短編 | ナノ 彼がまだ何も知らなかった頃
リドル
 クリスマス休暇に入ったナマエがロンドンの街中を歩いていたとき、近くの公園から悲鳴が聞こえた。
 5〜10才くらいだろうか。灰色のチュニックを着た子どもたちが大泣きしていて、1人が雪の上に倒れている。どうやらブランコの鎖が切れて投げ出されたらしい。悲鳴を聞きつけた大人が駆け寄り救急車だなんだと騒いでいる。


(魔法を使えばすぐに治るのに、マグルは大変ね)


 自分が魔女であることの誇りを持って騒動を眺めていたナマエは、まだブランコが真新しいことに気づいて眉をひそめた。野次馬内でもそのことが話題になっているようで、怪我をした子どもの中には「鎖が蛇みたいに襲ってきたんだ」と泣きながら話している子もいる。


(誰かが魔法を使ってやったの?)


 純血主義の人の中にはマグルいじめを趣味とする人もいると聞く。ナマエは立ち止まり、公園内を見回した。


(あの子だわ)


 輪から少し離れたところに1人、妙に浮いている男の子がいた。服装からして泣いている子たちと同じ施設の子だろうに、心配するでもなく、人形のような顔には優越感すら漂って見える。ナマエは駆け寄って男の子の手を引っ張った。


『何を考えてるの?学校外での魔法の使用は禁止って校長先生が休暇前におっしゃっていたでしょう』
「魔法?」


 男の子はほとんど顔のパーツを動かさず、それでもはっきりと相手を探っていることががわかる目でナマエを見た。


『知らんぷりしても無駄よ。闇の魔術を使わなきゃ、ああはならないもの。休暇中に大勢のマグルの前で闇魔法を使って怪我をさせたなんて、退学じゃすまないかもしれないわよ』


 誤魔化す気に違いないと思ったナマエは腰に手を当て、眉を吊り上げた。ついでに未成年の魔法使用に関する法律を話したが男の子は表情を変えず、人違いだ、僕は学校へ行っていないと不満そうに言った。


『え、うそ。どうして行かないの?親が全科目指導してくれてるの?』
「僕は本を読めば大概のことは理解できる。それに僕は10歳だ。親を頼らなくたって1人でなんでもできる」
『まだ10歳?驚いた。2〜3年生かと思ったわ』


 大人っぽく見えたのは、高めの身長と無関心な表情が原因だったのかもしれない。近くで見ると確かに幼く、感情を表に出すようになると――眉根を寄せてふてくされるという失礼なものではあったが――それ相応の年に見えた。


「お前は誰だ」
『ナマエよ。スリザリンの4年生。って言ってわかる?』
「知らない。説明しろ」
『イギリスにはホグワーツっていう世界一の魔法魔術学校があるの。全寮制で、スリザリンはその寮の名前。4つある中で最も格式高い、ふさわしい人物じゃないと入れないところよ』
「ふうん。だからお前はそんなに偉そうにしているわけか」
『失礼ね!』


 鼻先で笑われ、ナマエは憤慨した。


『偉そうなのはどっちよ。教えてあげたのにその態度は何?あなたこそ年下の癖に生意気だわ』
「年でしか威張れないのは無能な証だ」
『残念だけど、魔法のマの字も知らなかったあなたが言っても負け惜しみにしか聞こえないわ。いい?見知らぬ人に何かを尋ねるときは丁寧に話すものなのよ。それから、名前を尋ねたら自分も教える』
「教えるつもりはない。それより魔法を見せろ。その言い方だと、僕よりすごいことができるんだろ」
『あのねえ……』


 呆れたナマエは小言を続けたが、男の子が態度を変える気配はなく、名前も頑なに言いたがらない。魔法を見せろの一点張りだった。


『学校の外で使えないってさっき言ったでしょう』
「嘘つきめ」
『本当よ』
「僕は信じないぞ。ホグワーツっていうのも、どこかの病院の施設の名前に決まってる」
『もうっ。仕方ないわね。こっちに座って。特別よ』


 ナマエはベンチに座り、カバンから小さな5角形の箱を取り出した。


『あげるわ。カエルチョコレートよ』
「チョコのどこが魔法なんだ」
『見ればわかるわ。逃がさないよう気をつけるのよ』
「僕に子供だましは通じないぞ」


 両手を出して受け取った男の子は箱を様々な角度から見つめ、どこかに仕掛けがないか入念に調べた。時折横目でナマエを見ては嘘をついていないか見極めようとしている。


「やっぱりただのチョコレートじゃないか」


 慎重に箱を開けた男の子は、背中を向けている茶色い塊を見て落胆した。その声に反応し、チョコレートのカエルが顔を持ち上げ、ペタペタと箱の中を半周する。次の瞬間、目を丸くしている男の子の顔めがけて飛んだ。


