「〜〜〜〜〜〜っ!」
ドラコはドアが閉まると同時に声にならない叫び声をあげ、扉に背を預けながらずるずるとその場でしゃがみこんだ。
口元を押さえた手が熱い。おそらく今自分は全身真っ赤になっていることだろう。
「何をやってるんだ僕は」
どうしてこうなった。つい30分ほど前、部屋に入る前にここにいた自分はこんなんじゃなかったと記憶を辿る。
クィディッチの練習の後にばったりとポッターたちと会ってしまい、ひと通り嫌みの応酬をした後だった。思い出しただけでも腹が立つ。ポッターのやつ……ちょっと有名だからっていい気になりやがって。
クラッブとゴイルを連れて仕返しをしに行こうと談話室へ入り、目当ての2人の姿はなくさらにイライラが募った――はずだった
* * * 中にいたのは1人の女子生徒。髪で顔が隠れていたが、頬杖をつきながら本をめくるしぐさは、ドラコがいつも授業中に横目で見ていた姿と同じだったので、すぐにナマエだとわかった。
何をしているのかと問えば、『勉強』と小さな声が返ってきた。
僕と話すときにだけ彼女の声が小さくなるのは気のせいではないと思う。横に座ると、ビクッと小さく肩が揺れた。平然を装ってるが、気が動転しているのは手に取るようにわかる。さっきから開いたページに顔を向けるだけで、目は全然字を追っていない。
なんなんだ。僕がいると不都合があるとでもいうのか。無言の拒絶をされたようで、無性にイライラしてきた。
* * * 途中から言い合いになったため、部屋から出て行くのではないかと心配したが、ナマエは『ごめん』と言って僕の横に座りなおした。傷つけたわけでも怒らせたわけでもないとわかり、ほっとした。
次第に談話室に2人だけ。しかもナマエが自分の隣に座ってくれている。優越感を覚えないわけがない。ここで親切にして、仲良くなっておくのが得策だろう。父上の「女性には優しくするべきだ。特に、自分が好意を寄せている相手ならなおさらだ」という言葉に従い、僕は宿題の手伝いをすることにした。
「いいか、このニガヨモギには……」
ナマエの手から教科書を取り上げ、1つ1つ説明してやると、ナマエは真剣な表情でドラコの話に耳を傾けた。
『すごいわドラコ。とってもわかりやすい!』
ドラコは心の中で父に感謝した。『ありがとう』という笑顔に心臓が跳ねる。初めて向けられた笑顔がまぶしすぎて、まともにナマエの顔を見れない。
――と、ここまではまだよかった。問題はあの飴だ。パーキンソンにもらったとかいう、たかが飴ごときで、せっかくのいい雰囲気が台無しになった。
にもかかわらず、ナマエは僕の手をとって気にしないでと、優しいねと言ってきた。入学したときから遠目で見ることしかできなかったナマエが、目の前で自分のためだけに笑ってくれている――。そう思うと、ドラコの中の何かが限界を迎えた。
(父上、意中の女性が至近距離で手を握っています。どうしたらいいでしょうか?)
心の中で救いを求めると「押し倒せ!」と、なんとも物騒な答えが返ってきた。
そして気づいたら、ナマエの肩に手を置き、キスをしていた。驚きに目を見開くナマエの顔が見えたが、もうとめられなかった。されるがままのナマエの唇を強引に舌で開き、半分ほど溶けた飴をそのまま口の中へ送り込む。
「残りはやるよ」
軽蔑されただろうかと不安が頭をよぎる。でも、あの顔は――。真っ赤になって動けないでいるナマエを思い出しただけでも頬が緩むのがわかる。脈あり、で間違いないだろう。
(次のホグズミードに誘ってみるか)
自分の顔の赤みが引くのを待って、ドラコは談話室に引き返した。
drop Fin.