短編 | ナノ リドルの日記
リドル
 トムと私は幼馴染だと言うと、たいていの女の子はうらやましがる。幼馴染といっても、一緒の孤児院で育てられただけなので意味は少し違う。そう付け加えると「家族同然じゃない!」とさらにうらやましがられる。

 私からしてみれば、トム・リドルという人間は、家族というよりもライバルに近い。

 昔からトムとはよく張り合っていた。背の高さだとか、起きる時間だとか、先生に褒められる数だとかから始まり、“どちらが早く数え終わるか競争”を繰り広げた時期もあった。

 階段の数だったり窓ガラスの数だったり、よくもまあそんなくだらないことをと今になると思える。私が汗だくになりながら孤児院を駆け回っている間に、トムは敷地の設計図を借りて涼しい顔でカウントしていることを知ったときは、さすがに泣いた。
 私が唯一負けなかったのは、給食を食べ終わる早さ、くらいだと思う。


 私達の戦いはホグワーツに入ってからも続いていて、すべての教科の成績を比べあった。今度こそはと意気込んだ私は寝る間も惜しんで勉強して、毎日図書館に通った。それでもトムにはとても叶わないと、すぐに思い知らされた。

 あれから5年経った今、私は完全にトムのパシリである。


「ナマエ、これ図書館に返却しておいて」
『そんなに沢山持てないよ』
「往復すればいいじゃないか」
『半分持ってくれたりは……』
「どうしてこの僕が君を手伝わなきゃいけないのさ」
『これ、トムが借りた本だよね?』
「だから何?ほら、早く行ってきてくれる?僕が女の子に本を持たせておいて平気な男に見られたら困るだろう」


 事実以外の何ものでもないと思うが、トムに歯向かったところで言いくるめられるのが落ちだ。これ以上は時間の無駄だと判断し、私は『そうですね』と嫌味っぽく言って談話室を出た。

 ああ、いつからトムはこんなに意地悪になったんだろう。昔っから嫌味なやつだったけど、ホグワーツに入る前はそれなりに優しかったのに。『トム、トム!』と言って後を追いかけていた頃が懐かしい。

 最近のトムといえば、往生際悪くも必死に努力する私の元へやってきて「そんなことも知らないの?」と言って鼻で笑っていくのを日課としている。

 今日もまたトムがやってきた。3往復してやっと“トムの”本を返し終え、宿題をやり始めた私の隣へ。

 図書館に来る予定だったなら、自分で本返せばいいじゃないかというごく当たり前の意見をぶつけるのはとうの昔に諦めた。トムは昔から一度言ったらきかない。それが自分の目標だろうが主張だろうが、人をパシる発言だろうが変わりはなかった。


「ドラゴンと龍の違い……そんなことも知らないの?」
『知らないから学校に勉強しに来てるんですー』
「そういう顔をすると、よけい馬鹿に見えるからやめたほうが良いと思うよ」


 ふくれる私を嘲笑するトムの元に、同じ寮の後輩2人がやってきた。きゃっきゃ言いながらトムに勉強を教えてくださいとお願いしている。トム優しく微笑んで「いいよ」と隣の椅子を引いた。

 なんだこの扱いの差は。

 ムカついたので『図書館ではお静かに』と冷たく言い残して席を立ってやった。後が怖いけど知ったこっちゃない。私は足を踏み鳴らしながら寮に戻り、アブラクサスを捕まえた。

 アブラクサスは、トムの本性を知っているのにトムに懐いているおかしな後輩だ。リドルの代わりに一発なぐられて、忠実なところを見せていただこう。


「リドルさんならいらっしゃいませんよ」
『なんで私が自分からあいつを捜さなきゃいけないのよ!』
「違いましたか。すみません。なんでしょう」


 読んでいた本をしまって話を聞く姿勢をとってくれた礼儀正しい後輩に八つ当たりするのも気が引けて、私は呼吸を整えてから『トムのどこがいいの?』と聞いた。


「どうしたんですか急に」
『知りたくなっただけよ』
「そんなの全部に決まっているじゃないですか」
『……全部?』


 聞き間違いかと思って再度聞きなおしたが、「全部素敵です」と自信満々な答えが返ってきただけだった。納得がいかない私に向かってアブラクサスは細かい点を説明しだしたが、要は「全部」ということがよくわかっただけだった。

 そんなに好きならもういっそ結婚すると良いよ。そんな馬鹿な私の発言にもアブラクサスは「そういう好きじゃなくて、敬愛って意味ですよ」と丁寧に話してくれた。トムとは違って気遣いができるアブラクサスのほうがよっぽど素敵だと思う。


『ねえ、そんな素敵なトムはどうして私にあんなに冷たいのかな?』
「そのようなことはないと思います」
『そんなことあるって』
「本人に聞いてみたらいかがです?」
『嫌よ。バカにされて終わるだけだわ。トムにとって私は虫けらなんだわ』
「そんなことおっしゃらないでください。ナマエ先輩は十分魅力的な女性ですよ」


 社交辞令だとわかっていても、トムとは正反対な優しい言葉に涙が出そうになる。なんて良い子なんだ!と手を取って感動していたら、当人がやってきた

 トムは虫の居所が悪かったのか、冷たい感情のない目をアブラクサスに向けた。

 かわいそうなアブラクサスは、蛇に睨まれた蛙のようになって、一礼して部屋に戻って行った。


「ナマエ、僕がいないところであいつと何をしてたいの?」
『ちょっと気になる事があったから質問していただけよ』
「なんであいつに?僕のほうが――」
『トムはかわいい女の子の相手で忙しいでしょ』


