女の子同士、同じ部屋で暮らしていると、どうしても会話は恋愛ネタが中心になる。誰かが「今日レギュラスに挨拶されちゃった!」とか、「シリウス今フリーらしいよ!」とか言い始めるたびに、私は身を固くする。
「ねえ、ナマエはどうなの?」
ほらきた。聞こえないふりをして本を読んでいても、絶対に最終的には私の話になるんだ。
『んー、特に何も進展なしかなぁ』
笑って答えながらも、内心は勘弁してくれと思ってしまう。進展なんかするわけないんだから、遠くから見ているだけにしようって決めたのに、彼女達は放っておいてくれない。3人して詰め寄って、私の手から本を取り上げる。
「本ばっかり読んでるからダメなのよ!」
『頭良くなりたいんだもん』
「スネイプって頭良い子が好きなわけ?」
『多分』
多分、違うけど。リリーは頭が良いから、もしかしたらそうなのかもしれない。
「なんだ、ちょっとはやる気あるんじゃない」
「そういうことなら早く言ってよ」
「ナマエがその気なら、私達だって協力を惜しまないのに、ね」
「ねー」
『ちょ、ちょっとだけだもん!』
本当は、ものすっごいある。でも本気を出して頑張って、それでも振り向いてもらえなかったどうしようって思うと、怖くて頑張れない。
「何言ってるのよ。相手はあのスネイプよ?」
『“あのスネイプ”だから問題なんだけど』
「どうしてよ?まったく免疫なさそうじゃない」
「あんたが本気出せば、コロッと騙されるって!」
『騙すって……』
「言葉の綾よ!いいから当たって砕けなさい!」
『砕けるの前提!?』
「そのくらいの勢いがないとダメってことよ!」
他人事なのをいいことに、彼女達は大いに盛り上がり、いかにしてセブルスを落とすかを話し始めた。その好意は素直にうれしかったし、もしかしたらという気持ちもあって、私は少し前向きになった。
「勉強は継続するとして、まずは見た目よね!」
「スネイプってどういうのが好みなんだろ?」
「さあ。ていうか、あいつ女の子に興味あるの?」
あるよ。1人限定だけど。そんな悲しい事実を飲み込み、私は『たっぷりのきれいな赤毛に、エメラルドグリーンのアーモンド形の瞳』と告げた。
「えらい具体的ね」
まあね。実際に存在するからね。
『あとはスラットしてて、背筋がしゃんとしてて、常に前向きで、やさしくて、正義感にあふれてて、笑顔が素敵で――』
「スネイプのくせに贅沢ね」
「ていうかあんた、そんな情報誰から聞いたのよ」
『レギュラス』
私は嘘をついた。ここでスネイプがリリーに夢中なのを認めてしまったら、せっかく少しだけ沸いてきた勇気とやる気が消えてしまう。「いつの間にレギュラスと仲良くなったのよ!」とうらやましがる友人達に、『仲良くはないよ』と苦笑いで返し、鏡に映る自分の姿を見た。
背はリリーと同じくらいだし、スタイルもいいわけではないが致命的なわけでもない。顔は生まれつきだからどうしようもないとして、髪の毛くらいはなんとかなるだろうか。
『赤毛、似合うかな?』
「私は今の黒髪で十分可愛いと思うけど、赤毛も悪くはないと思うよ」
「ま、やってみないことには始まらないわよ」
「スネイプの反応が悪かったら戻せば良いじゃない」
「それに、話ができるいいきっかけにもなるよ」
それもそうだ。セブルスと話すことなんてほとんどないし、やってみる価値はある。どうせもともと望み薄だし、ダメだったら今みたいに見ているだけに戻ればいいんだ。やれることは全部やろう。
次の日、髪を染めた私は、勇気を出してセブルスに声をかけてみた。が。ダメだ。誰だこいつみたいな目をされた。
そりゃそうよね。話しかけたことなんて滅多にないし。――って、ここで諦めたらダメだ。リリーみたいに元気よく、明るく振舞わなきゃ。
『お、おはよう!』
「……ああ」
やった!返事してもらえた!眉間にしわ寄せてるし、うさんくさそうな目してるけど、とりあえず反応してもらえた!
