短編 | ナノ 落書き少女
クィレル
「せ、先週集めたレポートを、へ、返却します。ご、50点以下の生徒は補習です。ろろ、6時にこの部屋へ来てください」


 教壇に立つクィレルは、レポートを返却しながら補習に関する連絡事項をいくつか述べた。だが、生徒達の関心はもはやクィレルにはなかった。一刻も早くニンニクくさい教室から出ようと、カバンに教科書を詰め込み、チャイムが鳴るのを今か今かと待ち構えている。
 チャイムと同時に駆け出した生徒達は、新しく発見した城の仕掛けや週末に行われるクィディッチの試合のことを周りの友達とぺちゃくちゃしゃべりながら大広間へ向かった。


『ねえハンナ、何点だった?』


 厨房への行き方を上級生に教えてもらったとはしゃぐハンナ・アボットに、ナマエは羊皮紙を握り締めながら訪ねた。


「85よ。アーニーと同じ」
『いいなー。私45だったから補習なんだ』
「ナマエは授業中に絵ばっかり書いてるからよ」
「今回のレポートは教科書の内容と授業中のクィレル先生の話をまとめればよかっただけじゃない。教科書丸写しした私でも60だったわよ」


 三つ編みをいじりながら、スーザン・ボーンズが「補習するのってナマエくらいなんじゃない?」と自分のレポートを見せた。内容はほぼ教科書のままで、最後の一行に“以上のことから、クィレル先生のおっしゃるとおり、吸血鬼は危険だと思います”と添えられているだけのレポートに、合格の判子が押されている。自分が書いたレポートと大差ないように思えて、ナマエは『ずるい』と口を尖らせた。


「いいじゃない。ナマエはクィレル教授が好きなんでしょ?1対1で補習してもらえるチャンスじゃん」
「え?そうなの?初耳だわ」
『違うよ!別に好きとかそういうんじゃないよ!』


 真っ赤になって反論するナマエを見て、スーザンはニヤニヤしながらナマエを肘でつつく。


「うわさをすれば、よ」


 スーザンの指差す先には、スネイプと並んで大広間に入ってくるクィレルの姿があった。スネイプがクィレルに何か文句でも言ったのか、クィレルは目を泳がせながら指をせわしなく絡めている。


『クィレル先生って可愛いよね』


 スネイプから逃げるようにそそくさとテーブルについて食事を始めたクィレルを見て呟いたナマエの言葉に、ハンナとスーザンは瞬きをしながらお互いに顔を見合わせた。



『優しいし非力そうだし、闇の魔術に対する防衛術の先生っぽくないわ』
「可愛いかどうかは置いといて、頼りない感じはするわね」
「スネイプのほうがよっぽど闇って感じよね」
『でも、ミステリアスな感じが闇っぽくてよくない?』
「ま、まあ……」
「言いようによるとは思うけど……」


 強烈な匂いを発するターバンを頭に巻き、挙動不審で、終始どもっているクィレルは教師としては珍しい部類に入るだろう。それを“ミステリアス”と称すかどうかは人によるとは思うが……。普通は“変な人”呼ばわりされるんじゃないか?とハンナとスーザンは思った。


「ねえナマエ、補習に行ったついでにターバンの中に何を隠しているんですかって聞いてきてよ」
『えー、謎は謎のままがいいよ。自由に想像するのが楽しいんじゃない』
「ん、まあ、あなたの場合はそうかもしれないけれどね」


 いいから聞いてきて、と2人は押し切り、厨房への行き方の話へと戻った。

* * *

 次の防衛術の授業が終わった後、クィレルのターバンの中身について考えていたナマエは、廊下でクィレルに呼び止められた。


「み、Ms.ミョウジ、昨日の6時からほ、補習だと伝えていたのに、ど、どうして来なかったんですか?」
『え!?昨日でしたっけ!?』


 昨日の今頃はハンナとスーザンと一緒に厨房へ行き、沢山のお菓子を貰って遊んでいた。昼食時に話していたにも関わらず、補習のことなどこれっぽっちも頭になかった。

(というより、補習がいつだか知らなかったわ……)

 クィレルが補習について説明している間も、ナマエはノートに絵を書いて遊んでいた。ノートに大きく「6」という文字を書いた形跡はあるが、もはや「6」の字は頭から花を生やすクィレルの絵に変身している。


「あ、あなたはしっかりと話を聞いてくれていると思っていたんですがね」
『すみません……』
「私の話を聞いているのでないなら、い、いったい何をあんなに一生懸命ノートに取っているんです?」
『それは……』


 クィレルにノートを見せるよう言われ、ナマエは冷や汗を流した。
 手を伸ばすクィレルからノートを遠ざけるようにするナマエに、クィレルが不審な目つきを向ける。


『すすすすすみません!も、文字が変身術しまして……いや、まさか、き、昨日だとは!』
「い、いえ……いいんです。ど、どうせ私の話など誰も聞いていないのですから……」
『そ、そんなことないですよ!よ、よければ、今からお願いしてもいいでしょうか!』
「……あ、あなたがそう望むなら」
『も、もちろんです!お、お願いします!』


 廊下のど真ん中で繰り広げられる会話を見ていた生徒達に、クィレルが分身したようだと笑われていることも知らず、ナマエはくるりと向きを変えて教室へ逆戻りした。

* * *

『すみません、私1人のために改めてお時間とっていただいて』
「いえ、お気になさらずに」


 本来なら昨日全員まとめてやって終わるはずだったのに……と謝るナマエに、クィレルは心の中で「どうせ1人だったのだから」とつけ加えた。レポートを書く練習をさせるために出した宿題だったため、中身はほとんど読んでいない。ナマエのレポートに不合格の点をつけ、残りは適当に投げて、遠くまで飛んだ順に点数をつけた。

