短編 | ナノ 王になれる日
リドル
 クリスマス休暇中にホグワーツに戻ろうと思ったのは、ほんの気まぐれだった。ふとあの生意気な1年生のことを思い出し、まさか寝てないなんてことはないだろうと余計な心配を始めてしまったのが運の尽き。私は年も明けないうちから、ホグワーツ特急に乗って雪に覆われた城へ戻った。


「忘れ物?」


 トムの第一声は意外にもジョークだった。しかしそれ以上の会話を続ける気はないようで、すぐに視線を外して読書に戻る。

 相変わらず無礼で愛想がないのは相手が私だからなのか、それともよっぽど本が面白いからなのか。もしかしたら寂しがっているかもしれないなんていう私の心配が杞憂に終わったことだけは確かだ。


『話は相手の顔を見てするものよ』
「調べ物をしている相手に無駄話を持ち掛けないというマナーは存在しないわけ?」
『ああ宿題をしていたのね。ごめんなさい』
「僕がそんなことのために数日も使うと思うの?」


 どうやら癪に障ったらしい。トムからジロリと鋭い眼差しが飛んでくる。私は『思わないわ』と肩をすくめ、コートを脱いでトムの隣に腰掛けた。


『ホグワーツ功労賞の名簿?』


 トムが見ていたのは本ではなく資料だった。周りにはクィディッチの選手登録簿や、クラブ活動の部誌、どこから手に入れたのか、罰則記録簿なんていうのもある。


『もしかして、お父様探し?』
「ホグワーツに通っていたなら、どこかに記録が残っているはずだ」
『そうとは限らないわ。後世に名を残すことができるのは、ごく一部の優れた人だけなんだから』
「スリザリンの末裔が優れていないはずがない」
『まだそうだと決まったわけじゃないでしょう』
「そうに決まってる」


 トムはムキになって答えた。


「僕は特別だ。先生方はみんな僕が才能ある魔法使いだと言う。蛇と話が出来ることを知ると、みんな僕に一目置く」
『あら。パーセルタングのこと、先生に言ったのね』
「言うわけないだろう」


 切り札は出しどころが肝心だ、とトムは自分に言い聞かせるように言った。


「教える相手は選んでる。そうすることで、あいつらはより僕に心酔する」
『あなた、いつもそんな風に計算して人付き合いをしているの?』
「世渡りは大事らしいからね」
『確かにそう言ったけど……』


 実際、トムは人の心をつかむ事に長けていた。あっという間にスラグホーン先生のお気に入りになり、月が変わるころには、学校中が彼の噂をしていた。
 特に女子生徒からの視線は熱く、その生まれ持った美貌も相まって、トムに夢中になる子が後を絶たない。上級生や男子生徒の嫉妬を買っていたのも最初だけで、今ではもう、一種の“とりまき”のような連中もいる。


『見事な変体っぷりだけど、ずっとじゃ疲れない?』
「僕には容易いと言ったはずだ」
『そのわりには私への横柄な態度は改めないのね』
「君は他の人とは違う」
『あらありがとう』


 こうも簡単に思わせぶりな言葉が出てくるなんて、容易いと偉ぶるだけのことはある。人は誰しも特別扱いに弱いということを、この子は11歳にしてよく理解しているのだ。


『そういえば、ダンブルドアにもあなたをよろしくって言われたわ』
「……それで戻ってきたわけ?監視の為に」


 他に誰もいないことをいいことに、トムは嫌悪感を露にした。


「僕を1人にすると盗みを働くと思っているんだ」
『盗み?私はただ、おやすみのキスをしないと眠れないかわいい後輩のことが気になっただけよ』
「嘘をつくな。本当のことを言え」
『本当よ。だから今、ちょっと後悔してる』


 スリザリンで学校に残っているのはトム・リドルだけ。そのことが彼にとって幸運でしかなかったことは火を見るより明らかだ。談話室は彼の城と化し、他人の目を気にせず調べ物ができていたところやってきた私は、いわゆる招かれざる客でしかない。


『お父様の名前もトム・リドルなんだっけ?』
「余計なことはしなくていい。僕1人で探せる」


 せめて手伝いくらいはと思ったのに、手にした古い新聞はあっけなく奪われる。それから数時間、トムは魔法省の人事異動の記事を中心に新聞を読み漁った。やることがなくなった私は、無駄に整った顔立ちを眺めて時間を潰した。

* * *

 トムの父親への興味は並々ならぬものがあった。たぶん、理由は“孤児だから”という単純なものではない。ホグワーツに入学し、スリザリンという純血主義の寮に組分けされたことが大きく影響している。容姿も頭脳も完璧なトム・リドルに唯一難癖をつけられるのが、その身に流れている血なのだ。

 今でこそ出生を理由にトムを馬鹿にする者はいないが、始めのころはあからさまに彼を見下す生徒もいた。なぜか彼らは決まって翌週から借りてきた猫のように大人しくなり、平穏が訪れたが、トムがいまだに気にしているのは間違いない。

