短編 | ナノ インモラル
スネイプ
 教卓の上にえんじ色のブックカバーがかかった本を見つけたとき、私は片付けの罰則中だった。スネイプ先生の持ち物にしては珍しい。そう思い、なんとなく手に取ったのが間違いだった。


『これは……』


 これはあれだ。いわゆる“いかがわしい本”というやつだ。私は見なかったことにし、そっと本を閉じて元あった場所へ戻した。

* * *

 そんな出来事はすっかり忘れていた次の週の授業。スネイプ先生はご立腹だった。前回の実験のレポートがひどすぎると宿題の出来の悪さを嘆き、全員に授業時間内での書き直しを告げた。あまりにも退屈な授業で、30分と持たずに飽きた私はスネイプ先生を睨んだ。生徒にレポートを書かせておいて自分は読書なんてしてやがる。


『は?』


 思わず声を出してしまい怒られたが、私は悪くない。悪いのは、えんじ色のブックカバーがかかった本を手にしていたスネイプ先生だ。授業中になんてものを読んでいるんだ。というかあれは教授の本だったのか。え、マジで?

 私はレポートに苦戦をしているふりをしながら、あの本とスネイプ先生の関係をあれこれ考えた。ブックカバーを見る限り、おそらくあれはもともとグリフィンドール生のものだった本だ。あんな感じの本を男子が読み回しして遊んでいた気がする。

 とすると、生徒から没収して、中身が気に入って自分のものにしちゃったのかもしれない。教授も男だし、そういうことがあってもおかしくないよね。スネイプ先生の場合は相手してくれる人がいなそうだし。だからといって授業中に読むのはどうかと思うけど。あ、これはもしや、スネイプ先生の弱みを握ったことになるのかな。


「書き終えた者から提出したまえ」


 不機嫌そうな低い声で、私は現実に引き戻された。まずい。考え事に夢中になるあまり、レポートが愚かになっていた。他の生徒達が提出して帰っていく中、私は急いで羽ペンを走らせて前回のレポートを丸写ししていった。怒られるのは目に見えているが、今は終わらせることの方が大事だ。来週のことはまた来週考えればいい。

 結局最後になってしまったが、なんとか時間内に書き終えることには成功し、私は教壇で待つ教授のところに羊皮紙を持っていった。まだ本を読んでいる。机に重ねてあるレポートの束に自分のものを乗せるときも、視線はどうしてもそちらにいく。


『それはスネイプ先生の本ですか?』


 出来心で、私は聞いてしまった。なぜそんなことを聞くんだというような、疑いの眼差しが向けられる。


『ぶ、ブックカバーが赤いから珍しいなって。それにほら、先生ってカバーをかけるイメージないですし』


 あまりにも苦しい言い訳だった。そして余計な一言だった。カバーをかけないと読めない本なのはわかるけど、そんなにカバーを強調したら、余計に怪しまれるではないか。


「君はこの本が何の本か知っているか?」


 案の定、スネイプ先生は私に聞いてきた。聞いてどうするんだと逆に聞きたい。知られていたら都合が悪いのはそっちなんじゃいの?返答次第で口封じをするつもり?なにこれ私の人生ここで終わり?


「先程の反応、そしてその表情――Ms.ミョウジ、君は知っている」
『そういえばこの前ここに置いてあったなあ程度です!』


 焦って答えた私の声は上擦っていて、明らかに嘘だとわかる早口だった。眉間にしわを寄せたスネイプ先生が舌打ちをする。まずい。この前見かけましたは失言だった。殺される。


「開いてみろ」


 ポン、と目の前に本が投げ出された。

(え、なになにどういうこと?)

 私はパニックになった。本と教授の顔を交互に見て、真意を探ろうとあれこれ考える。そして1つの結論に達した。

(そっか、中身を入れ替えたんですね!)

 きっとスネイプ先生は私が罰則のときに本を見つけてしまったことに気づいていたのだ。だからあえて同じカバーをつけた別の本を持ってきて、あの時の本もこれだったということにする作戦に違いない。そのほうがいろいろとお互いのためになる。

(いい案ですね!そうしましょう!)

 私は安心しきって本を手にとって開いた。


『えっと』


 これはいったいどういうことだ。同じ本じゃないか。


「何の本だ」
『えっ』
「何の本だと聞いている」
『ええと……私にはちょっとわからないですね……』


 いやわかるけど。わかりますけれども!


「見え透いた嘘はやめろ」


 どうやらスネイプ先生は怒っているようだった。怒りたいのはこっちなんですけどね。生徒にこんなもん読ませてどうすんですか。


「自分で判断ができぬなら、読み上げろ」
『はい!?』


 私は耳を疑った。正気か。そういう趣味なのか。悪趣味にも程がある。いくら欲求不満だからって生徒を巻き込まないでいただきたい。


「どうしたミョウジ、我輩は君にそれを読めと命じたのだ」
『いやあのそれはさすがに』
「読めぬ理由でもあるのかね」


 スネイプの目の奥が光った。むしろどうして読めると思った。私はそんな性癖は持ち合わせちゃいない。


「君もこんなくだらないことで退学になるのは本意ではなかろう。ん?」


 座っていたスネイプが立ち上がり、机に手をついて身を乗り出してきた。近いんですけど。いろんな意味で身の危険を感じるんですけど!というか覗き込まないでください結構きわどいページを開いちゃってるんで!

