短編 | ナノ 悪の芽
リドル
「お前がトムか?」


 ナマエが漏れ鍋に入ったとき、奇妙な声がした。魔法省の役人のような偉そうで冷た い言い方なのにも関わらず、声質は子どものように幼い。


「ダイアゴン横丁へはどうやって行けばいい」


 不思議に思ったナマエが声の方へ向かうと、カウンター前に小さな男の子がいた。古着を着たその子は、恐ろしく整った顔立ちでバーテンのトムを見上げている。おそらく新入生なのだろう。トムと話す間も、興味深そうに周囲に視線を走らせている。


「坊ちゃん、お1人で?」
「そうだ。ダンブルドアというやつにお前を訪ねればいいと言われた」


 ダンブルドアに対しても、トムに対しても、まったく敬意を払う様子がないことにナマエは驚いた。トムも同じく驚いているようだった。そして疑った。


「ダンブルドアがお前を1人でここに寄越したのか?あの方が?ダイアゴン横丁への行き方も知らない子どもに、1人で買い物に行けと言ったのか?」
「僕が断った。僕は自分1人でやるのに慣れているんだ。お前が教えてくれさえすれば僕は自分だけで買い物が出来る」
「……ホグワーツの1年生だという証拠はお持ちで?」
「リストならある」


 男の子はめんどくさそうに、しかしどこか得意気に、封筒を取り出した。トムがそれを調べる間、男の子はまた周囲に目を走らせた。自ら鍋に飛び込む食材、ひとりでに注がれる酒、宙に浮く皿――。それらを瞬きもせずに、かといって目をキラキラと輝かせるでもなく、ただ静かに見つめている。

 ふと、そのきれいな、だけどどこか影のある目がカウンターに並んでいた商品から離れてナマエを捕らえた。こちらをじっと見つめる様子はバタービールの瓶を見ていたときと何ら変わりない。まるで品定めをしているようで、頭1つ分以上小さい子が年上を見る目にしてはあまりに横柄なものだった。


「君も選ばれし者なの?」
『へ?』
「僕は選ばれたんだ。だからホグワーツに行く。そのための買い物をしにいくところだ」


 表情を変えずにその子は言った。ああマグル生まれの子かとナマエは合点がいった。


『私はホグワーツの5年生よ。純血の魔女。わかる?』
「……純潔?」
『両親とも魔法族っていう意味よ!』


 眉根を寄せられ、ナマエは声を張り上げた。彼の侮蔑的な目の色から、心の声が透けて見える。でもそれはこちらのセリフだ。何を考えているんだ。失礼にも程がある。


「おやナマエ、こんにちは」
『こんにちは、トム』


 声に気づいたバーテンに話しかけられ、イラついた気持ちを抑えて丁寧に挨拶をする。こんな失礼な子は放っておけばいいというセリフは飲み込んだ。


「聞いたよ。監督生になったんだって?おめでとう」
『ありがとうございます。この子は新入生ですか?かわいいですね』
「そうらしい。なんでも孤児院にダンブルドアが訪ねてきただとか」


 孤児院。と口の中で転がす。ということは親なしだ。だからこんな感情のない目をしているのかと漠然と思った。

 トムは男の子に名乗るように言ったが、男の子は相変わらず商品の1つを見るような目を向けてくるだけで何も言わなかった。そのうち興味を失ったのか、封筒に目を戻して「早く返せ」と命令した。とことん失礼な子だ。


『トム、この子は知らないことだらけのようですね?』


 あまりに腹が立ったので、ナマエは本人に聞こえるような声で嫌味っぽく言った。トムは苦笑いし、これから買い物ならついでに連れて行ってくれとナマエに頼んだ。要は押し付けだ。


「お前も1人?」
『ええそうよ。何しろ監督生ですからね』
「その監督生というのは偉い役職か何か?」
『もちろんよ。ホグワーツには4つの寮があるのは知ってる?監督生は各寮の5年生以上で男女各1名しかなれないの。専用の部屋やお風呂が使えたり、他の生徒を減点できたり、たくさんの特別な権限を持っているのよ』


 ナマエは新品の監督生バッジを見せびらかすようにして言った。そしてまるで年上への礼儀がなっていない男の子に上下関係をわからせるため、親切を装ってあれもこれもと必要以上に魔法界の話をした。

 パンクするだろうと思われた男の子は表情ひとつ変えることなく、レンガの叩き方も一発で覚えた。別れ際に聞いた彼の名前は、漏れ鍋のバーテンと同じ名前だった。


* * *

 次にその子に会ったのはホグワーツ特急だった。相変わらずの表情でホームを行きかう人々を観察している。別れを惜しむ家族や友人との再会を喜ぶ挨拶が交わされるホームで、ポツンとしている整ったむくれ顔は目立った。


『トム』


 どうして声をかけようと思ったのかはわからない。ただなんとなく、呼んでみたくなった。ゆっくり振り向いたトムに『一緒に座る?』と尋ねると、トムは頷いてついてきた。

(意外とかわいいところもあるじゃない)

 そう思ったのはわずかな間だけだった。トムは座るなり「その名前は嫌いだからリドルのほうで呼べ」と命令し、汽車が走り始めるとナマエを質問攻めにした。しかもそのほとんどが1年生が抱くべきかわいい疑問ではない。どうやったら魔法使い最強になれるのかという質問は、ある意味かわいかったが。


「魔法の知識、それを使いこなせる力、判断力、人望、ってところ?」
『そうね。学校でならクィディッチの選手なんかも人気よ』
「僕は人気がほしいわけじゃないし学校なんて狭い世界の話をしているわけでもない」
『権力がほしいという意味なら、純血じゃないと無理よ』


