短編 | ナノ 恋の成績表
スネイプ
 E(良)と書かれたレポート用紙を見て、ナマエはため息をついた。
 ナマエはここ数年、魔法薬学の授業でO(優)以外の成績をとったことはない。それは宿題のレポートだろうが、学年末試験だろうが変わらずのことで、それなりに頑張っている方だと思う。

 いや、かなりかなりかなーり頑張っている。他の科目はA(可)がほとんどで、たまにE(良)を取るくらいだ。

 それもこれもみんな、スネイプ先生に認められたい一心からなのだが、そろそろ心が折れそうだ。ナマエがどんなにいい成績を取ろうが、スネイプはナマエを褒めたりしない。


「我輩がつけた成績に文句でもあるのかねMs.ミョウジ?」


 教卓の前に立ったまま、レポート用紙に目を落としていたナマエに、抑揚のない低い声がかかる。周りを見ると、もう他の生徒は全員席に戻っていた。


「不満なのであれば今すぐに付け直してやろう――P(不可)でもT(トロール並)でも好きなものを選びだまえ」
『いえ……不満なんてありあません』
「では席に戻って今日の授業の調合を始めたらどうなんだ?ん?」


 黒板をカツカツと叩き、「それとも何が書いてあるか読めんのか?」と意地悪く聞いてくるスネイプに、ナマエは『すぐやります』と返事をし、ため息をつきながら自分の席に戻った。


「鍋を火にかけたら、常に温度を測ることを忘れるな。色がおおよその目安になる――緑色は低すぎだマクミラン。先にヒルの汁を入れるよう言ったであろう。ハッフルパフ1点減点」


 スネイプはいつもどおり、生徒達の間を巡回しながら鍋の中を覗き、出来の悪い鍋を見つけるたびに減点していった。


「無駄話をしている暇があれば温度計を見ていろコーナー。Ms.パチル、それ以上赤くすると鍋が融け出て手が爛れることになりますぞ――もっとも、双子の区別をつけたいというのなら止めはせんがね」


 意地悪く笑われ、パドマ・パチルは泣きそうになった。火を消すのを確認してから次の鍋に向かうスネイプを見て、ナマエはまたため息をついた。

 あそこまでスネイプが言うのは、今回の調合がそれだけ危険だからだ。スネイプの嫌味が、生徒達の危険を回避するためのものだと知ったのはもうだいぶ前のことだ。

 もちろん、意味のない嫌味や侮蔑の言葉を言うこともある。でも、たいていは生徒のほうが知識不足だったり、危険な作業をしていたりすることが多い。

 そのことに気づいてから、ナマエはスネイプの言葉に注意深く耳を傾けるようになった。そして、いつの間にか好きになっていた。

(なんでよりによってあの人なんだろ……)

 マクゴナガルはいいレポートを書けば「よく頑張りましたね」と褒めてくれる。フリットウィックなら、どんな内容だろうと、必ず生徒一人ひとりのレポートにコメントをつけてくれる。なのにスネイプは、ナマエが最も良い評価であるO(優)を何回取ろうとも、何ひとつ言ってくれない。

 そんな不満が募って、無意識に抜けが出てしまい、今回のE(良)に繋がったのだろう。

(スリザリンだったら違ったのかなぁ)

 あの寮で自分がやっていけるとは思えないが、それでも……と思ってしまう。自分がハッフルパフだから――スリザリンではないから、目をかけてもらえないのではないかと。

(いいかげん、寮のせいにするのはやめよう……)

 もしも自分がスリザリンの寮生だったら、と考えるたびに、空しくなってため息がこぼれる。問題は寮ではないことはわかっている。
 以前レポートを提出に行った際に、偶然知ってしまったのだ。スネイプは、幼馴染のリリーという女性と親しかったということを。

(リリーは、グリフィンドール、だったのよね)

