短編 | ナノ 自意識過剰の男
スネイプ
 ホグズミードの一角にある細い路地裏。去り行く育ちすぎた蝙蝠。取り残される私。


『ま、待ってくださいよ!』


 我に返った私は叫んだ。


『冗談じゃないわ!だいたい口止め料って表現おかしいでしょう!』


 自意識過剰も甚だしいんじゃないの!?こんなの罰則レベルよ!
 というか、置いていくな!足がまだ地面から離れないんですけど!!帰るなら魔法といてからにしろよこの陰険根暗野郎!馬鹿!アホ!死ね!大っ嫌い!!

 去っていく教授に思いつく限りの悪態をついていると、半分ほどのところでピタッと足を止めて教授は戻ってきた。


「ずいぶんな物言いですな、ナマエ」


 顔を近づけられれば、嫌でも先ほどの行為が思い出される。顔に熱が集中するのがわかる。この至近距離で名前を呼ぶなんて反則だ。


「魔法ならとうに解けている」
『は?え?でも1歩も動けないんですが』
「腰が砕けるほどよかったのか?」
『そんなわけ――』


 ない、と言おうとした私の唇は再び教授によって塞がれた。先ほどとは違う、軽く啄ばむような優しいキス。チュ……という音が、私の顔をさらに赤く染め上げる。


「自意識過剰だと思うかね」
『あ、当たり前です!』


 真剣な表情に心が揺らぐ。先ほどからドクドクと心臓がうるさい。

(おいおい、相手はあの陰険教授だぞ。しっかりしろ私!)

 一時の感情に流されるなと自分を叱咤激励する。そんな私の様子などお構いなしに、スネイプ教授は軽々と私を抱えて立ち上がった。


『なにすんですか!おーろーしーてーーー!』
「置いていくなと言っていたのはどこの誰だ……おとなしくせんとこのまま家まで連れてゆくぞ」
『!』


 スネイプの腕から逃れようとジタバタしていた私は、身の危険を感じてピタッと動きをとめた。人形のようになった私に「まあいずれそうなるがな」と言って教授は歩き出した。

(き、聞こえない聞こえない!)

 今何かを言えば間違いなく連れ去られる。逃げることも文句を言うこともできない私にできることはただ1つ。ひたすら聞こえないふりをして落ちないようローブにしがみつくことだけだ。

(腕力なんて皆無みたいな顔してるくせに!)

 話すことも動くこともできないと、考えることくらいしかやることがない。どんどん余計なことが頭の中に浮かんでくる。

 生徒を1人抱えたままホグズミードの端から端まで移動できるなんて思ってもみなかった。血が通っていないに違いないと噂していたのに、ローブ越しにも冬の寒さを感じさせない温もりが伝わってくる。トクントクンと規則正しく聞こえる音は、心なしが早いように思える。

 スネイプ教授の心音が聞こえるということは、私の心音も聞こえてしまっているのだろうか。頭の中はパンク寸前で、駅に着くころにはもう何も考えられなくなっていた。


「ああ、それから、言い忘れていたが――明日から毎日我輩の部屋に来るように。先刻さんざん罵ってくれたことへの罰則だ」


 誰もが恐怖する罰則宣言。それなのに、愛の妙薬を飲んだような、不思議な甘くふわふわした気分になっていた私は、なんだか明日が待ち遠しいと感じだ。

* * *

 そして訪れた新学期。
 当然のことながらホグズミードでの一件はフレッドとジョージはおろか、親友のルームメイトにも言えなかった。モヤモヤとした気持ちを抱えたまま地下牢教室に行くと、いつもとなんら変わりのない仏頂面のスネイプ教授がいた。


「まずは残った材料をすべて研究室の棚に戻すことだ。終わったら次は瓶を洗え――もちろん魔法なしでだ」


 教授は冷たい口調であれこれと手間のかかることを命令する。昨日の出来事は夢だったに違いないと思いながら教室と研究室を行ったり来たりしているうちに、あることに気づいた。

 スネイプの研究室のデスク上に無造作に置かれている小ぶりの籠の中に、チョコやら飴やらが入っている。見間違いでなければ、昨日教授が手に取って見ていたものと同じ包装にくるまれたキャラメルが混ざっている。

(もしかして今までもらっていたのって……)

 私は、罰則で片づけを手伝わされたときは、必ずスネイプ教授の目を盗んで、お菓子をくすねていた。てっきり誰かからもらったものや談話室にあったものだと思っていたし、お菓子に興味がない教授は盗られていることにすら気づいていないと思っていたのだが――。


『わざわざ私の為にお菓子を準備していてくれたんですか?』


 あの不釣合いなハニーデュークスまで行って。


「そういう君は、わざわざ我輩に処罰されるために問題を起こしていたのでは?」
『そんなことありません』


 お菓子の籠を眺めながら『自意識過剰ですよ』と付け加える。だけど、言われてみれば確かに、スネイプ教授の目の届く範囲で行うことが多かった気もする。捕まるときは決まってスネイプ教授だ。


『バレるかバレないか、捕まるか捕まらないかのギリギリのスリルを楽しんでいたんです』
「そのわりには、バレなかったことも捕まらなかったこともないようだが」
『……』


 フィルチに捕まったことはないと言おうとしてやめた。これでは教授のときだけ逃げられるのに逃げてないみたいだ。


「我輩は、自意識過剰かね?」


 根に持つタイプはこれだから困る。何回聞くつもりなんだ。しつこいにもほどがある。


「それから、陰険で根暗で、馬鹿でアホだと言ったな」

(ネチネチ言ってくるところが既に陰険なんだってば)

「死ねと、大嫌いだと――」
『すみません、死ねは言いすぎました』
「それだけか?」
『……もう1つのほうも撤回します』


 誘導されていると気づいたときには遅かった。教授は意地の悪い笑みをうかべ、「では、なんだ?」と聞いた。


『……好き…なんだと思います…………多分』


 付け加えられた言葉に難色を示したが、それでもスネイプ教授は嬉しそうにして「知っていた」と答えた。


『そういうところが自意識過剰なんです』


 そんなところも好きですけど、なんて口が裂けても言えない。ハニーデュークスで教授が手に取っていたキャラメルに手を伸ばし、照れ隠しに1つ放り込んだ。


「誰が勝手に食べていいと言った終わるまで褒美はやらん」


 教授は私の口から強引にキャラメルを奪った。その行為自体が十分褒美になっているとは気づかないのだろうか。聞こえなかったふりをしてチョコレートに伸ばした手は、すぐに止められた。


「あとで嫌と言うほどしてやるから、先に仕事を終わらせろ」


 私の魂胆を見抜かれていたことと、耳元で囁かれた甘い言葉に顔を真っ赤にさせ、私は『だから自意識過剰なんだって!!』と叫んで急いで片づけを始めた。
自意識過剰の男 Fin.
→続
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