短編 | ナノ ピンクのモコモコ*
リドル
 夢見が悪く、ルシウスはベッドから体を起こした。なんの夢だったかは覚えていなかったが、汗ばむ体が良くない夢だったことを物語っている。水を飲もうと体を起こし、廊下に人の気配を感じて身構えた。

(こんな時間に?)

 わずかに廊下をひたひたと近づいてくる足音と衣擦れの音が聞こえる。まだ夜が明けていない時間なのにもかかわらず、家の主であるルシウスを約束もなしに尋ねるなど、普通であれば許されない無礼な行動だ。それが許されるただ1人の人物の訪問に備え、ルシウスは扉の前で肩膝をついた。


「ああ、ルシウス、起きていたのか」


 ノックもせずに開けたドアから、ヴォルデモートは蛇のようにするりと部屋の中に入り込んだ。


「なんの呪文をかけて起こしてやろうかと楽しみにしていたのだがな」
「……そのような無礼なことは私にはとても……我が君に仕える者として、あってはならないことでございます」


 指先で杖を弄んでいるヴォルデモートを見て、ルシウスは小さく身震いした。普段ならば絶対に寝ている時間だ。それをわざわざ見計らってきたというのか。もし起きていなかったら、と考えると恐ろしい。運よく起きていたことにほっとしたのもつかの間、なぜこんな時間に?という疑問がルシウスを襲った。


「そう身構えるなルシウス。何も俺様は寝込みを襲いに来たのではない」


 クツクツと喉の奥で笑いながら、ヴォルデモートはドアに背を預けた。どうやら機嫌がいいらしい。下手に聞き出そうとして機嫌を損ねられても困るため、ルシウスは何も言えずにただ指示を待った。

 秒針が時を刻む音がやけに遅く大きく感じ、1秒が1時間にも感じられる。ゴクリと唾を飲み込んだとき、重苦しい空気を蹴散らすような声が廊下から響いた。どこかでナマエが叫んでいるらしい。『ヴォルデモート卿!』という高い声と、パタパタという軽い足音が聞こえる。ルシウスが立ち上がるより早く、ヴォルデモートがドアを開けて廊下に出た。


「ルシウス……確かここにはしもべ妖精がいたな?」
「確かにドビーというしもべ妖精がおりますが、あれが何か?」


 まさか何か無礼を働いたのでは?とルシウスの背中に冷たいものが走る。


「俺様は今、1つ欲しいものがある」
「……私にお申し付けくだされば、我が君の前に、なんでも差し出して見せましょう」


 自分の命でさえなければ、とルシウスは心の中でつけ加えた。


「身の回りの世話をする者を探しているのだ」
「我が君、恐れながら……ドビーには少々問題がございまして……とても、我が君にお出しできるようなものでは……」
「そうか。では代わりにあれをもらっていく」


 まるで始めからそのつもりだったかのように、ヴォルデモートは口の端をあげ、青白い指を声のする方へ向けた。


「それは、」
『ヴォルデモート卿!ルシウス様はご就寝中だと申し上げたではないですか!勝手に上がられては困りますとあれほど――あ!やっぱりまた裸足のまま上がられていますね?』


 ルシウスが言葉を発するより早く、走ってきたナマエが到着した。手には燭台の他に、スリッパを持っている。しかも、ピンクのモコモコのやつだ。ルシウスは目にも止まらぬ速さでそれを奪い、背に隠した。


『あ。ルシウス様……申し訳ございません。一応止めたのですが……』
「よしなさい、ナマエ。我が君の前なのだ」


 ナマエは長年マルフォイ家に仕えているメイドだ。忠実で気立てがよく、なんでもそつなくこなす、ドビーとは比べ物にならないほど優秀な人材だ。しかし、ドビーとは別の意味で問題有りだった。


「ルシウス、お前のメイドが俺様に靴を履けと命じているぞ」
「私の物はすべて我が君の物でございます。この屋敷も、どうぞご自由にお使い下さい」
「そうか、ではこれも俺様のものということで問題はないな?」


 これ、と言いながら、ヴォルデモートはナマエを掴んで自分の元に引き寄せた。転びそうになりながらヴォルデモートの胸にダイブし、ナマエは顔をしかめた。こいつ頭大丈夫か?とか思っているに違いない。

(ああ、頼むから口に出さないでくれ)

 ルシウスの表情から意図を読み取ったのか、ナマエはヴォルデモートに向かって開いた口を静かに閉じた。本当によくできたメイドだ。ただひとつ、ピンクのモコモコをこよなく愛するという点を除いては。


「わ、我が君……恐れながら、その者はご覧の通り口うるさく……」


 ルシウスでさえ、目に付くところに置かないようにさせるのに3年かかった。もしヴォルデモートに仕えることになれば、隠してきた秘密が皆に知られてしまう。


「我が気味に相応しい働きができるとは、とても……」
「すべて俺様に差し出すのではなかったのか?」
「しかしその者には問題が……」
「俺様の命令が聞けないと?」


 赤い瞳の奥が鋭く光り、それ以上ルシウスは何も言えなくなった。


「……ナマエ、お前は今日から我が君に仕えなさい。私からの最後の命令だ」
『ルシウス様、それは……解雇ということですか……?』
「ククッ、そういうことだ。お前はこれから俺様にだけ忠実であればいい」


 バチンという音を残して消え、ルシウスの手にピンクのモコモコスリッパだけが残る。ルシウスはスリッパを持ったまま頭を抱えた。

* * *

 それから1週間後、死喰い人の集会が開かれることになった。胃の縮む思いで参加したルシウスは、部屋に入ったとたんに飛び込んできたショッキングピンクに目を見張った。他の死喰い人たちも、イスに置かれたピンクのモコモコのクッションを見て、顔をひきつらせている。死の雰囲気が漂う薄暗い部屋に、あきらかにそれだけが異様に浮いていた。


「よう来たルシウス。これで全員だな――どうした?早く座れ」


 ヴォルデモートの命とあらば、座らないわけにはいかない。ルシウスはこの事態を招いた犯人であろう、ヴォルデモートの側に控える人物を見て複雑な気持ちになった。

 やはりルシウスが危惧したとおり、ナマエはヴォルデモートにピンクのモコモコを薦めたのだ。そして、ヴォルデモートはその要求をのんだ。ナマエの行動によって自分の首が飛ばなかったことに安堵するも、ナマエの言う通りにクッションを準備したヴォルデモートの思考が読めないだけに恐ろしい。

(まさか、呪いがかかっているのか……?)

