「えっ、あ……その……ホグズミード、とか?」
「ハリー、君はホグズミードに行けないだろう」
『そうだよ。パトローナス習得のために手伝いたいのは山々なんだけど……お土産買ってくるね』
「じゃあさっきのチョコレート、一緒に買いにいくかい?」
『あ、それいいですね!』
「絶対ダメ!」


 思わず口をついて言葉が出てしまった。ルーピンが笑顔でこちらを見ている。
 微笑が嘲笑に見えるから不思議だ。それに、なぜかスネイプと同じ威圧感が漂っている。いったいどんな魔法を使ったらあんな不気味な笑顔ができるのだろうか。


「ひとまず今日のところはこれまでにしよう」
「……はい」


 強い思いがないのではパトローナスは完成しないのであれば仕方がない。ストレートに付き合ってほしいとまで言ったのに通じなかった今、これ以上ルーピンの前で醜態を晒すのは生き地獄だ。ハリーは渋々、いつの間にかナマエ争奪戦へと発展した課外授業の1日目を終えた。


* * *

 ハリーとルーピン先生の様子がおかしい、互いに相手の出方を窺ってい牽制しあい、周囲に不穏な空気が流れている。と、ハーマイオニーは言った。


『2人ともどうしたんだろうね?何かあったのかな?』
「何って、あなたどこまで鈍いのよ……」
『え?ハーマイオニーは知ってるの?』
「ナマエの話を聞いて推測しただけよ。でもまさか、本当にルーピン先生がね……」


 どういうことなのかとハーマイオニーに詰め寄るが、「自分で聞いてきなさい」と追い出されてしまった。

(雷克服法のこともあるし、ちょうどいっか)

 ついでにハリーと何があったのか聞いてみようと思い、ナマエは防衛術の教室へ向かった。


「ナマエ!」


 教室のドアを開けたそのとき、後方から名前を呼ばれる。振り返るとハリーが息を切らして走ってきて、ナマエの腕をつかんだ。


『どうしたのハリー。もしかしてこれから守護霊の練習?』
「ううん。ナマエの姿が見えたから追いかけてきたんだ。ねえ……ナマエは僕のものだよね?」
『え?』


 掴まれているハリーの手にぐっと力が込められたのがわかる。じっと見つめられ、腕を引かれる。半身が教室から廊下に出たとき、ハリーの腕を誰かが掴んだ。


「ハリー、ナマエは物じゃないよ」


 落ち着いた声でハリーとナマエを引き剥がしたのは、この教室の主だった。


「……こんにちは、ルーピン先生」
「こんにちは、ハリー。守護霊の呪文の練習は明後日だったと思うけど?」
「練習がなければ僕はここに来ちゃいけないんですか?」
「そんなことないさ。ただ、どうしたのかなあと思って」
「ですよね。僕がホグワーツのどこにいようと僕の勝手ですよね」
「とりあえず手を離したらどうかな?」
「先生こそ」
「はは、君は本当にジェームズそっくりだ」
「……どういう意味ですか?」
「さあ。どういう意味だろうね」

(これがハーマイオニーが言っていた不穏な空気?)

 2人の周りにだけ雷雲が立ちこめているように見え、ナマエは身をすくめた。


「ナマエ、帰ろう」
「ナマエとは雷の克服法を教える約束をしていたんだ」
「先生はお忙しいでしょう?雷くらい僕に任せてください」
「私は“先生”だからね。教えるなら私のほうが適任だ」


 リーマスは強引にハリーとナマエを引き剥がし、防衛術の教室を横切って部屋まで引っ張った。


「ハリーのことなら気にすることはない。次に困ったことがあった時に、ハリーに相談してあげればいい」
『はい』
「じゃあ早速始めようか」
『はい!』


 リーマスは紅茶を2人分準備し、ナマエに座るようソファを勧めた。


「雷が怖い人は、たいてい嫌な思い出が尾を引いている場合が多いんだ」


 子どものころ嵐の日にひとりぼっちで留守番をさせられていたとか、嫌なことがあった日にたまたま雷がなっていたとか……と、リーマスは授業のように簡単な説明をしていった。
 羊皮紙も羽ペンも持ってきていないので、ナマエは暖かい紅茶を口に含みながら、必死に内容を頭に叩き込んでいく。