次元が低すぎて悲しくなるけど、まずはお友達からだものね。私は笑顔のまま、セブルスが手にしている本を覗き込んだ。
『何を読んでるの?』
「何でも良いだろ」
『本を読むのが好きなの?』
「別に」
『私は好きだよ!』
セブルスが。――と、心の中でつけ加えてみた。
セブルスはじっと私を見て一言、「うるさい」と告げた。
* * *『ダメ。友達も無理』
「何言ってるのよ!諦めるの早いわよ!」
「タイミング悪かっただけでしょ!」
「前向き、前向き!」
次の日、友人のすばらしきメイク術でアーモンド形の目になった私は、図書館に行って昨日セブルスが座っていた席に座った。そしてセブルスが見ていた本を開く。
何これ。さっぱりわかんない。セブルスってば、こんなに難しい本を読んでるの?
薬学事典を参考にしながら最初の2〜3ページを読んでみたけど、半分くらいしか理解できなかった。これはちょっと、メイクに時間をかけている場合じゃない。勉強しよう。会話についていけなくて、つまらない女だって思われたくない。私は事典と、1つランクの低い本を借りて部屋に戻った。
「なんで戻ってきたのよ」
『ひどい。みんなまで私を邪険にするの!?』
「違うわよ。図書館にいた方が、スネイプと会えるでしょ」
「あわよくば、教えてもらいなさい!」
『そ、そっか。でも、せめてこの本を理解できるようになってからにする』
それから私はメイクをしてもらっている間も本を離さず、挨拶だけは欠かさないようにして、必死に勉強した。
* * *『おはよう、セブルス!』
「……ああ」
今日も変わらない返事。ふいっと目を逸らしたセブルスは、何かに気づいて顔を上げた。――リリーだ。
「あらセブ、おはよう」
「お……おはよう」
やっぱり、リリーには返事するんだ。そしてやっぱりリリーはかわいい。緋色の髪の毛も、アーモンド形の瞳も、リリーはとっても似合ってる。
「あなた、ナマエ・ミョウジ?」
『え?私のこと知ってるの?』
「ええ。ポッターが私に似てる子がいるって騒いでたわ。ホントそっくりね。私リリー・エバンズ。リリーでいいわ。よろしくね」
『よ、よろしく』
ダメだ。なんか眩しくて見てられない。
「エバンズー!」
「やだ。ポッターが来たわ。じゃあね、セブ、ナマエ、またね!」
「エバンズ!次のホグズミード一緒にどうだい?」
「遠慮するわ!」
「待てよエバンズ!――ちぇっ」
リリーは走って行ってしまい、追いかけてきたジェームズは私達の前で止まった。どうやらジェームズもリリーが好きみたいだ。さすがリリー。セブルスが好きになるくらいだもん、人気あるよね。
リリーがジェームズとくっついてくれたらセブルスも諦めるんじゃないかなぁとか、最低なことを考えながら、私はわしゃわしゃと頭を掻くジェームズを見た。ルームメイトの1人は昔、この悪戯仕掛人に熱を上げていた。今はシリウスが好きみたいだけど。
「あれ、ミョウジとスニベルスじゃん」
ジェームズはたった今気づいたような表情で、私達のほうを見た。私は今、一応目の色以外はリリーそっくりに出来上がっているはずなのに、ジェームズには本物のリリーしか見えていなかったようだ。セブルスもそうなのかと思うと、悲しくなってくる。
「スニベリー、僕は今、機嫌が悪いんだ」
ジェームズは悪戯をするとき独特の、ニヤッとしたあくどい表情を見せた。なんか嫌な予感がすると思ったときには既にジェームズは杖を取り出して、セブルスに向けていた。
セブルスはこうなることを予期していたみたいで、本を投げ出してジェームズと同時に杖を振った。バチッと、2人の間で光線がぶつかりはじけた。
『ちょっとポッター!リリーに振られたからって八つ当たりやめてよ!』
「八つ当たりじゃないさ。泣きみそスニベルスの汚い顔を――」
『セブルスはそんな名前じゃないわ!』
「ははは!泣きみそだ、よっ!スニベルスの味方するなんて、変な薬を、飲まされてるんじゃ、ないのか?」
「黙れポッター!」
会話をしながらも2人は攻撃をやめず、近くの石像が欠け、絵画が2、3枚被害にあった。中でバレエをやっていた少女達は悲鳴を上げて逃げ、トランプをやっていた貴族達が怒って去っていく。
