短編 | ナノ Sweet Treat
ルーピン
 リーマスにとって、1年で最も楽しみにしていると言っても過言ではない日がやってきた。
 天井に群がる生きたコウモリ、宙に浮くくり抜きかぼちゃ、大皿に盛られた色とりどりのお菓子たち――。今日が土曜日で今年初のホグズミード行きの日ということもあって、大広間は朝からパーティムードだった。


「セブルスおはよう」


 朝からあちこちで交わされている言葉を挨拶に添えて、リーマスが席につく。とびきりの笑顔を向けるリーマスに、スネイプは眉間に皺を刻んで殺意のこもった目を返した。


「あれ?聞こえなかった?トリック・オア・トリート」
「……年概もなくはしゃぐなルーピン」
「相変わらずセブルスは硬いなあ。大人がハロウィンを楽しんじゃいけないなんて決まりはないだろう?」
「生徒達も災難だな。ホグズミードの土産を根こそぎ奪おうとしている化け物がいるとは露知らず……」
「セブルスが生徒のことを思うなんて珍しいね。ああ、これは褒め言葉だよ」


 それでお菓子は?と手を出すリーマスを無視してスネイプが席を立つ。リーマスはクスっと笑って「じゃあ悪戯だね」と呟いた。その笑顔に、スネイプの背筋が粟立つ。スネイプの脳裏には、学生時代の苦い思い出が次々と甦っていた。実行犯こそジェームズとシリウスが多かったものの、あれらの悪戯の首謀者が、この男だということを忘れてはいけない。


「Ms.ミョウジ」
『はい!?』
「ルーピンに何か甘いものを」
『なんで私が!?』


 たまたま近くにいて、たまたまこちらを見ていて、たまたまスネイプと目が合ったナマエの腕をスネイプは引っ張り、リーマスの方に押し出した。
 とばっちりをくらってパニックを起こしかけているナマエとは対照的に、「最高のおもてなしだよ」とリーマスはほくそ笑んだ。


「セブルス、食べていいの?」
『食べっ!?ちょっとスネイプ先生!自分の寮の生徒を生贄にするってどうかと思いますよ!?』
「スリザリンなら自力で切り抜けてみたまえ」
『そんな無茶苦茶な!』
「……寮監命令だ」
『えええええっ』


 いくらなんでも生徒に手を出したり、いたぶって遊んだりすることはないだろう――。そう考え、叫ぶナマエを残してスネイプは大広間をあとにした。
 だから、スネイプは知らない。リーマスが甘いものの為なら立場などまったく気にしない男だったということを。そして、リーマスにとっての甘いものが、食べ物だけとは限らいことを。

 リーマスは「じゃあ遠慮なく」と言い、青ざめるナマエを自室に連れ帰った。

* * *

『は・な・し・て・よっ!これからホグズミードに行くんだから!』
「ダメ」
『なんで私が1日中ルーピン先生の相手をしなきゃいけないのよっ』
「セブルスがくれたんだもん」
『“くれたんだもん”じゃない!可愛く言ったってダメなんだから!』


 ナマエを研究室に連れ帰り、後ろから抱きつく形で膝の上に乗せ、髪に顔を埋めながらリーマスは心の中でスネイプに拍手喝采をした。リーマスが最も大好きな甘いものがなんなのかを、知っていたとしか思えないほどのナイスパスだった。

(一瞬バレているのかと思って焦ったよ)

 ナマエとリーマスの関係は、誰にも話していないし、話すわけにもいかない。だから、授業の前後やレポートを出しにきたときに一緒にお茶をすることが、リーマスのささやかな楽しみだった。それが、どうだ。スネイプのおかげで、今日は1日ナマエを独り占めできる。


「今年は最高のハロウィンになりそうだね」
『ルーピン先生にとってはね!』
「ナマエは嬉しくないの?」
『嬉しくない!』
「まったく、素直じゃないなあ」


 寮監に似てあまのじゃくなナマエは、素直に自分の感情を表現することは少ない。必死に照れ隠しをしている姿が可愛いのだが、それでもせめて2人でいるときくらい、もっと甘えてくれてもいいのにと思ってしまう。

(それを徐々に素直にさせるのが楽しいんだけどね)

 いったいどうやって料理していこうかとリーマスは微笑みながら考えた。


『ハニーデュークスのハロウィン限定お菓子が待ってるのよっ』
「私とホグズミードと、どちらが大切なんだい?」
『ホグズミードに決まっているでしょう!?』
「……そっか」
『……な、何よ……今年初のホグズミードなんだから、当たり前じゃないですか』


 体を拘束していた腕の力を弱めると、ナマエがリーマスの膝から落ちそうになる。体勢を立て直して立ち上がって振り返ったナマエに、リーマスは「行っておいで」と眉を下げて微笑んだ。


『な、なんなんですか急に』
「悪ノリしてしまって悪かったね。少しの時間だったけど久しぶりに一緒にいられてよかったよ。私はもう十分楽しんだから、ナマエも楽しんでおいで」
『……』
「ああ、その代わり、お土産よろしくね」


