短編 | ナノ 防衛術
レギュラス
※レギュラス生存IF

――私には闇の魔術に対する防衛術は向かないようなので、レギュラス先生が守ってください――

 というような内容をレポートに書いて出したら呼び出された。当たり前ですね。でも仕方がない。レギュラス先生は好きだけど、勉強は嫌いなのだから。

 闇の魔術に対する防衛術なんて、もう名前からして長くてわけわかんないし、内容もそれに比例して複雑すぎて理解不能だ。毎時間レギュラス先生の顔を見に行っているだけの私に、真面目な内容のレポートなんて高望みもいいところだ。むしろ今まで呼び出されなかったのがおかしいくらい、ひどいものを提出し続けてきた自信がある。


『失礼します……』


 恐る恐る教室のドアを開けると、レギュラス先生は授業の後片付けをしていた。私に気づいて顔をこちらに向けた隙に、水槽から腕を出した水魔に髪の毛を引っ張られて「うわっ」ってなった。

 いつもクールで大人の魅力を漂わせているレギュラス先生の驚いた顔!なんてレア!なんて素敵!カメラ持ってくるんだった!――じゃなくて。

 レギュラス先生が怒る姿を見たことがないから、ちょっと怖い。普段のクールな様子から考えると、淡々と冷静に理路整然と言葉を並べ、逃げ道がないほど追いつめられそうだ。

 いや、それならまだいい。あのきれいな顔をしかめて「貴女は何を考えているんですか」とか「もう僕の授業に来なくていいです」とか言われる方がきつい。そんなこと言われたら生きていけません。

 レギュラス先生が水槽を持って奥の部屋へ行っている間に、私は新しく書き直したレポートを机の上に出した。優秀な先輩に頼み込んで書いてもらったレポートだ。おかげで次のホグズミードをおごることになったが、中身は完璧だし、ちゃんと全部自分の字で書き直したし、問題ない。これでレギュラス先生も見逃してくれるだろう。


「ダメです。認めません」


 戻ってきて机に座ったレギュラス先生は、さっと目を通しただけで、私(というよりほぼ先輩)の努力の結晶を投げ捨てた。投げ捨てる、という先生らしくない動作が、既にお怒りな事を示しているような気がする。


「今後一切、貴女はレポートを出さなくていいです」
『え』


 一番嫌なパターンが来てしまった。レギュラス先生に見放されるなんて、前代未聞なんじゃないだろうか。書き直してきた努力に免じてなんとか……と粘ったが、「なんともなりません」と一刀両断されてしまう。


「誰かに手伝ってもらったのでしょう?」
『なぜそれが』
「読めばすぐ分かります。着眼点も言い回しも貴女らしくない」
『は、はは……』


 私らしくない……か。そりゃそうですよね。今までの私のレポートときたら「吸魂鬼のキスは恐ろしいですが、レギュラス先生にキスをされても魂抜けると思います」とか「レギュラス先生においでおいでされたら地獄の果てまで行ける気がします」とか、そんな内容ばかりだった。うん、やっぱり今まで呼び出されなかったことのほうが不思議だ。


「他人の力を借りて乗り切ろうというあたりは、スリザリンらしくて好きですけどね」
『好き?』
「でも、ダメです」


 間抜け面で聞き返した私に、レギュラス先生はデコピンをくらわせた。先輩に書いてもらったということが速攻でばれたことよりも、“レギュラス先生がデコピンをする”という事態のほうが衝撃的で、私は固まった。が、直後に発せられた「授業にも出なくていいですよ」という言葉で、私にかけられた石化の呪いはすぐに解けた。


『そ、それはっ』
「ナマエさんには、防衛術が必要ないんですよね」
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!』


 防衛術は嫌いだけど、レギュラス先生は好きだ。大好きだから、防衛術だけは授業中もちゃんと前を向いている。黒板は見てないけどレギュラス先生を見てるし、内容は頭に入ってないけどレギュラス先生の声を聞いている。他の授業では寝てばかりの私が防衛術の授業だけは寝たことがないのは、レギュラス先生が担当しているからだ。


 そんな私に授業に出るなと言うなんて、死ねと言っているのと同じだ。レギュラス先生の授業がなくなったら、私はいったい何を楽しみに学校生活を送ればいいというのだ。


『授業出たいです入れてください!』
「そうなんですか?あんなレポートを出してくるくらいなので、もう授業も卒業単位も要らないのかと思ったんですが」
『そ、それは先生が私を守ってくれる場合のみなので……普通に見放されたら普通に生きていけません』
「はい。ですから僕が貴女を守ってあげるので、授業もレポートもいりません」
『ああ、そういうことなら安心です。――って、違うでしょう!!!』


 そうじゃない。なんで私がレギュラス先生に守られることが前提なんですか。守ってくれって書いたのは私だけれども、そう簡単に「はいわかりました」と言われても困る。嬉しいけれど、そんなにあっさり言われたのでは信じられない。表情を窺っても、本気か冗談か読み取れない。これだからポーカーフェイスは困る。

 だいたい「僕が貴女を守ります」とか、そう簡単に言えちゃうもの?それともこれが大人の余裕ってやつ?普段から沢山の女の子に言い寄られているから、そんなに平然としているんですか!?