「わっ」
『だから気を付けてって言ったのに』


 子どもらしい顔と声でのけぞった男の子の反応が妙にかわいくて、ナマエはクスクス笑いながらチョコレートを引き剥がした。


『ね。本当だったでしょ』
「……これが魔法……あるんだ、本当に……」


 空の箱を持つ男の子の指は震えている。つり上がった口の端から絶え間なく白い息が漏れ、頬に興奮の色が上ってきている。


『食べるのが怖いなら口に入れてあげようか?』
「怖いだって?僕が?」
『恥ずかしがる必要はないわ。誰だって未知のものは怖いもの。でも何事も挑戦よ。だからほら、目を瞑って、あーん』
「僕は怖いものなんてない」


 男の子はますます頬を染め、チョコレートを引ったくった。

(からかいすぎたかしら?)

 チョコとのにらめっこを始めた男の子はまばたきひとつしない。相変わらず手が震えて見えるのは、カエルが暴れているせいではないだろう。


『溶けちゃうわよ』


 ナマエが言うと、男の子はゴクリと喉をならした後に勢いづけてパクッといった。
やはり少し溶けている。指先についたチョコを見つめる男の子の頬はますます熱くなり、ガラス玉のようだった目はギラついていた。


「じゃ……僕が使えるのは魔法だったんだ……」
『そうよ。11歳になれば入学案内の手紙が届くはずよ』
「それじゃもうすぐだ!あと数日……あと3日で、僕は正式に魔法使いになれるんだ……!」
『あ、ごめんなさい。正確には11歳の夏よ。学校は9月からだもの』
「チッ……やっぱりお前は嘘つきだ」
『そんなに怒らないで。学校のこと教えてあげるから』


 ハンカチを取り出して手を拭き、何が知りたいか聞くと「全部」という答えが返ってきた。


「全部だ。お前が知っていることを全部教えろ」
『それじゃ寮の話の続きからね』

(なんだかんだいって10歳ね)


 さっきまでの無表情はどこへやら、目を爛々と輝かせ、ぐいぐいせまってくる。授業の話になるとまた震えだし、自分は既に似たような事が出来ると彷徨とした顔で語りだす。

 自分の力に酔っているのは間違いなかった。凄い凄いと頭を撫でてやると今にも「無礼者!」と叫びそうなほど顔を真っ赤にして怒った。


「トム、そこで何をしているの?」


 立ち上がった男の子に声がかかった。さっきまで他の子どもたちをあやしていた女の人が疑いの目を向けながら近づいてくる。男の子は振り返るまでのわずかな間で、顔から一切の感情を消し去った。


「何も。ただ話していただけだ」
「お友達なの?」
「……別に」
『私が話しかけたんです』


 ナマエは男の子の横に並び、軽く会釈をした。


『悲鳴が聞こえたので、何があったのか聞いていたところです』
「そう……それで、ええと……この子は何か?」
『この距離ですからね。事故のことよりも学校の話で盛り上がっちゃいました』


 女性が男の子を疑っているように見えたため、何かをするには遠すぎることを暗に伝える。それでも女性は納得がいかない顔で2人を交互に見た。


『私の学校の話です』
「11歳になったら僕もそこへ通う」
『案内が届くと思うので捨てないでくださいね』
「選ばれた者にだけ届くんだ。僕にはその資格がある」
『遠いところですが寮がありますし奨学金も出るので安心してください』


 2人は質問を待たずに次々答えて女性を驚かせた。


『じゃあね、未来の魔法使いくん。また来年』
「……待て」


 握手をして別れようとしたナマエを引き止め、男の子が顔を寄せた。キスをされるのかと思いきや、男の子は「嘘だったら承知しない」と血も凍るような声で囁き、他の子どもたちのところへ戻っていった。


「――厄介だな」
「子どもが病院に連れて行かれる前に終わらせろ」
「公園ごとでいい」


 チョコレートの空き箱を片付けるナマエの横を、長い外套に身を包んだ男が数人、急ぎ足で通り過ぎた。会話内容からすぐに魔法事故惨事部だとわかった。向かう先には子供たちと救急車、それから野次馬がたくさん集まっている。


(あらら。あの弧の記憶も消されちゃうのね。ええと――ウィルだっけ?トーマスだっけ?)


 女性が名前を呼んでいた気がしたが、忘れてしまった。


(まあいっか。マグル生まれなんて興味ないし)


 長々と話してしまったのは、ちょっとした気まぐれだ。1年後には毎日おやすみのキスをする仲になっているとも知らず、ナマエは雪のちらつき始めたロンドンを後にした。
彼がまだ何も知らなかった頃 Fin.
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