『やめてよ!危な――痛っ』
「何をしているのです?2人とも杖をしまいなさい!」
飛んできた破片だか魔法だかが手の甲に当たったちょうどその時、絵画から報告を受けたらしいマクゴナガル先生がやってきて、ようやく2人は杖を下ろした。
「グリフィンドールもスリザリンも5点減点です。廊下のど真ん中で――Ms.ミョウジ、怪我をしたのですか?」
『いえ、これはさっき転んだときの傷です。医務室に行く途中で……』
「そう。この2人が原因ではないのですね?」
『はい』
「わかりました。血が出ているようですから、早めに行ったほうがいいですよ」
『ありがとうございます』
「ほら、あなたたちは早く寮にお帰りなさい!」
マクゴナガル先生に追い立てられ、ジェームズとセブルスはお互いを睨みながらもそれぞれ別の方向に歩いていった。
「忘れ物ですよ、Ms.ミョウジ」
マクゴナガル先生が拾い上げた本は先ほどまでセブルスが持っていた本だった。私は医務室そっちのけでセブルスの後を追った。
『セブルス!セブルスってば!これ忘れ物――』
「うるさい!僕に構うな!」
肩を叩いた手は振り払われて、本が床に落ちた。私が拾うよりも早くセブルスがひったくるようにそれを拾い上げ、私の手と見比べ始めた。本は、汚れてはいない、はず。
『ぽ、ポッターって最低だね』
ジンジン痛む手を後ろ手に隠し、私は精一杯の作り笑顔をした。怪我したところよりもセブルスに振り払われた部分の方が傷むなんて、私の手はどうかしてる。
『だいたいさ、スニベルスなんて名前――』
「黙れ。構うなって言っただろ」
『でも……あのね、セブルス……私あなたと友達になりたくて……』
「冗談じゃない」
『なんで――』
「目障りだ。二度と僕に話しかけるな」
『――……ごめん』
ああ、やっぱりダメ。明るく前向きになんて無理。リリーになれない私は、セブルスと友達になることすらできない。手なんか比べ物にならないくらい、胸の奥が痛い。
髪色なんて変えるんじゃなかった。メイクなんてするんじゃなかった。明るく挨拶なんてするんじゃなかった……。私がやってたことは全部、セブルスの好みの候補を潰しただけだったんだ。赤い髪の毛も、アーモンド型の目も、正義感も、明るさも、全部セブルスの好みなんかじゃない。セブルスはただ、“リリー”が好きなんだ。
医務室に行くのも忘れて私は部屋に帰り、そのまま1日中泣いていた。責任を感じたルームメイト達がなぐさめながら一緒に泣いてくれたから、余計に泣けて、私はそのまま次の日の朝まで泣いていた。
「ナマエ、ご飯は?」
『いらない』
こんな顔じゃ外に出られない。1日の授業をすべてサボって、そのまま土日も部屋に篭って、ようやく月曜日には落ち着いて、友人達と一緒に大広間へ向った。
途中でセブルスの背中が見えたが、声はかけなかった。話しかけたところで、セブルスは私が誰だかわからないだろう。離れたテーブルに座った私はゴブレットの水に映る自分を飲み干し、久しぶりの食事に手をつけた。
授業に出ても何も頭に入ってこなくて、昼食を食べても味がしなくて、結局午後の授業はサボってしまった。ぼーっと湖に映る黒髪の自分の姿を眺めた後、本の貸し出し期限が近づいていることを思い出し、図書館へ向った。
せっかく勉強したんだから、あの本に挑戦してみよう。セブルスのためにやったことは全部無駄だったけど、あの本が読めるようになっていれば、私がしてきたことに少しくらい意味が見い出せる。
なんとかタイトルを思い出して、背表紙に手を伸ばしたとき、突然手を掴まれた。びっくりして横を見ると、眉間にしわを寄せたセブルスが立っていた。
『ご、ごめん。……どうぞ』
この姿でも嫌われることは避けたかったし、どうせ読めたところで調合が得意なわけではないんだから、私は大人しくセブルスに本を譲った。それなのにセブルスは一向に本を取るそぶりを見せない。そればかりか、手を離すことすらしない。
『あの……読まないの?』
「まだ治らないのか?」
そりゃ、医務室行ってないからね。包帯ぐるぐる巻きにしただけだし。――って、あれ?まだ?