 ナマエが談話室に入ったときに一瞬肩をびくつかせたのも、必死になって自分の先祖を調べているのを他人に知られたくなかったからだろう。トムは人一倍プライドが高いから、純血が多いスリザリンの中で自分が劣っていることが1つでもあるのが許せないのだ。しかも運の悪いことに、この世界では他の何よりも大切なことだったのだからなおさらだ。


『トム、そろそろ夕飯の時間よ』
「いらない。あとで食べる」
『時間が過ぎたらなくなっちゃうわ』
「じゃあここへ持ってくれば?」
『持ってきてください、でしょ』


 腰に手を当て、ため息をついたところで、私はトムのネクタイが新品であることに気づいた。古着でそろえた一式の中で、パリッとした緑と銀のストライプが妙に目立つ。

 新年に向けて新調したのだろうか。だとしたら、1日フライングするなんてトムらしくない。孤児への支給品だとしても、新品を送るなら、やはり新年な気がする。


『もしかして、誕生日?』


 どうしてそんな言葉が出たのかわからない。普通ならクリスマスプレゼントと考えるだろうに、なぜ今日もらったと思い込んだのか。突拍子もない質問に、トムも珍しく目を見開いて驚いている。


「誰から聞いたんだ」
『え、嘘、当たり?』
「どうせあいつだろ、ダンブルドア」
『ううん、違う。本当になんとなく』


 完全なあてずっぽうだった。だけどなぜかずっと前から知っていたような気がした。


『だから父親のことを調べていたの?』


 トムは両親について何も知らない。当然誕生日を祝ってもらった記憶もないだろう。彼に唯一送られたのは、父親と同じだという名前だけ。
 孤児院で誕生会があったとしても、形だけだった可能性は大いにありうる。だって彼は生意気で、間違いなく浮いていただろうから。


『知ってる?誕生日って、1年でたった1日の、王様になれる日なのよ』
「王様?」
『そうよ。みんなにチヤホヤされて、わがままを言っても許される日。だから調べるのは後にして、お祝いしましょ』
「嫌だ。僕はそんな子どもじみたことはしない」
『言うと思ったわ。私のお祝いをケーキを出してクラッカーを鳴らして終わるマグルのものと一緒にしないでちょうだい』
「どこがどう違うのか先に言え」
『先に言ったらつまらないでしょう?』


 私は本から目を離そうとしないトムの腕を引き、強引に外に連れ出した。

* * *

『ここよ』
「この廊下のどこがとっておきの場所なんだ」
『とっておきは、この絵の秘密と、その先よ』


 なんだかんだ言いつつついてきたトムの前で、私は巨大な銀の器に盛られた梨の絵をくすぐった。たちまち梨が取っ手に変わり、2人の前に隠し扉が現れる。取っ手を掴んでドアを開け、棒立ちしているトムを中に押し込んだ。


『厨房よ』
「見ればわかる」


 トムはぶっきらぼうに言いつつも、初めて見る空間に興味を示した。漏れ鍋で会ったときと同じく、周囲に目を走らせ、動き回る鍋や皿を静かに観察している。


『ハッフルパフの監督生に教えてもらったの。他の人には内緒よ』
「ふぅん」
『あら不服?魔法魔術学校に隠された秘密の通路よ。気に入ってくれると思ったけど』
「僕はもう15見つけた」
『それだけ?』
「……学期が始まるまでにあと10見つける」


 ふてくされた顔に闘志が見え、私はクスリと笑った。トムはプライドが高いが、それに見合うだけの才能もある。知識にも貪欲で、スポンジのように次から次へと様々なことを吸収していく様は見ていて清々しい。きっとトムは、私よりもずっと多くの秘密の通路を見つけることだろう。


『みんな聞いて。この子、今日お誕生日なの』


 厨房に呼びかけると、ワッと大きな歓声と拍手が巻き起こった。中にはキーキー声で歌い始める妖精もいた。

 トムはたくさんのしもべ妖精を前に、どういう態度を取るか諮りかねているようだった。彼はもう優等生で通っているから、余計なことを校長の耳に入れたくないのだろう。口の端をピクピク痙攣させて、物言いたげな視線を私によこしている。

 そう、トム・リドルが生意気な態度を取るのは、私に対してだけだった。最初の頃は見下しているのかと腹を立てていたが、ダンブルドアに「心を許している証拠だ」と言われてからはかわいく見えるようになった。たぶん、これが彼の精一杯の甘え……なんだと思う。


『ケーキを作るなら、私にもやらせて』


 私は腕まくりをして厨房に入った。最初は自分達でやると言って聞かなかった妖精たちも、訳を言ってお願いすると快く道具を貸してくれた。

* * *

 同時進行で夕飯も作ってもらっているうちに、30分が経過していた。しもべ妖精に囲まれて待つことを余儀なくされたトムの機嫌はすっかり悪くなっている。バスケット片手に談話室に戻る途中も、無駄な時間を使ったと不平不満が止まらない。そのまま部屋に篭る勢いだったため、私は先にプレゼントを渡すことにした。


