短編 | ナノ 学習機能〜セブルス視点〜
セブルス
 学年末試験の3日前、図書館でレポートを仕上げていたセブルスは、そろそろ来るころかなと思い本を閉じて羽ペンを置いた。立ち上がり席を立とうとした瞬間、予想通りの声が聞こえ、心持ち口の端があがる。


『セブルスー!』


 図書館では静かに!というマダム・ピンズの注意も聞かずに真っ直ぐに僕に向かって歩いてくるのはナマエ・ミョウジ。目立つ存在ではないが、笑うとそれなりにかわいい。そんな彼女が泣きそうな顔で僕の両手をつかんでいる。


『セブルス、助けて!』


 潤んだ瞳でそんなことを言われれば、放っておくことなどできない。もっとも、どんな顔をしていようとナマエに頼まれたら僕はなんだって力になってやりたいと思うだろうが……。


「どうしたんだ?」


 返ってくる返事はわかりきっていたが、あえて聞いた。そして、予想通りの答えが返ってくる。


『もうすぐテストなのに、勉強全然終わってないの!』
「君には計画性ってものがないのか?いや、ないから毎年こうなってるんだろうな」
『仕方ないじゃない、気づいたら3日前だったんだもの!』
「仕方なくないだろ。……まあいい、いくぞ」


 ここじゃしゃべれないからと談話室に戻る途中もわざとらしくため息をつき、小言を言い続ける。こんな会話でも、一言でも多く話したかった。


「あとは何の教科が残ってるんだ?」
『えっと、えっと……全部?』
「全部!?」


 どうしてもっと早くからやっておかない。何教科あると思ってるんだ。


「仕方ないな。これから3日間は寝る時間削って勉強するぞ」
『うぅ……ごめん』
「いいから教科書出せ。今日は薬学と薬草学だ」
『ありがとう』


 ありがとうはこっちのセリフだ。頼ってきてくれるのが僕であることがどんなに嬉しいか君は知らないのだろう。1つの教科書を覗き込んでいるため、自然とナマエとの距離は近くなる。
 肩が触れる距離にいることで、羊皮紙にペンをはしらせる白い手だとか、真剣な目の長い睫毛だとか、「わかった」と嬉しそうに笑う顔だとか声だとかにいつも以上に反応してしまう。ついてこれているかどうかこまめに確認しながら文をなぞっていくとふわりと優しい香りがした。髪を書き上げるたびにシャンプーの香りがするサラサラの髪の毛に思わず触れそうになって、あわてて手を口元にもっていきごまかす。


『セブルス眠い?』
「いや、大丈夫だ」


 あくびをしたと思われたのか、眠いなら寝ていいよと心配そうに覗き込むナマエに気の利いた一言でもかけてやれればいいのだが、あいにくルシウス先輩のような脳は持ち合わせちゃいない。


「毎年毎年よくこんなギリギリまで溜められるな」


 口から出るのはいつも優しさの欠片もない皮肉。こんなことでしか会話することができない自分が嫌になる。本当はもっとナマエが喜ぶような話をしたいのだが、どんな会話をすれば盛り上がるのか見当もつかない。だから、文句でも反論でもいいからナマエの声が聞ければいい――そう、自分に言い聞かせる。


「ナマエには学習能力はないのか?」
『学習してるよ』


 口を尖らせて言う君が、悪戯っぽく笑って『だからギリギリまで勉強しないんじゃない』と言うのを聞いて、僕も1つ学習した。どうやらナマエはわざと勉強をしていないようで、それは僕に教えてほしかったからで……。ああ、くそっ、こんな時なんて言えば良いんだ。ギリギリになったら君が助けを求めに来るってわかってたから、僕は1週間前までにテスト勉強を終わらせている。全部、ナマエのためなのに、どう勘違いしたのか君は自分でやるとか言い出すものだから、あわてて僕は手をつかんだ。


「1週間前に試験勉強を終わらせるのも、試験前になると毎年君が来るから……」


 勢いでつっぱしってしまい、しまったと思ったがとき既に遅し。ナマエは驚きで目を見開いて僕のほうを見ている。そんな顔をしないでくれ。徐々に顔が朱に染まっていくのを見たら、僕は期待してしまう。


「僕は、ナマエが来てくれるのを待ってて……こんなときにしかまともに話せないし――話っていっても僕の口から出るのは嫌味ばかりだけど――でもそれでも僕は……」


 うまく言葉が出てこなくてもどかしい。どうか伝わりますようにと手に力を込める。


「だから、その……自分でやるとか言わないでくれ」


 どうか僕を頼ってほしい。僕にナマエと話をするチャンスをくれ。そう目で訴えるとナマエは顔を赤らめて続きを教えてくれと頼んできた。嬉しくて張り切って説明を続けると、気づいたときにはもう1時をまわっていた。


「こんな時間か」
『あ、ありがとう。助かったわ。お、おやすみ!』
「ああ、おやすみ……」


 本当は朝までずっと手を握っていたかったが、そうするわけにもいかず、名残惜しいがナマエを離して女子寮へ見送った。僕が教えることでナマエが試験をパスするのなら、また来年も頼ってきてくれるだろう。





 ナマエの試験結果を見て僕は愕然とした。


「なんで追試なんだ!」
『だ、だって!セブルスがずっと手を放してくれないから、ドキドキしてそれどころじゃなくて……」


 そんなかわいい理由を頬を染めながらうつむき加減で言うな。僕は掲示板を見に来る人ごみの中、横に立つナマエの指を絡めとった。


「慣れればいいだろ」


 手をつなぐことに。僕と一緒にいることに。それが普通になればいいんだ。そうすれば、僕はわざわざ試験前まで待つ必要がなくなる。
学習機能(セブ視点) Fin.

どっち視点で書こうか迷って結局両方書いちゃったやつ
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