ゴドリックの谷で執り行われた結婚式は、ジェームズとリリーらしい、とても素敵なものだった。派手すぎる悪戯仕掛人のサプライズでマグルに気づかれかけたり、こんな日にまで悪戯をする側にまわったジェームズにリリーが怒ったりとハプニングはあったが、それも含めて良い結婚式だったと誰もが口を揃えて言った。人望がある2人の門出を祝福する声は後を経たず、二次会が終わると新居へ場所を移して三次会が始まる。
招待客が1人、また1人と帰っていき、最後に残るのはいつものメンバー。「いい加減お邪魔かな」というリーマスの気遣いで時間を忘れていたことに気づき、シリウス、ピーター、ナマエを含めた4人は急いで帰り支度に取り掛かった。
「片付けなんてしていかなくていいのに」
『自分たちが散らかしたぶんくらいはね。あ、バルーンランプは全部消しちゃっていいのかな?』
「ええ、お願い。ナマエ、今日は本当にありがとう。付添い人をあなたに頼んでよかったわ」
『こっちこそ。リリー、すっごくきれいだったよ。私が男だったら間違いなく乱入して花嫁を奪ってたわね』
「あなたが男になってしまったらシリウスが泣くわよ」
『んー、そのときはシリウスに女になってもらって――』
「ナマエー、シリウスが早くしろってー」
「ふふ、どうやら二股は許さないようよ」
玄関からジェームズの声が聞こえ、リリーがナマエを肘でつついた。外にピーターとリーマスの姿はなく、シリウスがオートバイの横でジェームズと話している。
『あの2人は?』
「もう帰ったよ」
『えー、挨拶してないのに』
「お前がちんたらしているからだ。ほら乗れ」
『乗れって……まさかそれに?』
私ドレスなんですけど、という顔でシリウスを見ると、なぜかジェームズから「大丈夫、大丈夫」と返事が返ってきた。どう考えても大丈夫じゃないだろう、という顔でジェームズを見ると、今度はシリウスから「こっちに来てみろ」と言われる。なんなんだこいつらはと思いながらオートバイへ近づいたナマエは、サイドカーがついていることに気づいて驚いた。
『いつの間に?』
「今朝だ」
「今晩ナマエを送っていくためだけにつけたんだってさ。まったく、うらやましい限りだよ。いったいどうやったらシリウスにこんな特別扱いしてもらえるのさ」
『それジェームズが言う?』
「僕だから言うんだよ!シリウスといつも一緒にいるのは僕だったんだから。あーあ、いいなーうらやましいなーずるいなー僕の親友なのになー」
ジェームズはわざとらしく口を尖らせ、ぶーぶー文句を言った。が、ナマエが『そんなに言うならシリウスは返すから代わりにリリーをちょうだい』とにっこりすると、瞬時に「冗談!」と叫んで態度をコロッと変えた。
「ほら乗って。帰った帰った。――パッドフット、送りムーニーになるなよ」
「ならんけどするわ」
『何その意味不明な会話』
「ナマエ、いいからお前は早く乗れ」
「あ、待ってナマエ、忘れ物よ」
間を持たせているのがわからないのかとサイドカーに押し込まれたナマエの元にリリーがブーケを持って走ってきた。「次はあなたたちの番ね」と囁きながらウィンクをするリリーに『ないない』と笑って手を振り、防音呪文が施されていなかったら近所迷惑間違いなしの爆音と共に空へ上がる。リリーとジェームズはあっという間に小さくなり、目の前に星が広がった。
『わあ……!』
「晴れていたんだな」
『ね。明るくしすぎてて気づかなかった』
月のない夜に輝く星は、うっとりするほどきれいだ。リリーとジェームズも今頃2人で眺めているかもしれないなと思ったら、自分がサイドカーに乗っているのがもったいなく感じた。
『ねえ、私これからずっとサイドカー?』
ナマエは空を見上げながら器用に操縦するシリウスに聞いた。タキシードにゴーグルというちぐはぐな格好ですら様になっているシリウスの姿をじっくり見られるのは嬉しいが、これでは2人乗りをしているという感じがしない。
『後ろにくっついて乗るのが好きだったのにな』