 触れると全身ショッキングピンクになるだとか、髪が抜けるだとか、鼻毛が伸び続けるとか……。死んだ方がましだと思わせる嫌がらせをもってして、罰を与える気なのかもしれない。

 ルシウスは冷や汗をだらだらとかきながらピンクのモコモコクッションがおかれたイスのひとつに腰掛けた。会合が行われている間も、生きた心地がしない。しかし何事もなく時間は過ぎ、気づいたときにはもう会議はお開きになっていた。

 他の死喰い人の姿はすでになく、大きな広間にはナマエとヴォルデモートのだけが残っていた。2人はルシウスが残っていることに気づくことなく、なにやら話をしている。


『卿、やはり服装をどうにかなさったほうがいいかと思われます』
「お前は俺様の服装が気に入らないと言うのか?」
『上に立つものとしてふさわしい、気品あふれる身だしなみをなされるべきです』
「俺様が上に立つ者としてふさわしくないと?」


 ヴォルデモートのこめかみが震えている。闇の帝王に意見するナマエの態度にルシウスは焦ったが、止めにいく勇気もなかった。目の前で元使用人の血の惨劇は見たくない――かといって、自分が身代わりになろうとも思えない。


『もう!どうしてそういう方向に思考を持っていかれるのですか。服装は、と申し上げたではありませんか』
「ではお前はどういうものを着ろというのだ」
『そうですね……私の好みで申し上げてよろしいのであれば、マグルでいうスーツのようなお召し物がお似合いかと思います』
「却下だナマエ。見るからに動きにくい」
『それほど動くことがおありですか?』


 あの赤い瞳の前では誰もが萎縮するというのに、ナマエは力強く机に手をつき、覗き込むようにヴォルデモートに顔を近づけていた。ナマエの精神力が計り知れない。しかしそれ以上に、あそこまでされてなお杖を出さないヴォルデモートの気が知れない。


『明らかに戦闘に向かない格好で登場し、誰ひとり寄せ付けない圧倒的な力で敵を征圧する――最高に格好いいではありませんか』
「ほう……」


 肩透かしをくらう勢いでヴォルデモートの怒りは止まった。青筋が消え、変わりにわずかに口角が上がる。


「俺様が格好良いと思うか?」
『ええ、もちろんです。知能も魔力もカリスマ性も申し分ありません。あとは見た目――見た目さえ良ければパーフェクトです』
「……そうか。では明日からそうしよう」


 あっさりと承諾したヴォルデモートに驚き、ルシウスはうかつにもイスにぶつかり音を立ててしまった。


「――なんだルシウス、まだいたのか」


 こちらに気づいたヴォルデモートが放った言葉は、凍りつくような冷たい声だった。


「ルシウス……俺様の、ナマエを取り戻しにきたと言うのではあるまいな?」


“俺様の”を強調するあたり、ヴォルデモートのナマエの溺愛っぷりが伺える。ダメだ。このような帝王を知ってはいけないと、本能が告げている。ルシウスは「滅相もない」と恭しくお辞儀をし、ドアへ向かった。


『あ、ルシウス様、お待ちください』


 一刻も早く我が家へ戻り、今しがた見たことは忘れようと思っていたルシウスを、場違いに明るい声が引きとめた。

(もう私に関わらないでくれ!)

 振り返らなくてもわかる。ヴォルデモートからの赤い視線が背中に突き刺さっている。下手をすれば、緑の光線が飛んでくるだろう。


「……なにか?」
『クッション、いかがでした?』
「…………」


 最も聞かれたくないことを聞かれてしまい、ルシウスは言葉につまった。どう答えるのが正解なのかわからない。ヴォルデモートはきっとあのようなクッションなど置きたくないはずだ。であれば、無い方がいいと言ったほうがいいだろう。

(いや、しかし……)

 万が一、ということもある。もしヴォルデモートの意向だとしたら?それに、提案したのがナマエだとしても、決定権を持っているのはヴォルデモートだ。ヴォルデモートが下した決断に、ルシウスが異を唱えるわけにはいかない。


「た、たまには、よいのでは……」
『本当ですか?それは良かったです!――聞きました卿?やはり長時間の会議にはクッションが欠かせませんよ』


 近くのイスに置いてあったピンクのモフモフを手に取り、嬉しそうにギュッと抱きしめるナマエを、ヴォルデモートは目を細めて見た。そこにはもはや、闇の帝王としての威厳や気品、プライドなどは残されていない。無く子も黙るヴォルデモートのこんな姿を、他の誰に見せられようか。

 あまりの甘やかしっぷりに、ルシウスは主への忠誠心を失いかけ、自我を保っていられるうちにと、部屋を出るのも惜しみその場で姿くらましをした。
ピンクのモコモコ Fin.

[3つのお題企画]
@甘やかし
A俺様のもの
Bルシウス
詳細:ルシウスのメイド(ヒロイン)を横取りしたあとのヘタレ卿
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