ホグズミート行きが発表されてすぐ、ドラコが私の元へやってきた。
「ナマエは誰と行くんだ?」
『えっと……まだ決めてない、かな……』
「ふぅん。それじゃ、僕と行くかい?」
『……え?』
僕とって、ドラコと?行くって、ホグズミードに?ドラコが私を、デートに誘ってるの?
「嫌か?」
『そんなことないよ。でも――』
「オーケー、それじゃ決まりだ」
私の言葉を遮り、ドラコがニヤリと笑う。
やっぱり私は彼が少し苦手だ。以前から苦手意識はあったが、彼が好きだと自覚してからは症状が悪化する一方。目が合うと苦しくなるし、話していても緊張で言葉が詰まってしどろもどろになってしまう。
だって、私とドラコはあまりにも不釣合いなのだ。私は自分に自信を持てたことなんて一度もないのに、彼は常に自信に満ち溢れている。学力だって地位だってずっと上。分不相応という言葉がよく合う私の恋が、実るはずがない。
あのキスだって、ドラコにとっては大した意味がないだろう。もう口の中に入れちゃっていたから、返す手段があれしかなかったとか、そんな理由なんだと思う。
宿題を手伝ってくれたのも、ホグズミードに誘ってくれたのも、ただの気まぐれ。そう考えるととても惨めな気分になったが、せっかくの誘いを断れるはずもなく。どうせ実らない恋なら、良い思い出の1つや2つ作っておきたいと、私は指を十字にクロスさせてホグズミード行きの列に並んだ。
* * * ぞろぞろと連れ立って歩くこと十数分。ホグズミード村の入り口が見えてきたところで、少し前を行っていたドラコが立ち止まった。
「ナマエ、どうしてそんなに離れて歩くんだ」
『え?あ……ごめん……遅くて』
「そういう意味じゃない」
ドラコが眉根を寄せ、私との距離をつめてくる。
「そんなに隅を歩いていたら、看板にぶつかるぞ」
『あ、そうだね。気をつける。ありがとう』
さりげなく出された手に、私は気づかないふりをした。だって、これ以上近づいたら心臓の音が届いてしまう。
「ここにしようか」
そう言ってドラコが入ったのは、小さな喫茶店だった。何もかもがフリルとリボンで飾り立てられていて、小さな丸テーブルの上にこれまた小さな馬車が乗っている。
御者は金色の妖精。砂糖入れになっている荷台部分に向かってキラキラ輝く星を降らせていた。
『わあ、かわいい!』
「気に入るだろうと思ったよ」
得意気まドラコの声がやけに近くから聞こえ、私はこの店の問題点に気づいた。狭くてテーブルが小さい分、2人の距離は自ずと近くなるのだ。
だからなのか、女性向けの内装であるにも関わらず、店内はカップルだらけ。あっちでもこっちでも手を握り合い、顔を極限まで近づけている。
「何をそんなに悩んでるんだ?」
キスするカップルが目に入らないように掲げていたメニュー表の端に、プラチナブロンドが横入りする。
「コーヒーと紅茶ならコーヒーのほうがいい。ここの店主は茶葉を蒸らすのがヘタクソなんだ。どうしてもって言うなら、ミルクをたっぷり入れるといい」
『詳しいね』
よく来るの?とは聞けなかった。以前ドラコが誰と来て、何をしていたのか考えるだけで胸が苦しくなる。
『ドラコと同じものにするわ』
かろうじて言い、窓の外へ視線を向ける。ドラコは店員を呼びつけて長々と注文をした後で、おもむろに私の手を握った。
『――っ』
「父上がこの店に出資しているんだ。魔法省の役人に頼まれてね」
まるで何事もなかったかのように、ドラコは説明を続けていく。コーヒーが2つ届いても、手を離さない。時折指を絡めては、私の気を引くかのように指先でちょんちょんと叩く。それでも頑なに外を見ていると、窓の反射越しにドラコの眉間にしわが寄っていくのが見えた。
「まだ怒ってるのか?この前の飴のこと」
『全然。怒ってないわ』
「これで許してくれないか?」
『……飴?』
目の前にずいっと出されたのは、カラフルなドロップが入ったきれいなガラス瓶だった。
「パーキンソンから聞いたから間違いないはずだ」
『これ……どうしたの?』
「取り寄せてくれるよう頼んでおいたんだ」
『わざわざ?ありがとう!』
振り向いた先、すぐ近くにドラコの顔がある。
『い……いま食べてもいい?』
気まずくて、恥ずかしくて、とっさに俯いて瓶の口を開ける。これが間違いだったと気づいたのは、口の中に飴を1つ放り込んでからだ。
すぐ近くにドラコがいて、同じ味の飴を舐めていて――この前のことを思い出し、いっきに顔が熱くなる。
「そんなに必死に抱えなくても取らない」
瓶をぎゅっと握り締めた私に向かって、ドラコが言う。その瞬間、私の中でこの気持ちを伝えなきゃという気持ちが唐突に芽生えた。
『ドラコ、あのね――』
「待った」
顔を上げた私の唇に、ドラコの指が当たる。
「こういうことは、男から言うものだろう?」
照れくさそうなドラコの顔はあまりにも素敵で。ただただ頷くことしかできなくなった私にドラコは笑いかけ、「やっぱりもらう」と言って唇を重ねた。
飴よりもずっと特別で甘いキス。飲み込んでしまいそうになるのをこらえながら、私も飴と一緒に溶けていくのを感じた。
続・drop Fin.