 スネイプはスリザリン贔屓――そう単純に思っていられたらどんなによかったか。グリフィンドールのリリーにスネイプが想いを寄せていたのなら、寮はもう言い訳にならない。スネイプは自分には何の興味もないんだと、認めざるをえない。


「Ms.ミョウジ、授業に集中したまえ。――Ms.ミョウジ!」
『あ、はい――っきゃ!』


 ナマエの薬品は真っ赤に染まり、鍋に穴からあふれ出している。スネイプが声を掛けてくれたため大事には至らなかったが、鍋はもう使い物にならなくなってしまった。


「ハッフルパフ5点減点。Ms.ミョウジは罰則だ」
『……はい』


 ついにやってしまった。あたりさわりのない無害な生徒から、問題児にランクダウンしてしまった。舌打ちをしながら鍋と薬品を消すスネイプを見て、ナマエは肩を落とした。

* * *

 罰則ともなれば、さすがにスネイプの印象に残るだろうか。
 問題児に成り下がってもいいから何か個人的な反応がほしいと思ってしまうなんて、自分も相当末期なのだと思う。ナマエは憂鬱な気分で地下牢教室のドアをノックした。


『ハッフルパフのナマエ・ミョウジです』
「入れ」
『失礼します……』


 ナマエが教室に入ると、スネイプはイスに座るよう指示して、そのまま授業の片づけを続けた。てっきり片づけを手伝わされるのかと思っていたため、ナマエは面食らってしばらく入り口に立ったままでいた。


「座れ、と言ったのが聞こえなかったのかね?」


 不機嫌な声で我に返り、慌ててナマエは席につく。机の中に置き忘れていたらしいレポートが顔をのぞかせ、ナマエの気分を下げた。

 片づけを終えたスネイプは、どこからかティーセットを持ち出し、紅茶を注ぎ始めた。自分は罰則に来たはずだ。なぜ紅茶を馳走されているのだ。

(もしかして、何かの毒味?実験台?)


「どうした?」
『いいえ!頂きます!』


 もうどうにでもなれと、いっきに紅茶を煽る。熱い液体が喉を刺激し、思わずむせかえった。そんなナマエの様子を見て、スネイプは眉間に皺を寄せた。


「……そんなに、レポートの評価が不服だったのか?」
『え?』
「考察の過程は問題ない。だが副作用についての部分で不備があった。同時に服用してはいけない薬の記述が――」
『いえ、レポートのことじゃありません』


 返されたレポートを読み返して、どこが問題だったかはすぐにわかった。考え事をしながら書いていたため、うっかり薬の名前を書き間違えてしまったのだ。


「ため息が絶えないほど、我輩の授業はつまらぬものだったのかね?」
『いえ……』
「ではなんだ?普段の君であれば、温度を見忘れるなどという初歩的なミスはしないはずだ」


 スネイプはティーカップに口をつけながら続けた。


「レポートにしたってそうだ。正直Eどころの話ではないですぞMs.ミョウジ。今回は極端に完成度が低い。文字も雑、内容も薄い、言い回しも単調だ。――まるで他のことで頭がいっぱいで、我輩のレポートや授業など二の次のようだ」


 淡々と語るスネイプの言葉に、ナマエは耳を疑った。
 スネイプにとっての自分は、いようがいまいが関係のない、印象の薄い、取るに足らない生徒なのだと思っていた。字や、言い回しまで気にしてくれているなんて思ってもみなかった。しかも、今の口ぶりからするに、お情けでEをくれたようだ。


「どうやら我輩の授業やレポートなどどうでもよくなるほど夢中になるものができたようですな」
『いえ、あの……』
「ふん、どうせ恋煩いか何かなのであろう」


 スネイプの鋭い指摘に、ナマエはビクッと肩を震わせ顔を上げた。が、黒い視線とぶつかり、思わず顔を背ける。その動作を肯定と受け取ったスネイプは、もう一度鼻を鳴らし、「くだらん」と吐き捨てた。