「わがままだな。この前は俺が邪魔で星がよく見えないって文句言ったくせに」
『ああ、シリウスが“目の前で輝いてんだろ”って言ったとき?』
「笑うな」
『だって』
姿くらましをすればいいだけなのにどうしてわざわざバイク?と思っていた謎が解け、ナマエはますます今の距離感がもどかしくなった。
「馬鹿、なにやってるんだ」
『ん、やっぱり目の前の星のほうがいいかなと思って』
ナマエはサイドカーの中で立ち上がり、シリウスの肩に手をかけて頬にキスをした。バイクがぐらつき、ドレスの裾がバタバタと音を立ててはためく。「危ないだろう!」と怒鳴るシリウスに『平気平気』と言いながら、ナマエは杖を振ってスカートを縮ませた。
「おいまさか」
動きやすい形になったナマエのスカートを見て、シリウスが焦った声を出した。
「やめろナマエ、落ちたらどうする」
『シリウスが受け止めてくれるでしょ』
「俺が落ちる可能性だってあるんだぞ」
『シリウスはバランス感覚いいから平気だって』
「そういうレベルの話じゃ――って、合図くらいしてからにしろ!」
『っと。ほら、大丈夫だった』
片足に体重が集中した瞬間に大きくぐらついたものの、ナマエは無事に後ろへ移動することができた。横向きに座り、シリウスの腰に右手を回して上半身を任せれば、両方の星を楽しめる一石二鳥の乗り方の出来上がりだ。シリウスは全身で息を吐き、「いいスリルをどうも」と軽口を叩いた。
「バイクで横のりなんて聞いたことがないぞ」
『ふふふ、私が第一人者として歴史に名を残すことになりそうね』
「落ちて首の骨を折ったら魔法事故惨事部の記録には残るかもな」
『やめてよ縁起でもない』
「安心しろナマエ、お前は俺が命をかけて守る」
『ありがと。死なれたら困るから無茶はほどほどにしておくわ』
「そうしてくれると助かる」
本気とも冗談ともつかないことを言い合い、2人は時間をかけて星空の下を移動した。
* * *
ナマエを家に送り届けたシリウスは、当然のように自分も家に上がった。無断でソファに座り、上着を脱いで自分の家のようにくつろぎだす。それが日常だったため、スカートを直したナマエも当然のように2人分の飲み物を準備した。
「何か落ちたぞ」
『ん?どこ?』
「足元に――なんだ花か。フラワーシャワーのときのやつだな」
『あ、リリーが挿してくれたやつだ』
「どうしてナマエが花嫁に花を挿してもらってるんだよ」
『成り行きで?』
「どうせ花好きのお前がうらやましがりでもしたんだろ」
シリウスは呆れた様子で床に落ちた小さな花を拾い、指先でくるくる回しながらナマエに手渡した。それを受け取りながら、ナマエは多すぎるフラワーシャワーによって膝まで花に埋まったリリーを思い出して頬を緩めた。
『そういえばあの出し物の最後の花冠って誰の案?ティアラとすり替えちゃったやつ』
「出し物って言うな。サプライズって言え。すり替えを考えたのはジェームズだ」
『へー!ねえシリウス気づいた?あの花冠、リリーの誕生花とか愛を誓う花言葉のものとかをふんだんに使ってあったのよ』
「知ってる。ジェームズに頼まれて一緒に調べたからな」
『てことはやっぱり偶然ではないんだね。リリーもあれですっかり機嫌直しちゃって。さすがジェームズというか、リリーが選んだ男というか、押さえるところ押さえる男は違うよね』
「押さえられない男で悪かったな」
そう言いつつシリウスは杖を取り出し、ナマエがつまんでいた花に向けた。杖先がちょんと触れた花は、くるっと回ってナマエの誕生花へと変化した。
『わお。シリウスって私の誕生日知ってたんだ』
「お前は俺を何だと思っているんだ」
『ん、記念日とかデートの日とか特別な日のことを覚えようとしない人』
シリウスは学生時代から約束をすっぽかしてばかりだった。それがきっかけで喧嘩もよくした。でも、代わりにどうでもいいことを覚えている天才でもあった。無意識においしいと言った食べ物とか、デートに着ていった服とか、そういうのをいちいち覚えていて、ナマエは何度も驚かされた。花だって、好きだと言ったことは1度もないはずなのに、あんな知ってて当然ように会話に混ぜてきて、本当にずるいと思う。