『誕生日おめでとう』


 バスケットから取り出された小さな箱を見て、トムはきょとんとした。それはそうだろう。誕生日と聞いてから今まで、私はトムとずっと一緒にいたのだから。


『ケーキを作っている間に買って来てもらったの。クリスマスに見かけたものだったけど、まだ売っていてよかったわ』
「……ネクタイピン?」
『そう。純銀製よ。ネクタイも新調したことだし、ちょうどいいでしょう?』
「魔法がかかっている」
『あらよく分かったわね』


 私は山から新聞を抜き取り、トムの手を取って上部をネクタイピンで挟ませた。蛇の形を模した波型のピンは紙面を這うように体を左右にくねらせ、すぐに動かなくなる。緑色の小さな目から光が消えたら準備完了だ。


『見てて』


 私はただのネクタイピンに戻ったことを確認してから紙面を引っ張った。すると蛇の目がカッと赤く光り、次の瞬間、大蛇となって鎌首をもたげた。鋭い牙をパッと手を離して避けた私は、隣でトムが杖を握って身構えていることに気づいてクスクス笑った。


『平気よ。噛み付かれても夢見がちょっと悪くなるだけ』
「なんだ、子供だましか」
『そうね。でも威嚇くらいにはなるわ』
「ふぅん」


 気のない返事とは裏腹に、トムは魔法のかかったネクタイピンを様々な角度からしげしげと眺めたている。どうやら気に入ってくれたようだ。おろしたてのネクタイにつけるために下を向いたとき、彼の頬はわずかに緩んでいた。


『そんな顔もするのね』
「何?」
『なんでもないわ。さ、夕食にしましょ。トムの好きなものばかりのはずよ』
「お前の料理なんて信用できない。毒見しろ」
『失礼しちゃう』


 前言撤回。どうしてかわいいだなんて思ったのだろう。記憶を総ざらいしてトムがよく食べていたものだけを作ってもらったというのに、ありがとうを言うどころか毒見をしろだなんて、本当に憎たらしい子だ。

 とはいえ、今日は彼の誕生日。多少の生意気は目を瞑ってやるべきだろう。自分のほうが年上ということもあって、私はトムが望むまま、全ての料理をひと通り口に運んだ。


『ほらね、平気でしょ』
「まだ効果が出ていないだけかもしれない」
『もうっ、何に怯えてるのよ。まあいいわ。食べる気になったら言ってちょうだい。食べさせてあげるから』
「……は?」
『冗談よ。そんな怖い顔しないで』


 肩をすくめてデザートのタルトを取った次の瞬間、横から伸びてきた手に手首を掴まれる。『ケーキはダメなの?』と聞いている間に私の手は持ち上げられ、タルトはトムの口の中へ消えた。


「自分の発言には責任を持ったほうがいい」


 ついでのようにペロリと指先を舐められ、体中に電撃が走る。彼は本当に恐ろしい子だ。緩やかに弧を描く口元が、凶器にしか見えない。


『あなた、いつもこんなことをして女の子を囲い込んでるの?』
「まさか。ナマエが馬鹿げたことを言ったから実行させただけだ」
『冗談って言ったじゃない』
「君は王様に嘘をつくわけ?」


 何が何やらわからないが、トムは私が言った“誕生日は王様になれる日”という設定を大いに気に入り、利用しようと考えたらしい。それからしばらくの間、私はトムにあれこれこき使われた。


『あらもうこんな時間。そろそろ寝なきゃいけないわ』


 気づけばもう11時。トムに翻弄された食事を終え、せがまれるまま秘密の通路をいくつか教えているうちに、消灯時間をとっくに過ぎていた。休暇中とはいえ、監督生が1年生を連れて出歩いていい時間ではない。


『おやすみトム。また明日』
「まだ僕の誕生日は終わってない」
『そうね。でも誕生日は寝てはいけないなんていう決まりはないのよ』
「おやすみのキスもまだだ」
『じゃあ今日は特別に私からしてあげる』


 ふてくされた頬にキスをしてやると、トムは「まだ寝るなんて言ってない」と言ってますます不機嫌になった。


「明日までに返さなきゃいけない本が残ってるんだ」
『もういいんじゃない?あなたは十分すばらしいんだから、父親がすごい人じゃなくても問題ないと思うわ』
「お前が邪魔をしなければ終わってた」
『わかったわ。あと1時間だけ付き合ってあげる』
「お前の助けなんていらない」
『もうっ、どうしろっていうのよ』
「調べ終わるまで待っていろ。そのあとにもう1度だ」
『もう1度って、おやすみのキス?』


 耳を疑う発言に対する質問に答えが返って来ることはない。トムはもうソファに戻り、調べ物を再開している。


『……確かに、自分の発言には責任を持つべきね』


 ここで彼の言うとおりにしたら、私はトムに絆された女の子たちと同じになってしまう。先輩として、監督生として威厳を保つためには、ビシッと言って規則を守らせるべきだとはわかっている。それでも彼のわがままに付き合うことにしたのは、今日が彼の誕生日だからであって、決して他意はない。


『今日だけよ、王様』


 戻って隣に腰を下ろすと、トムはニヤリと笑い、「そのうち世界の王になってみせる」と子どもじみたことを自信満々に言ってのけた。
王になれる日 Fin.
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