レギュラスが好きだ。
一目惚れというやつだった。組み分け帽子をかぶるためにイスに座る動作に、スリザリンと叫ばれて見せた笑顔に、心どころか魂ごと持って行かれた。自分の番になり同じ寮の名前を言われたときは神様に感謝した。
『レギュラスってクィディッチが好きなの?』
「そうじゃなきゃ選手になりませんよ」
『シーカーは?』
「だから好きじゃなきゃやりませんって」
あれから数年。少しずつ距離を縮め、今では食事のたびに隣に座るくらいの仲にはなれた。同学年の中では1番仲がいいと思う。でも、欲望は留まることを知らない。
「クィディッチの話はいつもしていますよね。お腹が空きすぎて記憶が飛んだんですか?」
やれやれという表情をされてしまったが、かわいかったのでよしとしよう。それよりも、会話が続く喜びが大きい。
最初の頃は、話しかけても流されることが多かった。それが今では、どんなにくだらない質問でも聞けば答えてくれるし、レギュラス側にあるおかずを取り分けてくれることもしょっちゅうだ。レギュラスが取ってくれたというだけで、何倍もおいしく感じる。
『このおかず、嫌いなの?』
「いえ。届かないかなと思っただけです。嫌いなのにわざわざ取ってナマエさんに押しつけたりしませんよ」
『ということは、好きか嫌いかでいったら?』
「好きなほうですが……」
皿に盛ったトライフルとナマエを交互に見ながら、レギュラスは眉根を寄せた。
「ナマエさんは嫌いでした?」
『ううん!好き好き!ありがとう!』
怪しまれていることがわかったので、急いで皿を受け取り、お礼を言った。
「好き」はもちろん「レギュラスが」の意味だ。レギュラスはまだ首を傾げていたが、ナマエがナイフとフォークを手に取ると、自分の皿に目を戻した。
『レギュラスって、好き嫌いはないの?』
「あまりないですね」
『バタービールは?』
「好きですよ」
『アイスクリームは?』
「好きですよ」
『チョコレートは?』
「……なんでそんなに聞くんですか?」
食事の合間合間に挟んだ質問に答えていたレギュラスは、同じようなやりとりを数回した後で手を止めてナマエを見た。
『ち、ちょっとアンケートをと思って』
「何のためのアンケートなんです?」
『えっと、クィディッチチームファンクラブ会報のネタにするんだ』
「僕の好きな食べ物をですか?」
『うん。選手紹介コーナーっていうのがあってね、私はレギュラスの担当なの』
もちろん嘘だ。会報どころかファンクラブすら存在しない。これはあくまで自分が聞きたいことだった。
『――っと、メモしないと忘れちゃうから先に戻ってるね。あ、ネタバレになっちゃうから他の人に言っちゃダメだよ!』
詳しく追究されると困るので、ナマエはデザートを諦めて席を立った。
* * * 選手紹介のネタという名目は、とっさに思いついたにしてはいい言い訳だった。アンケートだということにすれば、どうでもいいことをたくさん聞ける。
『今日は色についてのアンケートね』
「緑が好きです」
『……赤は?』
「どちらでもありません」
『黄色は?』
「別に」
『緑は?』
「だから緑が好きだって最初に答えたでしょう」
めんどくさそうに言うレギュラスかわいい――ではなくて。これではダメなのだ。誘導尋問というものはなかなか難しい。
(テーマを最初に言うのがいけないのかな?)