 ポンポンと頭を2回叩くと、ナマエは膨れてうつむいた。耳を赤くして、下を向いてぼそぼそと何かを言っている。


「ほら、これ以上私なんかに構っていると、みんな出発しちゃうよ?」
『……い……しょ……』
「ん?」
『い、いればいいんでしょ、いれば!』


 膨らませた頬を赤く染めて、ナマエはリーマスの手を払ってボスンと乱暴に座った。リーマスの横に、わずかな温もりが戻る。


「いいのかい?嬉しいな」
『ルーピン先生の為じゃないんだから!……お財布事情よっ』
「それでも嬉しいよ」


 微笑んだリーマスが髪に指を絡めると、ナマエはさらに顔を赤らめてそっぽを向いた。


「ナマエ、こっち向いて」
『嫌です』
「どうしても?」
『どうしても!』
「トリック・オア・トリート」
『……はい?』


 髪を梳きながら耳元に口を寄せ、甘い声で囁いたリーマスの言葉に、ナマエが素っ頓狂な声をあげた。


* * *

 流れを無視したセリフに、ナマエは眉根を寄せてリーマスを見た。


「そんな顔してたらセブルスになっちゃうよ」
『それ、後でスネイプ先生に言いつけてやるんだから』
「それは困るなぁ」


 リーマスは笑って眉に軽くキスをして、再び選択を迫った。


『……先生が急に連れてきたから、お菓子は持っていません』
「甘いものならなんでもいいよ。例えば、君からのキスとか」
『なっ』
「たまには、ね?」


 ナマエの方からリーマスに甘えてくることは滅多にない。挨拶のキスですら、まともに返してくれることは少ない。卑怯だとは思いつつも、こんな機会を利用しなければ、糖分不足で餓死してしまう。


『そ、そんなの無理に決まって――』
「じゃあ残念だけど悪戯だね」


 クスッと笑ってナマエの腰に手を回すと、ナマエはビクッと身を強張らせた。


『い、悪戯ってどんな……』
「そうだな……君をこの部屋に閉じ込めて出さないようにするとか?」
『既にしてるじゃないですか、拉致監禁』
「そっか。じゃあ、私の腕の中に――っていうのはどうだろう?」
『……だから、しているじゃないですか、既に』
「そうだねえ」

(それだと、もっと別の悪戯がほしいって聞こえちゃうよ?)

 そう言おうとして、リーマスはすんでのところで踏みとどまった。あまり追い込みすぎると、逆に自分が追い込まれることになる。リーマスは「じゃあ一度離してあげる」と言ってナマエを自由にし、ソファに寄りかかるようにして距離をとった。ナマエの方から、抱きついて来られるように。


「トリック・オア・トリート?」
『……目』
「ん?」
『目、つぶって!』


 恥ずかしさのあまり涙目になっているナマエの顔が、可愛くて仕方がない。もっと虐めたくなる気持ちを抑えて、「はいはい」と返事をしながらリーマスは目を瞑った。

(額かな?頬かな?)

 浮かれ気分を抑えきれず、口元を緩ませると、『笑わないで!』と一喝された。ソファが軋み、肩に添えられた手に体重がかけられる。顔に髪がかかり、ゴクっと喉を鳴らす音が聞こえる。

(焦らすなぁ……)

 今、きっとナマエは羞恥心と戦っているに違いない。葛藤しているナマエの顔を見たいという誘惑に負けないよう、リーマスは目を開けた後のことを考えた。「口じゃないとダメ」と言ったらどんな顔をするだろうか――。

(――え?)

 ふにっという柔らかい感触を唇に受け、リーマスの思考が止まった。一瞬感じた温もりは、間違いなくナマエのものだろう。想像以上の行為に驚き動けないでいると、再び暖かいものが唇に触れた。
 1度目よりも長めのキスの後の『り、リーマス……』というナマエの声で、ようやくリーマスは我に返った。


『ま……まだ足りない?――っきゃ!』


 “足りない?”というセリフから、リーマスはナマエが勘違いしているのだと気づいた。リーマスが目を開けないのは、甘さが足りないからだと。だから、一生懸命名前を呼んだり首に腕をまわしてくれていたのだ。そうと分かり、リーマスはナマエの背中と後頭部に腕をまわして引き寄せた。


「ダメ。全然足りない。もっとして」
『ちょっとルーピンせんせ――』
「リーマス、」
『――リーマス、離し――んっ』


 息のかかる距離で見つめられ、我慢できなくなってリーマスの方から唇を重ねた。軽く唇を舐めたり吸ったりを繰り返し、酸素を取り込むために開けられた隙間に舌先を入れる。肩を振るわせながらも、たどたどしく懸命に応えてくれる姿が愛おしくて、自然と腕に力が入る。


『んっ、リーマス、ずる……いっ』
「何が?」
『だって、オアって言ったのに、両方――』
「ん?悪戯はまだだよ?拉致監禁は悪戯のうちに入らないって、君が言ったんじゃないか」
『何それ!というか結局悪戯もするつもりなの!?』
「だって足りないもん」
『まだ!?』
「うん。まだまだ」


 リーマスは体を反転させ、ナマエを見下ろす形でおでこをくっつけた。


「ナマエ、私のことが好き?」
『う……うん……』
「どのくらい?」
『え……、だ、大好き……』
「ふふ、ナマエ、かわいいね」
『――っ、もういいでしょ!』
「うーん、まだ足りない。私の方がずっと君を好きだからね」


 ナマエとのひと時は甘くて甘くてチョコレートのようにとろけてしまいそうだ。だけど、僕の甘さを求める願望は無限大で、満たされることなんてありえない。甘いいたずらと、甘いおもてなし――2つを同時に満たすものがあるなら、両方を求めても許されるよね。
Sweet treat Fin.

[3つのお題企画]
@ハロウィン
Aお菓子
Bセブとの絡み
詳細:大人リーマス・蛇寮ヒロイン(ツンデレ)・甘甘
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