 くだらないだなんてひどい。結婚してもなお、スネイプ先生の気を引いているリリーが憎い。でも、私にはどうすることもできない……。ナマエはもう何度目かわからないため息をついた。


『先生、一度でいいので私の名前を呼んでいただけませんか……?』


 ナマエは思い切って思いの丈をぶつけることにした。はっきりと振ってもらって、次に進むしかない。そのためにも、1つだけでいいからいい思い出がほしかった。


『ファーストネームを呼んでくれたら、諦めます』
「諦める?我輩が名前を呼んだところで何かが変わるとは思えませんな」
『変わります。恋煩いの相手がスネイプ先生だからです』
「ふざけるのも大概に――」
『本気です』


 ナマエは、ゆっくりと大きく息を吸い、顔を上げてスネイプを見た。


「つまり……レポートの不出来の原因も、調合の失敗も、我輩のせいだと?」
『そうとも言えます』


 スネイプの眉間の皺は、先程よりも深くなっていた。怒っているというよりは、狼狽しているように見える。指を額に当て考え込み、皺を揉みほぐすようにしている。


『私、スネイプ先生が好きなんです。……でも、先生には想い人がいらっしゃるんでしょう?だから、1回呼んでくだされば諦めます』


 スネイプが自分のことを気にかけてくれていたことが分かっただけでも十分だ。もし、あの女性と同じように名前で呼んでくれたら――。今日のことを思い出にして、また普通の当たり障りのない一生徒として、卒業までを過ごせる。


「呼ぶわけにはいきませんな」
『どうしてですか?たった1回だけでいいんですよ?そしたらもう、こんな馬鹿なことは言いません』
「馬鹿なことに我輩は付き合う気はない」
『授業もレポートも真面目にやりますから』
「やらなくて結構」
『そこまで拒絶しなくてもいいじゃないですか!1回呼んでくれたら諦められるのに――』
「諦められては困りますからな」
『――え?』


 スネイプの眉間の皺はすっかりなくなっていた。先ほどまでの狼狽の様子も見られず、手を組んでナマエのことを見つめ返している。


「そういうことは早く言いたまえ。我輩はなんとも思っていない者のことをよく観察するほど、他人の言動に興味がある人間ではない」
『やめてください』
「それから、好意を持たない相手に対して、紅茶をふるまったり、レポートの出し直しを許可したりはしない」
『そんな言い方をされたら、勘違いするじゃないですか。――先生が私のことを好きなんじゃないかって……』
「そう言っているつもりなのだが?」


 スネイプはわずかに眉を上げ、机の中からEと書かれた羊皮紙を引っ張り出し、燃やして炭にした。驚きやら何やらで瞬きすら忘れたナマエを見て、スネイプは「名を呼んで欲しければ――」と意地悪く笑った。


「我輩を満足させるレポートを書いてきたまえ」


 表情を和らげるスネイプを見て、ナマエの頭の中で何かがはじけた。


『お、Oを取れたら名前を呼んでくれるってことですか!?』
「さよう。一度といわず、何度でも好きなだけ耳元でささやいてやろう」
『がががんばりますっ!』


 ナマエは真っ赤な顔で元気よく返事をした。
 思いがけない展開に、頭がついていかない。もしかしたら夢かもしれない。調子のいいことを言って騙しているのかもしれない。

(それでも、名前が呼んでもらえるなら!)

 ナマエは俄然やる気を出し、いままで以上に魔法薬学に熱心に取り組むようになった。しかし、今度は別の意味で頭の中がいっぱいで、レポートはまったく進まない。再びOがもらえるようになったのは、それから1ヶ月も先のことだった。
恋の成績表 Fin.

[3つのお題企画]
@リリーに嫉妬
A「一度でいいので私の名前を呼んでいただけませんか?」
B最後は甘
詳細:教授と穴熊寮ヒロイン
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