 今レギュラス先生の言葉を間に受けたら、馬鹿を見るのは私だ。――ってそっか、これが罰則なのか、そうなのか。えげつないですね。さすがブラック家!

 こうなりゃもうやけだ。これを逆手にとって、レギュラス先生に守ってもらおうではないか。私の身とか、心とか、将来とか!


『わかりました。じゃあ落第でも退学でもなんでもいいので、責任持ってレギュラス先生が私を守ってくださいね!』
「はい。もちろんです。では貴女も責任を持って僕を愛してくださいね」
『愛っ!?』


 予想外の返答だ。なんだなんだこの展開は。先生はどこまで本気なんだ。私の反撃にもへこたれず、そんな落ち着き払った表情と声で言われたら、どう反応していいのかわからない。というか、レギュラス先生ってそんな冗談言う人でしたっけ?私が疑いを持っているのに気づいたのか、先生は「信じられませんか?」と少し困った顔をした。


『そりゃ、レギュラス先生は大人だし教師だしモテるし……私なんかただのへぼ生徒じゃないですか』
「もともとは“ただのへぼ生徒”でも、毎日熱い視線を絶えず送られたら、気にもなるってもんです」
『でも……』
「てっきり貴女からのプロポーズだと思ったんですが……困りましたね」


 さてどうしましょう……と、顎に手を当ててなにやらブツブツと独り言を始める姿を、私はただ呆然と見ているしかできなかった。

 プロポーズ?あのふざけたレポートが?それをレギュラス先生が受け入れてくれた?私が毎日見ているのに気づいていたから?てことは、レギュラス先生も毎日私を見ていてくれたの?


「ナマエさん、僕に呼ばれたら地獄の果てまで来るんですよね?」
『え?あ、はい……』


 頭の中はパニック状態だったが、手招きされて私は机をぐるっと回ってレギュラス先生の横に立った。だって先生が“おいでおいで”してるんだもん。

 私が傍に行くと、レギュラス先生は微笑んで頭をなでてくれた。先生が立ち上がり、目の前でさらさらの黒髪が揺れる。背が高いはずの先生の髪が目の前にあるのは、背を曲げて私の顔を覗きこんでいるからだ。間近で見るレギュラス先生の顔は、いつも以上にきれいに見える。


「魂は抜かないから安心してくださいね」


 レギュラス先生は何度も愛おしむように私の髪をなでていた大きな手のひらを頬に沿え――前髪が顔にかかったと思ったら、唇を吸われていた。

 唇が離れる音が、やけに大きく頭に響く。「これで信じてくれました?」と言う先生の声が、霞がかって聞こえる。

 ああまずい。視界もかすんできた。魂どころじゃなく色々と吸われてしまって感覚が麻痺しているようだ。先生の声はよく聞こえないのに、優しく抱きしめられた腕の中で、少し速い心音だけが鼓膜を震わせる。


「泣かないでください」
『だって、そんな……急展開すぎて、頭がついていかなっ……』
「すみません。つい気持ちを抑えられなくなってしまって……順番が逆ですね」


 再び屈んだレギュラス先生のきれいな瞳が、まっすぐに私の目を捉える。


「好きですよ、貴女が。……僕に、貴女を守らせてください、ナマエさん」


 涙がますます止まらなくなった私を、レギュラス先生はしばらくの間ずっと抱きしめていてくれた。私が真っ赤な顔をして腕から抜けた時も、レギュラス先生は涼しい顔をしていて、なんだか少し悔しかった。だから照れ隠しに『教師が生徒に手を出したなんて知れたら問題ですね』って言ってやったのに、先生は顔色ひとつ変えずに「問題はありません」と返してきた。


「僕には強力なバックボーンがありますからね。それに万一クビになったとしても、貴女を養っていくくらい容易いことです」
『金と権力にものを言わせる気ですか』
「はい。使えるものは使いませんと」
『……先生って意外と性格黒いですね』
「意外ですか?もともとですよ。――ああ、ナマエさんの前では見せないようにしていたかもしれません」


 バレちゃいましたね、と照れ笑いしながら頬をかく先生を見て、なんだか急に不安が押し寄せてきた。


「ナマエさん、こんな僕は嫌いですか?」
『い、いいえ……いいと思います』
「よかった。では、退学の手続きをしにいきましょうか」
『え゛』


 「守るにはずっと一緒にいないといけませんからね」「全寮制では何かと不便でしょう?」と笑顔で言うレギュラス先生。さすがに頷けません。卒業はしたいもの。でも、レギュラス先生に手招きされたから、結局私は校長室までついていってしまった。

 この学校にはレギュラス先生に対する防衛術が必要なのかもしれない……と、レギュラス先生が“強力なバックボーン”をチラつかせて校長先生を脅す姿を見ながらぼんやりと考えた。
防衛術 Fin.

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