 すべての質問に答えてあげたというのに横柄な態度を変える様子がないので、ちょっと意地悪をしてみる。孤児には無理だと暗に伝えると、リドルはあからさまに不快そうな顔をした。


「僕は魔法界でも特別な存在になってみせる」
『そう。あなたは賢いからできるかもね』


 頑張ってと頭をなでると、リドルは迷惑そうに眉根をよせた。


「馬鹿にするな」
『してないわ。その辺の純血の1年生よりも優秀そうっていうのは確かよ』
「当然だ。僕は既に手を触れずに物を動かせる」
『杖を使ったほうが効率よく最大限の力が発揮されるけどね』
「人を意のままに操れる」
『……それはちょっと危険な魔法ね』
「ヘビと話もできる」
『えっ、パーセルタング!?』


 ナマエは驚いた。リドルが「そうだよ」と満足そうにした。


「やっぱりこれには驚くんだ。あの男もそうだった。非情に稀有な存在だと言っていた」
『あの男ってダンブルドア先生のこと?ダメよそんな呼び方をしちゃ』
「僕はまだあいつを信用したわけじゃない」
『そういう問題じゃないの。礼節はわきまえないとダメ。ホグワーツでそんな態度ばかりしていたら、追い出されるわよ』
「……面倒なところ」


 リドルは軽く鼻を鳴らし、今度は規則についてあれこれ聞いてきた。これでも読んでいろと“ホグワーツの歴史”を貸してやったらようやくおとなしくなった。

* * *

 リドルはスリザリンに組分けされた。見た目麗しい彼は歓迎された。しかし家の話になり、孤児だということがわかると急に冷たい空気になった。


『スリザリンに入ったんだから、亡くなった両親は魔法使いだったってことでしょ』


 ナマエは口を挟んだ。自分もマグル生まれがと見下した1人だというのに、他の人にリドルを蔑まれるのはなんだか腹が立った。気づけば『この子すごいのよ』とリドルのフォローをし、誰も話しかけようとしないリドルの相手ばかりしていた。ろうそくの明かりを映したリドルの瞳がナマエを見上げていたが、話すことに夢中のナマエは気づかなかった。


「……おい」


 寮への引率を終えた後、ナマエは呼び止められた。リドルだった。他の1年生はとっくに自分達の寮へ向かったというのに、彼はまだ談話室に残っていた。暖炉前に立ち、石壁に彫られたスリザリンの紋章をじっと見つめている。


「さっきの話はどの程度信憑性があるの?」
『どの話?創設者のこと?それとも血みどろ男爵が血みどろになった理由?』
「僕の親が魔法使いだっていう話だ」
『それならほぼ100%ね。サラザール・スリザリンは魔法を学ぶのは魔法族に限るべきだっていう考えだったから。さっき貸した本に書いてあったでしょ?』
「ふぅん。それじゃ、僕の祖先がサラザール・スリザリンという可能性もあるわけだ」
『……そうね』


 蛇語を話せるならそうかもしれない。純血の家庭としては普通ありえないが、先祖を知らない親に気味悪がられて捨てられたという可能性もないことはない。


『よかったわね。本当に特別かもしれないわよ』
「そうだ。僕は特別だ。すぐにみんながそれを知ることになる」
『スリザリン生は蛇語を話してみせれば一発でしょうね。でも特別になりたいなら愛想も良くしたほうがいいと思うわ。少なくとも目上の人にはね』
「どうして僕がそんなことをしなければならないんだ」
『世渡りってやつよ。スリザリンは特に選民意識が高いんだから、人望を得るために人付き合いが大事なの。それに先生方の印象も良くないと監督生にはなれないわ』
「ふうん。だからお前は猫をかぶっているわけか」


 リドルの鋭い指摘にナマエは肩をすくめた。


『器用な人じゃないとできないことよ』
「僕には容易い」
『そう。それじゃ私のことも“お前”じゃなくて“君”か“あなた”って呼んでくれる?もしくは名前』
「今さらお前にいい子ぶる必要性があるとは思えない」
『優秀な先輩に気に入られておくと何かと便利よ。じゃあね、また明日』
「……ホグワーツではおやすみのキスはないの?」
『はい?』


 手を振ってリドルに背を向けたナマエは、予想外の言葉に驚き振り返った。聞き間違いかと思ったが、談話室に残っているのはもうナマエたちだけだ。


「孤児院では院長がしていた」
『そう。でも残念ね。ここにそういう習慣はないわ。校長先生も寮監の先生もお忙しいの』
「ふぅん……じゃあナマエがすれば?」
『あなた何を言ってるの?』

(何この子。こんなに生意気なくせに、おやすみのキスがないと寝れないの?)

 なんだかんだいってまだ子供だなとほっこりしたいところだが、「すれば?」という提案口調がひっかかる。普通そこは「してよ」とお願いをすべきところなんじゃないのだろうか。指摘をして正させようか、でもそれではする前提になってしまうし――とナマエが悩んでいると、リドルが「早くしろ」とイラつき始めた。


「遅いグズ」
『なんですって?』


 上級生に向かってなんだその口のきき方は、とは言えなかった。腕を引っ張られ、前かがみになったナマエの頬に暖かいものが触れた。形のいい、生意気しか言わない、トム・リドルの唇、である。


『え、ちょっ』
「明日もするよ。ナマエだけに」
『はああああ!?』
「世渡りは大切なんだろう?」


 緩やかにリドルの口角があがる。初めて見た笑みはぞっとするほど美しかった。


「将来性のある後輩の機嫌を取っておくのも何かと便利だと思うよ、“先輩”」
『そ、そうですね』


 この子は恐ろしい子だ。1年生相手に思わず丁寧に返事をしてしまったナマエは、青ざめた顔で唯一熱を持っている頬を押さえ、そう思った。
悪の芽 Fin.
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