ずばり何が好きなのかを答えられてしまっては終わりだ。こちらが聞いたことに対して、好きか嫌いかを答えてもらわなければ意味がない。もっと言えば、「好き」と言わせる質問をしなければ目的は達成されない。
『この授業、いつも前に座ってるけど、好きなの?』
「はい」
『……変身術は?』
「どちらかといえば好きです」
『防衛術』
「好きです」
事前にリサーチをした甲斐がある。1つ目はちょっと失敗したけど、2回も好きって言ってもらえた。今日はいいことがありそうだ。
「ナマエさんは?」
『ん?』
「何が好きなんですか?」
『全部好き』
その驚いた表情も、笑顔も、怒った顔も好きだ。性格も声も全部好き。
だけどいくら仲がよくなろうと身分の違い的なものがあるのはわかるから、こうして「好き」と言わせて密かに幸せに浸っている。
「好きなわりには、いつも宿題をするのが遅いですね」
『え?ああ、うん。わざとだよ、わざと』
「あえて時間をかけているということですか?それじゃ、手伝いは不要でしたか」
『ううん。助かってるよ。ありがとう』
だから今日もよろしくと言えば、仕方ないですねとため息をつきながら了承してくれる。ああ幸せ。レギュラス大好き。
* * * 会報という言い訳は、デメリットもあった。聞きたいときに聞いていたら、そんなにしょっちゅう発行しているんですかと怪しまれてしまったのだ。そのときは他の人とネタがかぶってやりなおしなんだとごまかしたが、レギュラスの「好き」は、月に1度の楽しみになってしまった。
ただやっぱりいいことの方が多くて、始めは不審がっていたレギュラスも、だんだん答えるのが楽しくなってきたのか、月末になると「今月はなんですか?」と聞いてくるようになった。
『明るい人は?』
「好きです」
『よくしゃべる人は?』
「人によります」
自分のことを言われているわけではないのに、好き好き言われ続けているうちナマエは調子に乗り、大胆になってきた。好みのタイプにつながりそうな外見や性格を聞いているときに、魔が差して実際の名前を出してみたくなった。
『スネイプは?』
「あの人は寡黙だと思うんですが……まあ、好きなほうです」
『じゃあクラウチは?』
「好きなんじゃないですか?」
『ナマエは?』
勢いでごまかし、ちゃっかり自分の名前を入れてみた。友人としてでも、流れでも、社交辞令でも、好きと答えてもらえたらそれだけで嬉しい。
平然を装ったナマエが期待の眼差しを向けるなか、レギュラスは、やや間を空けてから「好きですよ」と答えた。いつも通りの答えが、心臓をわしづかみにする。
『い、今、誰の話だっけ』
「バーティとナマエさんです」
『……スネイプが抜けてるよ』
「バーティが余計、じゃなくて?」
ニヤリとするレギュラスに、今度は別の意味で心臓が収縮した。レギュラスは、ナマエの魂胆に気づいていた。クラウチの名前を入れられてがっかりしたことも、おそらく質問の意図にも気づいている。
(どうしよう。引かれる)
告白する勇気はなくて、でも恋人気分は味わいたくて、強引に好きを引き出していたと知ったら、いくら優しいレギュラスでも軽蔑するだろう。せっかく築いてきた関係が崩れ去ってしまう。
「ナマエさん」
『……はい』
「わかりやすいですね」
もう終わりだ。確実に嘘つきな卑怯者だと思われている。
「いいと思いますよ、そういうの」
青ざめているナマエに向かってかけられた言葉は、覚悟をしていたものと間逆のものだった。驚くナマエに、レギュラスが笑顔を向ける。
『い、いいんだ?』
「はい。好きです」
『……続けて?』
「ナマエさんはすぐ顔に出るのに、必死に隠そうとしているところとか、バレていないと思っているところとかがかわいくて好きです」
『長い』
「注文が多いですね」
不満そうにしたレギュラスに、羊皮紙を取り上げられる。アンケート用紙という名のレギュラスの好きなものが書き連ねられたリサーチ用紙を丸めながら、「手本を見せてください」と言われた。
ここで期待を込めた目を向けながらそんな台詞を言うのはずるいと思う。そういうところ、大好きだけど。
『レギュラスが好き』
「でしょうね」
ふふんと鼻で笑って額にキスをされた。この人は私をどうしたいのだろう。もう「好き」じゃ足りなくなってしまったではないか。
好き! Fin.