 要は、ナマエを呼び出す口実を作りたかったのだ。

 “背後をつけている者がいる”とヴォルデモートに警告を受けたのが2週間ほど前。すぐに犯人はわかった。あまり目立たない生徒だったため、知ったときは驚いたが、それから注意して見ていると、確かにしょっちゅうクィレルを見張っているようだ。


「あ、あなたは闇の魔術に興味があるのですか?」
『できが悪くてすみません……』
「い、いえ。責めているわけではありません。そ、その……熱心に授業を聞いてくれているので、も、もしかしたらと気になっただけです」
『どちらかというと、クィレル先生に興味が……』
「わ、私ですか?」
『はい。そのターバンの中には何が隠されているのかなとか、どうしてわざとどもるのかなとか』
「……」


 何気なく言ったナマエの答えを聞いて、クィレルは表情を変えた。口を横一文字に結び、すっと目を細めてナマエを見る。急に変わった部屋の空気に、ナマエはあせった。


『すみません!次から真面目に授業を聞きます!』
「……いつから気づいていた?」
『へ?』
「私のどもりがわざとだと」
『ターバンと会話しているのを見たときですかね?――あ、でも、直さなくていいと思いますよ!個性的で!もちろん普通のしゃべり方も素敵ですが』
「会話を、聞いたのですか?」
『はい。入学してすぐに偶然……会話の内容までは覚えていないですが』
「……」
『ターバンの中に何を飼っているかは言わないでいいですよ!答えを聞いちゃったら面白くないので!謎めいていた方が魅力的ですしね!』
「は、はぁ……」


 周りの目を欺くためにしていたことを、あっさりと見抜かれていたことを知らされ身構えていたクィレルは、ナマエの返答に肩透かしをくらった。
 普通はそこまでわかったら怪しむものではないのだろうか。何か小動物を飼っていると思い込んでいるナマエの思考回路の方がよっぽど謎だ。


『最初はイグアナちゃんの巣があるのかと思ったんですよ』
「そ、その子は雄です」
『あらま。じゃあ君は今日からイグアナくんですね』


 自分が命の危機にあったことなど知らず、ナマエは『性転換しちゃったね』とずれたことを言いながらイグアナを撫でている。心配事が杞憂に終わってしまい、クィレルは仕方なく補習――といっても教科書を読み合わせするだけだったが――をした。

 ナマエは、補習が終わってもなかなか帰ろうとしない。どうしたものかと考えたクィレルが、とりあえず……と無難な紅茶を入れると、ナマエは喜んでイスに座ってクィレルに話しかけ始めた。

 天気の話やホグワーツの食事についてなど、とりとめのない話を楽しそうに話すナマエを見ていると、今まで疑っていたのが嘘のように不思議とあたたかい気持ちになる。『また来ていいですか?』と帰り際に尋ねるナマエに、クィレルは驚きと喜びが入り混じった顔で「あなたが退屈じゃないなら」と返した。

* * *

 社交辞令かとクィレルは思ったが、実際にナマエは次の日も、その次の日もやってきた。最初のうちは、何かを企んでいるのではないかと邪推することもあったが、疑っても無駄だと気づくのにそう時間はかからなかった。
 ヴォルデモートは“ただのバカだ”と称しすぐに興味を失ったが、クィレルはそうは思っていなかった。イグアナに餌をあげたり、ナマエが厨房からもらってきたお菓子を食べたりしながら雑談をして過ごす放課後のひと時は、いつしかクィレルの憩いのひと時にもなっていた。


「それで、あ、あなたはいつも何を書いているのですか?」
『あ!』


 その日はクィレルがレポートを採点している横で、ナマエは一生懸命羽ペンを動かしていた。隙をついてクィレルが横から覗き込むと、そこには尻尾のある4本足の動物と、ターバンを頭に巻いた人物が沢山書かれていた。


「これは?」
『い、イグアナくんです……』
「ではこちらは?」
『……クィレル教授です』


 お世辞にも上手とはいえない絵に、クィレルは思わず吹き出した。おそらく授業中も一生懸命に羽ペンを動かし、絵を書いているのだろう。星図を書く天文学でもないのに、文字よりも絵の量の方が多いとはどういうことか。本来であればしかるところなのだろうが、所狭しと書き込まれた絵のほとんどが自分であるだけに、愛情を感じてしかるにしかれない。


「ほどほどにしてくださいね」


 苦笑いしながらクィレルがノートを返すと、ナマエは『はい!』と元気よく返事をしてノートを大事そうに両手で抱えて笑った。

* * *

「クィレル先生、最近ナマエの方ばっかり見てない?」
「絵ばっかり書いてるから目つけられたんじゃないの?」
『んー、そうかも』
「そうかもって……もうすこし焦ったら?」
『いいのっ』


 両脇に座るハンナとスーザンにため息をつかれながらも、ナマエは今日もまたせっせとクィレルの絵を書き続けた。


「よ、よくありませんよ、Ms.ミョウジ」


 会話を聞かれていたクィレルに指摘され、ナマエは羽ペンを動かす手を止めて照れ笑いをした。


「あとで私の部屋に来てください」
『はーい』


 呼び出しをくらってどうしてそんなに嬉しそうなんだと不思議がるハンナ達の横で、ナマエは今日は何のお菓子を持っていこうかなとワクワクしていた。

 クィレルが明るくなり、どもらなくなってきたといううわさが流れ始まるのはもう少し先の話だ。
落書き少女 Fin.
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