「風呂行ってくる」
『え?今?』
「ああ、今だ。後で一緒に入る予定だったなら待つが」
『ないからお先にどうぞ。てか私の話なんて聞いてないって宣言するようなタイミングで行く勇気すごいね』
「聞いてた聞いてた。ジェームズは気が利いてロマンチストで素敵ーって話だろ」
『全然違う――ってもういないし!』
ナマエは目を丸くした。せっかく褒めたんだから、お礼を言うなり偉そうに「まあな」と言うなりすればいいのに、話を遮って風呂に逃げるなんてシリウスらしくない。
『……もしかして本当に聞いてなかったりして?』
シリウスは照れ隠しをするような人ではないが、すぐに癇癪を起こす人ではある。話の前半だけを聞いて拗ねて、後半は左から右だった可能性は高い。そういえばろくに相槌も打たずに腕を組んでこっちを見ていたなあと、ナマエはシリウスの様子を思い出してため息をついた。
『もー、しょうがないやつ』
ナマエは『ほんと子供なんだから』と笑い、ふてくされているであろうシリウスの元に突撃した。
『やっぱり私も入る』
「は!?」
『うそー』
「はあ!?」
類は友を呼ぶという言葉があるとおり、ナマエもシリウスに負けず劣らずの子供だった。服を着たままドアを開けてからかったナマエは、水をかけられ、杖でやり返し、子供顔負けの喧嘩へと発展した。
* * *
こんな時間に何をしているんだと我に返るまでたっぷり10分間じゃれあい、風呂に連れ込まれ、水浸しになった床やドレスをきれいにし終える頃には帰宅して1時間が経っていた。くたくたになったナマエは、両手を広げて倒れこむようにベッドにダイブした。
『あーあ、無駄に疲れたー』
「仕掛けてきたのはそっちだろう」
『最初に水をかけたのはシリウスよ』
「ナマエがすぐに入ってこないのが悪い」
『本当に入るわけないでしょう』
「自分の言葉には責任を持て」
『お前の代わりに死んでもいいみたいなことを言った人のセリフとはとても思えないわね』
「俺は本気でそう思ってる」
思いのほかシリウスの声が真面目だったので、ナマエは身を起こしてベッドの縁に腰掛けていたシリウスに並んだ。覗き込んで見た顔に水をかけてきたときの面影はなく、ナマエを見るグレーの目は険しかった。
「キャドラックを覚えてるか?」
『行方不明になった騎士団員の?』
「そうだ。家族も行方不明になったらしい」
『それってまさか』
「わからない。逃げたのか、捕まったのか、もっと悪いことが起こったのかもしれない。それからベンジーとドーカスも連絡が取れない……一般人でも行方不明者が後を絶たないって話だ」
『そっか……どんどん雲行きが怪しくなるね』
「ああ。だから本気だ」
シリウスは改めて「命をかけて守る」と言い、誓いの証に唇を重ねた。
ナマエは明日なくなるかもしれない温もりに縋りつきながら、リリーが言った「次はあなたたちの番ね」という言葉をふと思いだした。バイクで送ってもらって、喧嘩をしたり笑いあったりして、キスをして一緒に寝る――そんな当たり前が、当たり前じゃない世界になってきている。
いつどこで誰が死ぬかわからないという恐れにより、結婚を急ぐカップルも多いと聞く。ジェームズはどんな世界だろうと一刻も早くリリーと結婚したかっただろうから、あの2人もそうだとは言えないが、ナマエはこの時期に結婚をしたリリーをうらやましく思った。
『シリウス』
「ん?」
『愛してる』
「……どうした急に」
『なんとなく言いたくなっただけ』
“ブラック家”という呪縛に苦しめられてきたシリウスは、言葉や契約による繋がりを重視しない。それが彼の長所だし、なるべく一緒の時間を過ごそうとしてくれているから不満に思ったことはない。でも、死んだらなんの繋がりもなくなってしまうのだと考えると、ちょっとだけ寂しくなった。それをごまかすようにナマエがにこっと笑うと、やけに真剣な顔をしたシリウスが覗き込んできた。
