短編 | ナノ イカロス
リーマス
「ごめんね」


 そう告げるリーマスの顔があまりにも悲しげだったので、一瞬別れを告げられたのかと思った。

 ナマエが初めて告白したときのリーマスも同じ顔をしていた。眉を下げ、今にも泣きそうな顔で「ごめん」と言われたのが約1年前。そのときリーマスは理由すら教えてくれなかった。

 諦められるわけがなくて、人狼だと知ってもアタックし続けて。今日のホグズミード休暇は、ようやく首を縦に振ってくれたリーマスと初めてのデートができるはずの日だった。

 それなのにリーマスは待ち合わせ場所に来ず、キャンセルを伝えたのもジェームズだった。部屋で寝ていることと昨夜が満月だったことを教えられ、大慌てで謝りに来たのだが、なぜかリーマスのほうが申し訳なさそうで、今にも「ごめん」の後に「やっぱり別れよう」と言い出しそうな空気を醸し出している。


「軽々しく約束をするんじゃなかったって後悔しているよ」
『全然。気にしないで』


 ナマエは努めて明るく答えた。


『部屋でもデートはできるわ』


 ジェームズに言われた言葉をそのまま借り、足元に投げられている継ぎ接ぎだらけのローブとマフラーをポールハンガーにかける。
 リーマスがパジャマではなく制服を着ているところからも、1度は出ようとしてくれたのだということがわかる。それだけでも嬉しかったし、申し訳なくもあった。


『何する?無難にお話とか?あ、イス借りてもいい?』
「ここに座って」


 ベッドで丸まっていたリーマスが横にずれ、起き上がって枕元にクッションを寄せた。
 監督生用の部屋のベッドは共同部屋のものよりもずっと豪華でふかふかだった。クッションも必要に応じて大きくなる魔法がかかっているらしく、談話室のソファよりもよっぽど居心地がいい。


『医務室に行かなくて平気?』
「もう行ってきたよ」
『それでこれ?』


 顔色は過去最大級に悪いし、頬に新しい傷もある。身を起こしたことで出てきた腕にも包帯が巻かれていて、視線に気づいたリーマスは両手を布団の下に隠した。


「本当にごめん……頑張れば行けると思ったんだ」
『ホグズミードは頑張って行くものじゃないわ。ジェームズがお土産を買ってきてくれるって言ってたから、楽しみに待ってよ』
「選ぶ楽しみだってあるだろう?それなのに僕と約束したばっかりに……」
『んー、私としては、リーマスの部屋に入れてラッキー、かな』


 肩をすくめた後で『1人部屋なのに物が多いね』と周囲を見回すと、困り顔が「あんまり見ないでよ」と力なく笑った。


『なあに?いかがわしいものでも隠してるの?』
「まあ、道徳的なものではないかな」
『ちょっと監督生』
「はは、ただの悪戯グッズの試作品とか資料とかだよ」


 ジェームズたちの部屋はもういっぱいなんだと話すリーマスは少し元気を取り戻したようで、楽しそうに「例えばこれは――」と枕元にあった羊皮紙の説明を始めた。こんなにも簡単にリーマスを笑顔にさせる彼らにちょっとばかり嫉妬する。

(でもわかるなあ)

 悪戯仕掛人の作るアイテムはどれも独創的でユーモアあふれるものばかりだ。ちょっと危険なものもあるが、それもまたスリリングでいい。自分も彼らくらい才能があればいいのだが、あいにくリーマスを笑顔にさせる方法はお菓子とピーブズの真似くらいしか知らない。


『そうだ、クッキー焼いてきたんだった』
「焼いたって、どこで?」
『真夜中の談話室』
「えっ、まさかあの暖炉を使ったの?」
『意外といけるもんよ。半分以上焦がしたけど、タネをいっぱい準備しておいたからセーフ』
「それって“いける”とは言わないんじゃないかな」


 リーマスは笑ってくれたが、「机に置いといて」と言ったきり黙りこくってしまった。そんなに具合が悪いのだろうかと心配して覗き込むと、部屋に入ったときと同じ、眉尻を下げた顔と目があった。


「夜更かししてまで準備してくれていたんだね……」
『ホグズミードの前日はみんな早寝するから狙いどきなのよ』
「……本当にごめん。もっと早く行けないって言っておけばよかったのに、断った後のことを考えたら、どうしても言い出せなかったんだ」
『私こそ気が利かなくてごめん。ちゃんと調べて、最初から居残りデートを提案すべきだったって反省してる』
「……え。満月だって知らずに誘ったの?」
『う、うん……来年のカレンダーは月の満ち欠けが載ってるやつにしたから許して』
「なんだ。試されてるのかと思った……」


 はあ、とリーマスが全身の力を抜いた。ボフっと背面のクッションに寄りかかり、天蓋を眺める。真紅の布を通り越して、どこか遠くを見ているようだった。


「僕はジェームズたちのように普通に恋をすることはできないから……」
『できてるわ』


 意味深なセリフに最初の不安が甦り、ナマエは身を乗り出した。隠されたリーマスの手を探り、両手で包み込む。触れた指先は氷のように冷たかった。


「デートの約束も守れない」
『してるじゃない。お部屋デート』
「満月が近づくと情緒不安定になる」
『たいしたことじゃないわ』
「キスだって上手くない」
『そんなのしてみなきゃ――……え、キス?』