「だから、別の思い出を上書きするのが最も効果的だ。それが恐怖に勝れば、雷も楽しいものになるよ」
『そんな簡単なもんなんですか?』
「簡単ではないけど、やってみる価値はあると思うな」
『じゃあやります!』


 一言も聞き漏らすまいとリーマスを注視していたナマエは、リーマスの口角が上がったことに気づいた。ナマエと目が合ったリーマスは、席を移動し、ナマエの横に座りなおした。


「嵐が来ると、緊張してドキドキするだろう?」
『はい。いつ雷がなるんだろうって、ドキドキします』
「そのドキドキを、別のドキドキに変るんだ」
『例えば?』
「こんなのはどう?」


 リーマスはナマエが持っていたカップを奪い、空いた右手を握った。大きな手のひらから、じんわりと温もりが伝わってくる。


「どう?ドキドキする?」
『え、えっと』
「じゃあこれは?」


 コツンと額をぶつけられ、至近距離から優しい眼差しを向けられ、ナマエは顔に熱が集中するのを感じた。目を細めて、吐息がかかりそうな距離から「どうかな?」と聞かれる。


『あ、あの、ルーピン先生!?』
「ドキドキする?」
『し、します!』
「よかった」


 僕にもチャンスはありそうだねと独り言をいいながら、リーマスはナマエから離れた。手と額が、熱い。ドキドキも止まらない。


「続きはまた今度。雷が鳴ったときにやってみよう」
『もう、治ったかもしれません……』
「えっ、どうして」
『先生と続きができるって考えたら、雷がいつくるか、楽しみになりました……』


 ナマエの言葉を聞いて、リーマスは目を丸くした。唾を飲み込み、髪の毛をかきながら大きく息を吐く。


「男はすぐにその気にするからそういうことは簡単に口にしないほうがいいよ」
『大丈夫です』
「慣れていないことをされて、びっくりしているだけかもしれない」
『違います。ルーピン先生だからドキドキしたんです。ハリーの練習についてきたのも、ルーピン先生の課外授業だって聞いたからなんです』
「でもあの時は、私が抱きしめてもなんともなかっただろう?」
『すごくドキドキしてました!雷のこともあったけど、ドキドキしているのを聞かれたら困るなと思ってすぐに離れたんです』
「それはつまり、ナマエも私と同じ気持ちだと思ってもいいのかな?」
『同じ……?』
「好きなんだ、君のことが」


 意を決して思いを告げると、ナマエは頬を染めて小さな声で『同じです』と答えた。


「治療は続けようね。雷の音が聞こえなくなるくらい、耳元で“愛してる”って囁き続けてあげるよ」
『愛してるより好きがいいです』
「どうして?」
『“愛してる”だと、パパやママみたいというか……愛でられているっていう一方的な感じがするんだけど、“好き”なら対等な感じがするから……』
「好きじゃ全然足りないんだけどなあ」


 でもナマエがそう言うならそうするよ、と言ってリーマスは先ほど額をつけていた部分にチュッとキスを落とした。真っ赤になるナマエを見ながら、父親にそっくりなハリーの対処をどうするかリーマスは思考をめぐらせた。

 ジェームズなら、どんな手を使ってでも邪魔しにかかるだろう。それこそ相手が怪我をしようが心に傷を負おうがお構いなしに。よってたかってスネイプを虐めていた学生時代が思い出される。

(でもまあ、負ける気はしないけど)

 立場的にも年齢的にもリーマスのほうがハリーよりも上だ。ジェームズと同じような行動を取ると考えれば、対応策も練りやすい。

(聞こえるのに何もできないっていうのが一番堪えるだろうね)

 ハリーがそのまま素直に帰るとは思えない。ジェームズなら盗み聞きをし、隙あらば邪魔しに入ろうとするだろう。ドアに魔法をかけておいて正解だった。きっと今ごろ、ドアの向こうで地団駄を踏んでいるに違いない。

(悪いねジェームズ。君の息子には渡さないよ)

 リーマスは、ナマエを抱き寄せながらほくそ笑んだ。
蛙の子は蛙 Fin.

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詳細:黒ハリーvs教授リーマス・狼の勝ち
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