「その“なんとなく”っていうのは、どうやったら出てくるんだ?」
『そんなの知らないわ』
「知っとけよ」
『どうしてよ』
「やり方さえわかっていれば好きなときにナマエに愛してるって言ってもらえるようになんだろ」
『やり方って……そんなに言われたいの?』
「当然」
シリウスが「1日100回だって言われたい」と子供じみたことを言うものだからナマエは『じゃあシリウスが言ってくれたら』と適当に返した。するとシリウスは「まじか」と目を輝かせ、馬鹿正直に「愛してる」と連呼し始めた。もはや子供どころか犬がしっぽを振っているようで、ナマエは噴き出した。
「んだよ。早く言い返せ」
『ごめんごめん。かわいいなと思って。私シリウスのそういう良くも悪くも感情に素直なところ好きよ』
「おう。真似していいぞ」
『あとね、話を聞いてなさそうで聞いてるところと、本当に聞いてなかったときに隠そうともしないところと、なんか文句あんのかって偉そうなところと、注意すると逆切れするところと――』
「途中から悪口になってるぞ」
『おかしいな、好きなところを挙げてたはずなんだけどな』
「ならいい」
(いいのかよ)
心の中でツッコミを入れ、笑いを必死にこらえながら“結婚”という枠にこだわるなんて、自分も世間の常識にとらわれているなとナマエは反省した。目の前にシリウスがいて、愛してくれるならそれでいいではないかと改めて自分に言い聞かせ、シリウスの止まらないおねだりに返事をしながら眠りについた。
* * *
次の朝、目を覚ましたナマエは、自分がまだ夢の中にいるのかと錯覚した。見慣れたはずの天井から、何か色とりどりのものが舞っている。一瞬ホグワーツの大広間で降る雪を連想したが、それはどうやら花びらのようで、肌に触れても消えることはなく、甘く爽やかな香りを漂わせながら頬から髪へと滑っていった。
『……何これ』
「げっ」
『え?もしかして花冠?』
「ああ……まあ、そうだな」
布団から手を出して枕元に置かれていたものに手を伸ばすと、部屋の入り口にいたシリウスは大きくため息をついた。「空気を読め」だの「起きるのが早い」だの、ブツブツと文句を言っている。
『えぇ……じゃあ二度寝する』
「もういい。それ被ってこっち見て笑え」
『何でカメラ?』
「結婚式で使ったやつが余っていたから使い切っておこうと思っただけだ」
『こんな演出までして?』
「どうせならきれいなほうがいいだろう」
『そうだね。どうせなら一緒に写ろう』
ナマエは身を起こし、シリウスを手招きした。「男に花は似合わない」『シリウスなら何でも似合うでしょ』というやり取りを何度か繰り返し、『被せてよ』と花冠を突き出したところでシリウスは観念してベッドまで戻ってきた。
「はあ……格好悪……」
『えっ、どうしてよ。私いま泣きそうなくらい感動してるんだけど』
「そういうことは泣いてから言え」
『ほんとに泣いたら焦るくせに』
「まあな」
『シリウス、愛してる。私と同じ時代に生まれてきてくれてありがとう』
「お前なあ……」
即席で作ったシリウスの誕生花を使った花冠を被せたナマエに、シリウスは「だから空気読めって」と小言を言った。そしてそっくりそのまま同じ行動をし、キスと「死ぬその瞬間まで一緒にいてやるよ」という言葉を付け足した。
* * *
『なんでこんな表情してんの?』
出来上がった写真のシリウスは、まさに複雑な表情と言うにふさわしい顔をしていて、ナマエは笑った。
「そりゃそうなるだろう」
『似合ってるのに』
「そういう問題じゃない」
ぶすっとするシリウスが面白くて何度も写真を見てからかっているうちに、花冠の一部が光っていることに気づく。光を反射するものなんてついていただろうかと飾っていた飾っていた花冠を確認しにいくと、止め具のように指輪が組み込まれていた。
『シリウス、これ』
「気づくのが遅ぇよ」
手をひらひらとさせたシリウスの薬指には、同じ指輪がはめられていた。花冠 Fin.