 きょとんとするナマエに、リーマスは「そう」と呟いた。上を見ていた目がナマエを映し、遠慮がちに手を握り返される。よりかかることをやめたリーマスの顔が、目と鼻の先にやってきた。


「してみてもいい?」


 何を、なんて聞くまでもない。キスに決まってる。

 許可がいるほど下手なんだろうか。誰かにそう言われたのだろうか。もう15だし、リーマスはモテるから、キスくらいしたことがあってもおかしくない。

 嫌だな。私は初めてなのに。この熱い眼差しを他の誰かにも向けていただなんて――。

 短い間に様々なことをぐるぐる考え、リーマスの目を見返す。その途端、タイミングも過去のことも気にならなくなった。息がかかるどころか、ちょっとでも動けば唇が触れ合いそうな距離に、心臓が早鐘を打った。

 きちんと返事ができたのかどうかはわからない。気づけばかさついた唇が重なっていた。触れた部分から全身に熱が回り、ドクンドクンと大きく脈打って指先から出て行く。それに応えるように、リーマスの指先にも力が入ったのがわかった。


「……はー」


 顔を離したリーマスは、長い息とともにナマエの肩口に顔を埋めた。「緊張した」と言ってぐりぐりと額を押し付ける姿はまるで女子だ。照れ隠しも込めて『乙女かよ』とつっこんでわき腹をつつくと、「だって初めてなんだもん」とさらに乙女チックな反応が返ってきた。


「自信がないなら他の子で練習すればいいってシリウスに言われたんだけど、さすがにそんな気にはなれなくて」
『なんつうアドバイスをしているのよシリウスは』
「その反応だと、ジェームズの案を取って正解だったみたいだね」
『ジェームズの案?』
「部屋で2人きりならしやすいんじゃないかって――」
『えっ、じゃあこれ仮病なの?』
「いや、辛いのは本当。でも僕を心配してくれるナマエの気持ちを利用したのも事実だ」


 初めから部屋に来てほしいと言ったら警戒するだろうと聞かれれば、確かにそうかもしれないとしか答えようがなかった。


「来てくれてありがとう……。ドタキャンなんてして、別れるって言われたらどうしようって心配でしょうがなかったんだ」
『だからあんな顔してたの?やめてよ。私の方が別れるって言われるのかと思っちゃったじゃない』
「言わないよ。僕はナマエが思っているよりもずっとナマエのことが好きなんだ」
『……それ本当?』


 驚きの告白だった。リーマスはいつも消極的だったし、優しくはあっても“その他大勢”に対するものと同じような態度だった。話しかけるのも手を繋ぐのもいつもナマエからで、付き合い始めてからも一定の距離を置いているように感じた。


「舞い上がって近づきすぎて地に落とされるのが怖かったんだ」


 肩に顔を埋めたまま、ぎゅっと抱きしめられる。神話になぞらえているのだと理解するのに少し時間がかかった。


『魔法使いには箒があるから大丈夫よ』
「蝋で固めた箒かもしれない」
『そのときは浮遊呪文、クッション呪文、姿くらまし――』
「はは、そうだね。魔法使いは便利だ」


 リーマスはもぞもぞと布団から出てきて隣に座った。心なしか血色がよくなっているように見える。


「それじゃ、もっとハグしてもいい?」
『もちろん』
「キスも?」
『いいよ』
「それ以上は?」
『……それは検討の余地ありね』
「ははは、ナマエのそういう正直なところ好きだよ」
『私もリーマスの本気っぽい冗談好きよ』


 常に本気なんだけどなと言うリーマスと笑い合って、一緒にクッキーを食べて、手をつないでゴロゴロする。ふいにため息が聞こえたから何かと思ったら、リーマスの眉がハの字に戻っていた。


「最近いいことが続いてるから怖いな」
『続いてる?何かあったの?』
「ん、秘密」
『えー、教えてよ』


 表情を見ればジェームズたちが何かをしたのは確実で、やっぱりちょっと嫉妬する。わざとらしく拗ねた顔を作ったナマエにリーマスは意味有り気な表情を浮かべ、クスリと笑った。


「次の満月明けもクッキーを持ってキスしに来てくれる?」
『クッキー付きじゃないとダメなの?』
「マフィンでもいいよ」
『ハードル上がってない?』
「はは、冗談だよ。ナマエが待っていてくれれば十分だ」
『嘘ね。あわよくばと思ったでしょ』


 リーマスの頼みなら――“いいこと”にカウントしてもらえるなら、毎日だって作る。そんなことを言ったらまた変に気にするのは目に見えていたので、『次のホグズミードもデートしてくれるならね』と条件を出す。


「毎日でもいいよ」


 そう言って笑うリーマスはとても幸せそうで。ジェームズたちにはかなわないけど、ちょっとだけ距離が縮まったと感じられる初デートだった。
イカロス Fin.
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