短編 | ナノ 肉食系男子
リーマス
 間が悪いとはまさにこのこと。ハニーデュークスで大量のお菓子を買ってルンルン気分の私の目の前に、リーマスが現れた。

 突然降り出した雨も、雨宿りのために入った薄気味悪い空き家も、私の高揚した気分を下げることはなかったというのに、リーマスが駆け込んできた瞬間、外の天気にも負けない暗雲が私の心の中に立ち込めた。

 ずぶ濡れのリーマスから距離をとるように反対側の壁に移動し、早く止まないかなと恨めしそうに窓の外へと目を向ける。突然降り出した雨は激しさを増す一方で、道に小さな川ができ始めている。ホグズミードでの買い物を楽しんでいた生徒達はそれぞれどこかで雨宿りをしているようで、誰ひとり見当たらない。横にいるリーマス・ルーピンを除けば、だが。

 なんでよりによってこの人が、と思いながらナマエは横目でリーマスの様子を窺った。

 いつもはふわふわしている鳶色の髪の毛が雨に濡れてぴったりと顔に張り付いている。水を吸って重くなったローブを脱いで絞っているようだが、「ひどい目にあったよ」という言葉の割には表情は穏やかだ。


「君はあまり濡れずに済んだようだね」
『たまたまこの家のすぐ近くにいたから』
「そっか。僕はジェームズたちを捜そうとしたせいでこの通りだよ」
『雨が止んでから捜せばいいのに』
「ははっ、そうだね。その通りだ」


 人懐っこい笑顔を向けるリーマスに好感を抱いている同級生は多い。けれども私は、みんなが言うほど良い人だとは思っていなかった。

 優等生ぶっているが、ジェームズとシリウスと絡んでいるあたり信用ならない。それに、ここに入ってきてからずっと、彼の視線は私の抱えるお菓子に釘付けだ。私に話しかけている時も、リーマスの目は私の顔ではなく、腕の中の袋に向けられている。


「そんなに警戒しないでよ」


 なんてわざわざ言ってくるあたりがもうあざとい。
 私の大事なお菓子が危険に晒されているんだから、警戒せずにいられようか。眉を下げて寂しそうな表情をしたって無駄だ。リーマスが甘いものに目がないことは、周知の事実なんだから。


「おなかすいたね」


 愛想の悪いナマエに向かって、ついに空腹アピールを始めた。本性を現し始めたリーマスに、私はより一層警戒心を強め、『別に』と空を見ながら冷たく返した。
 まだ雨が止む気配はない。

* * *

 ナマエが会話を楽しんでいないことなど分かっているはずなのに、リーマスは次々と話しかけてきた。これは彼の作戦に違いない、とナマエはお菓子の袋を握る手に力を込める。仲良くなってお菓子を分けてもらおう作戦になんてひっからないんだからね!


「僕、今日まだ何も食べてなくてさ」
『どうせ寝坊したんでしょ』


 同情を引いても駄目。絶対にあげないんだから!

 雨が上がっていなくても外に出ちゃおうかな、と考え始めたそのとき、突然リーマスの冷えきった手がナマエの顔を包んだ。外を見ていてリーマスが近づいてきていたことにまったく気づかなかった。


「話をするときは、相手の目を見るもんだよ」


 ぐいっと首が折れるのではないかという勢いでリーマスが顔を横に向け持ち上げる。その言葉、そっくりそのまま数分前のあなたにお返しします。というか、今も私の顔をリーマスに向き合わせておいて、目線はお菓子の袋よね!?


『離して』
「君が僕の話を目を見て真面目に聞いてくれたら離すよ」
『聞いてるわよ』


 少なくとも今は。少なくとも、私は!相変わらずお菓子に釘付けだったリーマスの視線が、ふっと上がり、ナマエの目を捉えた。


「実は僕、狼人間なんだ」
『……は?』


 なんだそれ。なんで今この展開でそんな重大なカミングアウト?今日って満月だっけ?ここにいたら危ないの?夜になる前にホグワーツに帰るんだから関係ないでしょ!


「驚いた?」
『そりゃ』


 いろんな意味で驚きましたとも。事実なら事実で、ここでぶっちゃけた意味がわからない。嘘なら嘘で、そんなくだらない嘘をついたのか理解に苦しむ。どちらにせよ、流れを完全に無視したリーマスの思考回路に驚きです。


「怖がらないんだね」
『いや、だって……ねえ?』


 怖がって欲しかったのか?キャーって叫んで、逃げたほうがよかった?あ、そうか。お菓子を捨てて逃げると思ったのか。私はそんなに単純じゃないぞ!


「うれしいな」


 笑顔で発せられたリーマスの言葉が、なぜか「おなかすいた」に聞こえた。


「僕、人狼だから、お菓子を食べないと変身しちゃうんだ」
『嘘つけ!』


 そんな種族は聞いたことがない。あまりの突拍子もない発言に思わず突っ込みを入れると、リーマスは目を細めて微笑んだ。
 あ、その笑顔は怖いかも。なんか変なオーラが見える気がするよ。


「このままだと君を食べちゃいそうだな」


 そう言ってリーマスは先ほどまで手を添えていた私の頬へ口をつけた。キスみたいなかわいいものじゃなく、カプっと甘噛みをするように歯を立てて。


『何すんのよっ』


 やっぱり思ったとおり危険人物じゃないか!誰だこいつを監督生にしたやつは。今からでも遅くないから人変えたほうが良いと思うよ!

 ナマエは逃げようともがいたが、リーマスはがっちりと両手で私の頭を押さえて離さない。そのうち噛み切られるんじゃないかと恐怖が押し寄せ、ついにお菓子を守ることを諦める。


『あげるから離してっ』


 袋の中から板チョコを取り出して押し付けると、リーマスはやっと口を離した。


「歯形ついちゃったね」
『リーマスがやったんでしょうが!』
「そうだっけ?僕、獣になっているときの記憶はないんだよね」
『……』


 あきれてものが言えないとはまさにこのこと。そんな都合のいい逃げ道を平気で言うリーマスの気が知れない。チョコレートをあっという間に平らげたこの男は、こともあろうか「足りない」と言い出した。


『はぁ!?いい加減に――』
「半分くれないと狼になっちゃうよ?」
『――っ』


 甘い舌でペロッと歯形を舐めあげた後、リーマスは耳に移動してはむはむし始めた。息がかかってくすぐったいし、たまに舐めるもんだから、背筋にぞわぞわと悪寒が走る。私が鳥肌を立てていることに気づいたリーマスは、ニコッと笑って「僕はどっちでもいいけど」と耳元で囁いた。

 マクゴナガル先生は、ジェームズとシリウスの悪戯を止めてくれることを期待してリーマスを監督生にしたらしいが、とんだ見当違いだ。悪戯仕掛人を裏で操っているのはリーマスに違いない。諸悪の根源はこの目の前で黒い笑みを湛えているエセ狼だ。


『……どうぞお好きに』
「ありがとう。ナマエは良い人だね」


 リーマスは袋ごと私の手からお菓子を取り上げた。半分じゃなかったのかい。なんて、突っ込む気力は今の私にはない。

 だけど、お菓子を口いっぱいに含んだリーマスが、空気で頬を膨らませている私に顔を向け「やっぱり君も食べていい?」なんて聞いてきたから、さすがに殴ってやった。
肉食系男子Fin.

[3つのお題企画第四弾]
@ホグズミード
Aお菓子
B狼(?)
詳細:学生のヒロインがホグズミードで大量のお菓子を買って、それをみた学生リーマスが半分くれないと狼になるよと脅す、ギャグっぽいお話
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