 私はとっさに手が滑った風を装って数十ページ戻した。幸いにも無難なページになり、ほっとする。そうだ、ここを読めばいいんだ。それで許してもらおう。そしてここを出たら校長先生に言いつけよう。セクハラされましたって。パワハラもかな?理事会に訴えるのもいいかもしれない。

 そんなことを現実逃避ぎみに考えながら、私は腹をくくった。覚悟を決めて読み始めたのはいいが、安全だと思っていたページにも、ちょいちょい危ないワードが出てくる。これはどこまで読めばいいのだろうか。そろそろやめたほうがいいと思うんだけど。というかこれ以上はもう無理です勘弁してください。

 顔が熱くなってきたのを感じ、私はスネイプ先生の様子を窺った。とても不愉快そうな顔だ。いやだから不愉快なのはこっちだってば。

 こちらも負けじとしかめっ面をしてやったら、教授はおもむろに私の手から本を取り上げた。パラパラめくりながらこちらをチラチラ見ている。そして何を思ったのか突然「悪かった」と言ってきた。んー?錯乱の呪文が解けたのかなー?


「これは先日生徒から没収した本だ」
『はあ……』


 そうですか。自分の趣味じゃないと。そういうことにしてもいいですけど、生徒に読ませたのは自分の趣味ですよね?


「呪いがかけられている」
『へー』


 そうですか。その呪いのせいで奇行に走ったと。そういうことにしてもいいですけど、操られているような目には見えませんでしたよ?


「我輩にはただの数字の羅列にしか見えない。しかるに生徒――もしくは内容を知っている者にのみ読める仕様の本であると判断した」
『ほー』


 そうですか。だから本を見て反応を示した私をつかまえて読ませたと。そういうことにしてもいいですけど――なんだって?


『数字の、羅列』
「さよう。暗号かとも思ったが、やはり呪いの類で間違いなかったようだ」
『私に読ませたのは、内容がわかれば自分も読めるようになると思ったからってことですか?何が書いてあるか知らずに?』
「だから悪かった、と」


 スネイプ先生はものすごく気まずそうにしていた。そりゃそうだ。女子生徒にいかがわしい本を朗読させようとしたのだから。きっと自分が何を命令していたのか思い出し、後悔していることだろう。反撃するなら今しかない。


『もう読めるんですか?』


 スネイプ先生の眉がピクッと動いたのを確認し、私はニヤリとした。


『何の本でした?』
「……Ms.ミョウジ、自分が何を聞いているのかわかっているのかね」
『はい』
「読み上げておいて――」
『でも何の本かはわからなくて』


 そう、読み上げさせられたのだ。地獄のような時間だった。たった一言の謝罪でなかったことにしてやるものか。教授も同じく葛藤して苦しむがいい!


『私が読み上げたのを聞いたんですから、スネイプ先生も読めるようになっていますよね?それとも聞こえませんでした?』
「……少なくとも数字には聞こえなかった」
『でしょうね』
「ということは、君はこの本のことを知っていたということになる」
『へ?』


 しまった。そういう考え方があったか。これを認めてしまえば、私がかまととぶっていたのがバレる。


「どうなんだ?」
『スネイプ先生が先に私の質問に答えてください』


 私にできることは、なんとかして先にスネイプ先生に本の内容を言わせることくらいだった。教授がどんな本なのか答えれば、“そういう本”を生徒に読ませたと認めることになる。私が優位に立つには、それしかない。


「我輩に答えさせようとしていること自体がわかっていることの証明になっているのだ、ミョウジ」
『自信がないので、答えあわせがしたいんです』
「我輩の口から、それを、聞きたいか?」
『……聞きたいですね、ぜひ、詳しく』


 机を挟んだ駆け引きは、本来の目的も忘れ、次第にヒートアップしていった。このとき私は既に後悔し始めていたが、もう引くに引けなかった。おそらくスネイプ先生も同じなのだと思う。どうしてもと言うなら夜に出直せと言ってきた。


「夜に、1人きりでだ、ナマエ。もし君がそこまでしても聞きたいというのなら、我輩が直々に講義してしんぜよう」


 待て待て。それはアウトな気がしますよスネイプ先生。何さらりと直々にとか言っちゃってるんですか。セクハラどころの騒ぎじゃないですよ。

 だいたいなんでそこでいきなりファーストネーム呼びなんですか。しかもなんかちょっと笑ってるし。怖いから。怖すぎですから!


『うう……』


 私が負けを覚悟したとき、次の授業の生徒たちが入ってきた。助かった。この場さえしのげれば、同じ話題を振られることは二度とあるまい。『考えておきます』とだけ言い残し、私は急いで教室から出た。
Fin.

いかがわしい本を見つけてしまいました/スネイプver.
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