「そんなに深い傷だったのか?」
セブルスはじっと私の手の甲を見ていた。そしてどうやら包帯の雑さ加減から、医務室に行っていないのだということがわかったらしい。眉間の皺が深くなって「馬鹿か」と呟いた。
『え……あの……セブルス?』
「余計なことをするな」
何もしてないよ。自分で治療しようとか大それたことも思ってないよ。
何を怒られたのかわからなくておろおろしていると、セブルスはぐいっと私の手を引っぱって歩き始めた。躓きそうになりながら連れて行かれた先は医務室で、マダム・ポンフリーは不在だった。
「……チッ」
『あの、大丈夫だから。いいよ、もう』
「僕がよくない」
そう言ってセブルスは、医務室のドアを閉めてまた私の手を引っ張った。どこに向っているのかはわからないが、どうやら私がリリーの真似をしていたナマエだとバレているらしいということはわかった。
そうか。私の怪我が悪化して、転んだ傷じゃないと知られたら、セブルスとジェームズが罰せられちゃうのか。セブルスに迷惑をかけちゃうなんて、考えてもみなかった。
『……ごめん』
地下牢教室について、ゴリゴリと何かをすりつぶし始めたセブルスに向って謝った。
リリーの真似をしてごめん。話しかけてごめん。友達になろうとしてごめん――。一言にいろいろな気持ちを乗せたら、枯れたはずの涙がまた出てきた。
「もう少しだから我慢しろ」
勉強していたおかげで、セブルスが作っているのが簡単な傷薬だということがわかった。何も見ずに30分ほどで薬を作り上げ、セブルスはイスを引いて隣に座った。
『ありがとう。あとはいいよ、自分でやるから』
これ以上迷惑はかけたくない。そう思って薬だけもらっていこうと思ったのだが、セブルスはまた私の手を掴んで座らせ、包帯をほどき始めた。
不機嫌そうな顔しながら薬を塗られても、心の傷は深まる一方だからやめてほしい。そんな私の願いもむなしく、セブルスは眉間にしわを寄せたまま、黙々と薬を塗り続けている。
「どうしてここまで放置したんだ」
『痛くなかったし、そのうち治るかなって』
「嘘をつくな。泣いてたくせに。下手をすれば痕が残るぞ」
泣いてたのは怪我のせいじゃないよ。ていうか、この傷そんなにひどいんだ。手どころじゃなかったから気づかなかった。言われてみれば、変な色になっている気がしないでもない。
「髪の毛、染めたんだな」
『うん……』
「目の印象も違う」
『うん……ちょっと、イメチェン』
本当は髪色は元に戻しただけだし、今日は友人にメイクを頼んでいないだけだけど、リリーの真似してたなんて言えないから、そういうことにしておいた。
セブルスは「そうか」と興味がなさそうに言いながら包帯を巻き直した。丁寧に巻いてくれて、私からしてみれば十分きれいなのに、セブルスは気に入らないらしく、何度かやり直しをしている。
『どうせすぐ崩れちゃうし、そのくらいで――』
「そっちのほうが似合うと思う」
早口で私のセリフにかぶせるようにしゃべったため、よく聞き取れなかった。というより、聞こえるには聞こえたけど、セブルスがそんなことを言うなんて信じられなかった。
セブルスはといえば、まだぐるぐると包帯を巻いている。なんか、手袋みたいになってる気がする。
「明日、傷の具合を確認するから同じ時間にここに来い」
『もう大丈夫だよ。それに……私がいたら、目障りでしょ?』
「あれは!――あれは、僕に近づくとまた……、とにかく!僕は自分で作った薬の効果を観察する権利があるんだ。それに、ナマエは、経緯を見せる義務がある」
『そうなの?』
「当然だろ。放置しようとしたら、また無理やり連れてくるからな」
『……わかった』
単なる脅しだろう。そう思っていたのに、翌日セブルスは約束より少し早い時間に来て私を連れ出し、ルームメイトを驚かせた。私も驚いた。
それから数日間、セブルスは経過観察を続ける間、逃げないようにと必ず時間より早く私を探しに来た。そして私を地下牢教室に連れて行ってから薬を作り始めるもんだから、毎日1時間くらいはセブルスと話すようになった。
話しているうちにセブルスが極度の照れ屋であまのじゃくだということと、私が怪我をしてから数日、セブルスも相当胸の奥が痛くなっていたということがわかった。おかげで私はまだ、セブルスを諦められないでいる。
『友達は嫌なんだよね?』
「……」
『なら、彼女はダメかな?』
「……馬鹿なこと言うな」
そう言いながらも、セブルスはすっかり包帯が取れた私の手を引いて、今度はさわやかな風が吹く中庭へと連れ出した。
あなたの好みになりたくて Fin.
GW企画より
・素直になれないセブとの切甘
・セブに片思いしてるけどハッピーエンド
・セブリリ前提のハッピーエンド
・セブリリにも関わらず片恋に奮闘する女の子