 ツンと答えてやれば、トムは眉をぴくりと動かした。

 しまった。これではトムの気を引こうとする女の子達と同じではないか。怪しく光る目に優越感が垣間見えて、私は今しがた言った自分のセリフを後悔した。


「なにそれ。嫉妬?」
『ち・が・い・ま・す!』
「ふぅん……で、アブラクサスと何を話していたの?」
『……』


 自ら罵られに行くほど馬鹿ではないので、黙っていると、トムは「言えないの?この僕に?」と不機嫌になった。


「言いなよ。それとも開心術を使われたい?」
『なんでそこまでムキになるのよ』
「ナマエが僕に秘密を作ろうとしているのが許せない」
『はぁ?いつから私とトムは秘密を共有しあう仲になったのよ』
「出会った瞬間から」


 当然のようにトムは言い、「それから共有じゃない」とつけ加えた。
 つまり、私がトムに秘密を作るのは許されないが、トムは私に秘密を作ってもいいと、そういうわけですね。

 その後もあまりにもしつこく聞くものだから仕方なく言うと、トムは眉間に入れていた力を抜き、数回瞬きした後に鼻で笑った。


「そんなこともわからないの?」
『言うと思ったわ!』
「自分で気づくまでいじめ抜いてあげる」


 勝ち誇った笑みを浮かべたトムは、それから言葉の通り私が他の子と遊ぶ暇もないほどパシッていじめ抜いた。
 それでも他の女の子にはトムが優しい紳士に映っているから不思議だ。

 精神的にも体力的にも限界が近づいた頃、トムは部屋に忘れたレポート(しかも私がとっていない科目の、だ)を代わりに提出するよう私に命じた。ため息をつきながら監督生用の1人部屋に向かうと、机の上に使い古された日記帳が置かれていることに気づいた。


『チャーンス!』


 これに何かトムの秘密でも書かれていたら、形勢逆転だ。勝手に見たことがバレたらどうなるかなど考えもせずに、私は分厚い日記帳を開いた。

――
今日は、どちらが早おきできるかというきょうそうをもちかけられた。
おかげでどうどうとナマエのねがおを見に行くことができた。
かわいかった。
 :
 :
魔法学校に入らないかと勧誘の手紙が来た。
ナマエと離れるなんて嫌だと思ったけど、ナマエにも手紙が来たらしかった。
『一緒に学校に通えるね』とナマエは喜んでいた。楽しみだ。
 :
 :
最近ナマエが僕の後をくっついてこなくなった。
友達ができたらしい。
生意気。
 :
 :
テストで1位を取った。魔法界でも僕より優れた人間がいないと証明された。
それなのに、ナマエは僕を讃えようともしない。
ムカつく。
 :
 :
他のやつらが目障りだ。優等生ぶるのも楽じゃない。
ナマエに八つ当たりしたら泣きそうになっていた。
必死に泣くのを我慢している姿がそそるね。
 :
 :
まわりが僕とナマエの仲を勘繰ってくる。鬱陶しい。
僕以外のやつがナマエを傷つけるのは許さない。
ナマエをいじめていいのは僕だけだ。
 :
 :
最近やっとナマエが僕の言うことに従うようになってきた。
もう少しだ。
ナマエは僕の言うことだけ聞いて、ずっと僕の傍にいればいい。
 :
 :
今日、ナマエがアブラクサスなんかと手を握っていた。
ナマエが誰のものか、ちゃんとわからせなきゃいけない。
服従の呪文を使ったら少しはましになるだろうか。
 :
 :
またナマエが『なんで私ばっかりいじめるの』と聞いてきた。
僕が思っていた以上にナマエは馬鹿で鈍いようだ。
こうなったら奥の手を使うしかない。――


『これは……』


 10年近く前から書き溜められた3行日記は、全部ナマエのことで埋め尽くされていた。たまに危険な内容が書かれているが、この日記の持ち主がナマエをどう思っているかは一目瞭然だった。


「見たね?」
『とトトトトム!?い、いつからそこにっ』
「人の物を勝手に見ちゃいけないって、習わなかったの?」


 いつの間にやってきたのか、戸口には薄笑いを浮かべたトムが立っていた。日記を見られたというのに、トムは恥ずかしがることも怒ることもなく、楽しそうに笑っている。


「人の秘密を覗き見たんだ、それ相応の責任を取る覚悟があるんだよね?」
『ご、ごめん……』
「一生僕の言うことを聞くなら許すよ」
『一生!?』
「選ばせてあげる。ここで人生に幕を閉じるのと、残りの人生を僕に捧げるのと、どっちがいい?」


 きれいな瞳をすっと細め、トムは杖を取り出した。日記の中にあった“服従の呪文”が頭をかすめる。トムなら“拷問の呪い”も“死の呪文”も平気で笑顔で唱えそうだ。


『ト、トムに捧げるほうで……』


 少し前までなら死んだほうがましだと思っただろうが、日記を読んでしまった今となっては、後者を選ばざるを得ない。だってトムが周りの子の嫉妬から私を守るために私にだけ冷たく当たっていたなんて知ってしまったら、何も文句は言えない。


「僕の傍を離れないと誓うね?」
『う、うん』
「そう。じゃあ許してあげる」


 満足そうに笑みを浮かべるトムにつられてはにかむと、「破ったら殺すから」と冗談には聞こえないセリフを吐いて、私の手から日記帳を取り上げた。そして、机の上にあった羽ペンを手に取り、きれいな字で今日の日記を書き綴った。

――作戦成功。
この僕にしてはだいぶ手こずらされたが、これでやっとナマエに自分が誰のものかわからせることができた。
明日からが楽しみだ。――
リドルの日記 Fin.
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